救済、原作改変



 身体が重い、気怠い、痛い。三重苦ってのはこういうことを言うんだろうなァ、と上手く働かない頭で思う。なにせ、おれの大事な弟が泣きながら叫んでいるのに何言ってんだかよく聞こえねェってんだから相当だ。おれの耳は家族のためにあるってのに、なァに仕事放棄してやがんだこのクソ耳が。しかし耳の代わりに他の部位は仕事に忙しい。目下、大将赤犬と交戦中である。てんで頭が上手く回らずとも経験でその拳をいなしていくが、やはりおれには少々荷が重い相手だ。弟を庇いながらっていうのが重荷だし、特に既に一発もらっちまってるってのがいただけねェ。……目がチカチカしてきやがった、クソが。こりゃヤバい。第一なんだっておれなんだよ、おれじゃねェだろこういう役目は。おれより強いやつなんざいくらでもいんだからお前らもっとこっち来いよ。オヤジ守んのもわかるけどよ、撤退してる今、要するにしんがりがやべェわけだろ。あークッソやべェマジでやべェ。……まあでも他の家族が傷付くよりはよっぽどマシか。……そろそろ本気でやべェな、死んじまうかもなァ。そんときは、そんとき。オヤジ守って、家族守って死ねんなら、本望だ!

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 なんて思っていた時期がおれにもありました……ナマエさんはものの見事に回収されて生き残れましたとさ。ベッドの上でそんな話を聞かされても、無事な人間が多かったことは嬉しかったが、死んだ人間もいるんだと考えりゃあなんとも笑えない。同じ船に乗ってたやつらは全員家族だったわけで、おれなんかに全員が救えると思っていたわけじゃあなかったけどそれでも救ってやりたかったわけで。そんなこと言ったら死んでいったやつらに怒られるのはわかりきったことなので心の中でほんのすこしだけ考えた。
 まあ、考える以外のことができない状況だったということもある。体中全身火傷で超やべェの。なんか近くに来てた“死の外科医”とかいうルーキーも見放すレベルでやばかったらしい。エースがいろんなやつに頼み込んでどうにか助かったとのこと。ふふ……さすがおれの弟……!
 暇すぎて脳内では弟自慢が始まっていた。誰かが見ればあきらかに馬鹿にするような内容だっただろうが、脳内なので誰も見ることはできないし、おれは絶対安静を言い渡されて一人部屋に放り込まれているのでそれをだれかに伝えることもできなかった。その暇も限界に達し、なまったらまずいと身体を動かしていたら扉が開いた。ばちっとあう目線。浮かび上がる青筋。


「てめェナマエ! 死にかけて絶対安静だっつわれてんだろうが!!」

「うるっせェ! 傷に響くだろうがアホ!」

「あァ!? てめェのやってることの方がよっぽど傷に悪いよい!」


 見舞いにでも来てくれたのかおれの病室にやってきたマルコにせっつかされてベッドへと戻る。重症患者だってわかってるはずなのにどうしてそう小突くんだよ……傷にガチで響いたじゃねェか……。脇腹を押さえながら布団の上で悶えていると、おれ以外にも誰かがマルコにせっつかされているのが聞こえた。「早く入れ」だの「いつまでそこに隠れてる気だよい」だの、なんだの。だれか見舞いに来てくれたのか、と嬉しくなったが、なかなか室内に入ってこない。そうしているうちにマルコの苛立ったような声とともに、人間に何かをぶつけたような音が聞こえた。そしてその音の正体をすぐに理解した。


「おお! エースじゃねェか! 見舞いに来てくれたのか!」


 開けられたドアから放り込まれるように中に入ってきたのはエースだった。エースもそれなりに怪我を負っていたはずなのに、こうして見舞いに来てくれるなんて……おれはなんていい弟を持ったのだろうか! 感極まって一人泣きそうになっているのだが、それには誰も気付いてくれなかった。あーさみしい。マルコはおれに挨拶もなくドアを思い切り閉めてしまう。可愛くねェな、あいつ。
 ドアからエースへと視線を戻すと、しょんぼりと落ち込んだ様子が見て取れた。傷でも痛むのだろうか、と一瞬考えたものの、痛いのなら落ち込むのとは少し違うだろう。もともとあまりよくない頭を使った。んー……あー、そうか、もしかしてこいつはこの戦いが自分のせいだって気にしてんのか? そうなのか? ぼんやりとそんなことを考えているとエースが口を開く。


「おれの、せいで、」

「おいおい、謝んなよ?」


 想像通りの言葉がエースの口から重みを持って吐き出されて当惑する。謝られても困る。別にエースのせいではないのだ。しかし気を使ったはずの言葉は逆効果だったようで「おれのせいだろ! おれが言いつけを守ってれば!」と処刑台の上で発したようなセリフをまた口にした。……その、なんだ、すごく困る。ぼりぼりと頬を掻きながら思ったままを言葉にした。


「誰もそんなこと思ってねェ、とはそりゃあ言えねェけどよ」

「やっぱり……!」

「だって他人の心を読むとかそんなんおれにはできねェ芸当だし、アホなおれが言ったって説得力ねェし。でもおれはお前が引き起こしたなんて思ってねェよ。悪ィのはティーチだろ」


 それだけは誰にも覆せない事実だ、と思う。何があっても家族を傷つけちゃいけなかった。ま、ティーチにとっちゃあ最初っから家族でもなんでもなかったんだろうけど。そう考えてみるとすげェさみしいよなァ……少なくともおれの知ってるティーチは悪いやつなんかじゃあなかった。だから余計に今回のことは心が折れた。何度裏切られても、もう家族じゃねェとわかっててもきつかったなァ。
 一人うなずいていると、エースは言葉を詰まらせる。何やらまだ色々と悩んでいるらしい顔をしていたかと思えば、「どうして、おれを助けたんだよ」とわけのわからないことを聞いてくる。


「はァ? 家族じゃねェか」

「挑発に乗ったおれを庇って赤犬の前に立つなんておかしいじゃねェかよ!」

「おかしかねェよ」

「死ぬかもしれねェんだぞ!?」

「自分が死ぬよりお前が死ぬ方が嫌だ」

「……どうして……!」


 エースはまるで泣いているみたいに声を震わせていた。どうしても何も、家族に死なれたらお前だって嫌だろうに。それと同じじゃねェのか? 今どきの若い子が考えることはおれにはわからんということなのか?
 そんなふうに頭を悩ませていると、喉の奥から絞り出したようなか細い声でエースは言った。「おれは、海賊王の子なんだぞ」、と。合点がいった。ロジャー相手に恨みのあるやつらなんてたくさんいるこの船だ。それを気に病んでいたのだろう。「そんなことか」。ため息をつけば睨まれる。なんでそんな目をするかおれにはよくわからなかった。


「たしかにおれはロジャーと交戦したことがあるし、仲間もそれで死んだことがある」


 何度も戦った。そのたびに怪我人や、ひどいときには死人も出た。オヤジの好敵手、最大の敵。まったくもって好いているかと聞かれれば、はいそうですとは言えないだろう。当たり前だ。


「でもだからってお前に何の罪がある?」


 ぶっちゃけそれを差し引いても元々恨んでいるわけじゃあないんだが。こっちが死んだようにあっちだって死人が出てたはずだし、悪い奴じゃあないのは知っている。オヤジほどじゃあないにしろ、長年の付き合いはあったし、どうしたって嫌いにはなれないおっさんだったのだ。
 まあ仮に海賊王に罪あれど、子供であるエースがその責を負う必要性などない、とおれは考える。「血が繋がってるだけだろ?」。おれたちが血がつながらなくとも家族であるように、エースだって血が繋がっててもそれだけじゃねェか。


「お前はなァ、おれたちの家族なんだぜ。ロジャーになんか返してやらねェのさ!」


 海賊は一度奪ったほしいもんは、死んだって返さねェものだ。エースもそのうち。言い方は悪いが、死んだもんの負けだ。エースはすでに天下の“白ひげ”のものである。誰にだって渡しはしない。「ヒヒヒ!」とさながら悪役のような笑い方をすれば、エースはバッと顔を上げた。今にも泣きそうな表情をしていて、一瞬息が詰まる。そんな顔のまま、エースはずんずんと近づいてきてベッドの横に立った。


「なんで、なんでっ……なんでそんなに、許せんだよ! 身体だって、すげェ怪我負ったんだぞ!」

「そもそも大将相手にただで帰れるなんて思ってねェって」

「死にかけたんだぞ!? なんで笑ってられんだよ!」


 そりゃあ今生きてるからだろ、単純に。まあおれは死んでも笑ってたと思うけどなァ、エース救えて大した怪我もなくて。ま、こいつにそれを言ったところで理解してくれなさそうだ。でもでもだってちゃんなのだ、今のこいつは。責められたくて仕方ないのだろう、自分の不甲斐なさゆえに。だけど弟を責める兄がどこにいんだっつーの。だからおれは笑って答えるのだ。「嬉しいからだよ」と。簡潔に、わかりやすく、愛情をこめて。エースはハトが豆鉄砲を食ったかのような顔をしておれを見ていた。ニッと唇の端を上げる。


「死の外科医、だっけ? あいつが言うには熱に関する神経がおかしくなってるらしいけどよ、それならお前が炎になっても抱き締められるってことだぜ!」


 エースはおれの言葉にあきれたような顔をして「むしろ危ねェだろナマエの馬鹿……」と言った。けれどそんなことを言いながらもエースは笑って、そして泣いていた。忙しいやつだなァとおれもゲラゲラ笑う。やっとうちの船に末っ子という太陽が戻ったのであった。

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 死にかけたわりには数週間でおれは普通の生活に戻れた。奇跡的だとか化け物だとかさんざん言われたが、おれの家族愛の賜物だと思う。ちょっと皮膚はむごたらしいことになっていて、夜、闇の中でおれを見たときにたまに悲鳴を上げられるがそれはそれで面白いのでいいと思う。しかしちょっぴり変わってしまったことが一つ。それはエースの態度である。あるときは廊下の端からじいっと見てきたり、あるときは妙に話しかけてきたり。何か思うところがあるということなのだろうけれど……。


「というわけでマルコ、あれはいったいなんだと思う?」

「あれってなんだよい……ってああ、エースか」


 ちらりとマルコが視線を向けた先にはエースの姿がある。食堂の入り口から妙に熱烈な視線を送り続けてきているのだけれど、おれにはその意味がさっぱりわからない。マルコなら何か知っているのではないかと思ったのだが、あてにしてたマルコは軽く鼻で笑ったっきり何も言わなかった。……こいつ性格悪いなァ……。──かくして、本日もモビー・ディック号は平和である。

ぼくりゆうがほしいの

頂上決戦でのエースの救済から恋に発展しちゃったり@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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