拒否されないとわかったあの日以来、おれはミホークのやつに会えばキスやらなんやらを噛ますようになった。最初は嫌な顔もしていたものだが、ミホークはそれすら億劫になったようでこれと言った反応を示さなくなった。酔っぱらいの好きにさせておこう、という考えが見え見えである。やめろと言ってもやめないので抵抗や嫌な顔をするのすら面倒なのだろう。……つまらん。おれは男だからミホークがまったくそっちの気がないというのなら仕方ないかもしれないが、船に乗っている男はそういう雰囲気に慣れているものだ。船の上に女がいないなんてざらで、溜まったら下っ端が上のやつの処理を手伝わされることだってあるだろう。だからミホークだってその気がないのかもしれねェが、あんな情熱的にキスぶちかましてんだぞおれは! と思ってしまうのも仕方のないことで。


「鷹の目ー! おいこらぁ!」

「……なんだ、話なら聞いているだろう」


 すこし眠気を感じたせいで部屋に連れてこられ、よっしゃ今日こそはやってやる! と気合を入れたと言うのに、鷹の目のやつはベッドの端に腰を下ろして本を読み始めている。眠るまではいようとしてくれているのは嬉しいが、帽子も上着も刀でさえ部屋の端に置いていて、寛ぎすぎだと思う。ていうか本読みながら話聞かれてもなァ……ないがしろにされてる感じが半端じゃない。しかも何気なく酒持ちこんでるし。じいっと酒瓶を見ていたら、ミホークは軽く持ち上げて「飲むか」と聞いてくれる。おれはへらへら笑いながら頷いた。渡された酒瓶を受け取って喉に流し込む。じんわりとした熱を感じた。


「あー、美味い!」

「……貴様は本当に酒が好きだな」

「トーゼン! お前だって好きだろ?」

「まあな」


 ミホークは本に視線を落としたまま、軽くうなずくだけでこっちをちらりとも見ない。宴会の席ではあまり饒舌ではないミホークでも二人きりならば会話が弾むとはいえ、こっちを見てもくれないのは寂しすぎる。表情筋だってぴくりとも動かないし、どうしてこの男はこうなのだろうか。友人としてはかなり仲は良いと思う。面倒だと置いていくこともなく、こんなふうに酔っぱらいの相手をしてくれるのだから、優しくないわけがないのだ。その点は嬉しい。だがおれは友愛より恋愛感情の方が強くなってしまっている。どうやったらミホークを振り向かせられるのか、さっぱり見当もつかないのである。これでも男にも人気なんだがなァ……。
 おれが悩んでいる間に、ミホークの手がずいとこっちに伸びてくる。しかし視線は本に向かったままだ。何かと思ってまばたきを繰り返していると、ミホークは唇を動かした。


「もう飲まぬのなら返せ」

「おー、って、ん? 元々おれの船のもんだよな?」

「だから飲まぬのなら、と言っているだろう」


 ぺらりと本のページがめくられる。そうかそうか、おれと話すよりそんなに本の続きが気になるか。おれと会うのは酒と本が目的か。酔っているせいか面倒くさい女のような思考になってきて、おれはイタズラのような何かを思いつく。酒が飲みたいのなら飲ませてやる。
 口の中に酒を含んでからミホークの肩を叩いた。そこでようやくミホークがこっちを見る。金色の目。おれの好きな目。だがここでじっと見つめている時間はない。ガッとミホークの顔をつかんで口をくっつけた。またか、みたいな顔をしていたが、わずかに開いていた唇の間から酒を流し込んでやるとさすがに驚いたようだった。口の中にあったもんを全部流し込んだあとも口を塞いでおけば、ミホークの喉が音を立てた。飲みこんだらしい。おれの唇がにやっと笑う。満足して顔を離すと、ミホークがおれを見ていた。


「どーだ! 飲みたかったんだろ!」

「ぬるいわ、馬鹿者」


 ミホークはため息をついて酒についての感想を述べて、少し呆れたような顔をしていた。……嫌がるとか、何やってんだとか、なんかねェのか。行為に関しては、なんもねェのか! いや、それこそ、呆れてるってことなんだろうけども。もっとなにかしら反応してくれてもいいんじゃないだろうか。拒絶されないだけマシか? だからっておれがそんなもんで納得できるわけもない。酔いが本格的に回ってきたせいだろうか、妙な欲が湧いてきて、少々冷静ではいられなくなってくる。構ってほしい。おれを見てほしい。触りたい。触ってほしい。好きになってほしい。なかなかに面倒な感情だった。
 自分の表情がむっつりとふてくされたものに変わっていくのがわかる。ワガママで面倒だな、と自分でも思ったが、そんなことで感情が収まるわけもなかった。ミホークはそんなおれを見て立ち上がる。え、帰っちまう? 一瞬そう焦ったが、ミホークは刀を背負うことも帽子を被ることも上着を羽織ることもなくドアに向かっていた。


「酒を持ってくる。お前はそこで大人しくしていろ」

「……おー」


 ばたんと閉められたドアの向こうにミホークが消えて行って、仲がいいことを再確認した。元々は結構いいやつではあるが、多分おれじゃなきゃあそこまではしてくれない……と思う。ミホークが誰かと仲が良いという噂も聞かねェし、他の七武海とは基本的に関わり合いになりたくないということも話を聞いていればわかる。個人主義というか一匹狼というか、人と仲良くできないほどコミュニケーション能力に問題があるというわけではないのに一人で居たがるやつなのである。ミホークなら仲間とか普通にできそうなもんだけどなァ……まあ、いたら妬くからいなくてもいいけど。
 ベッドに寝転がってハア、とため息をつく。あそこまでして襲ってこねェってことは、間違いなくおれに気はねェよなァ……。あの感じから言って、おそらくおれのことをそういうふうに意識しているということもないだろう。となるとやはり、はっきりと好きだと告げるべきか。しかし言ったところで避けられたらなァ……。この広い海原で一生出会えないなんてこともあり得るわけで。今の関係で、もう少しの間は満足していなければならないのかと思うと、すこしばかり気が乗らなかった。
 まあ、今の関係が悪いとは言わねェが。酔っているとはいえおれの部屋に刀と帽子と上着を置いて酒を取りに行くくらいなのだ、馬鹿みたいに信頼されているということはわかる。おれが恋愛感情なんてもたなきゃあ、これ以上にないくらい仲がいいに決まってるのだ。ひとまずのところ、作戦が思いつくまではこのままでいいか。不満ながらにそう決断すると、ドアの開いた音がした。首を動かすとミホークが酒瓶ではなく酒樽を転がして戻ってきた。想像もしていなかったので思わず噴き出して笑い出してしまう。


「おま、どんだけ飲む気なんだ鷹の目! ふ、ははっ!」

「お前のところの副船長が持って行けと渡してきたんだ。おれじゃあない」

「そーかそーか! ……うっし、じゃあ飲むか!」

「赤髪、お前はほどほどにしておけ。吐いても知らんぞ」

「吐いた時は後処理よろしくな」

「似合わん真顔はやめろ。吐いたら丸坊主にするぞ」

「この年で丸坊主はきついな〜。んじゃ、気を付けることにしよう」


 起き上がり、常備してあるグラスを取ってミホークにも渡す。樽を割ってグラスを酒の中に突っ込んで掬うと、綺麗な色をした酒が手にもグラスにも滴った。二人で乾杯をして、ぐっと呷ると度数のきつい酒が身体を焼くような感覚に襲われる。酒のうまさが身体に染みた。飲んでいて一番楽しい瞬間はまさに今かもしれない。「うまいなァ」と言えば「ああ」と返事がもらえる。ミホークの唇もすこしだけ緩んでいた。どうやらミホークの口にもあったようだ。次に会う時までに同じ酒を用意しておくことにしよう。そう思っておれも笑った。

まばたきチューニング

鷹の目成り代わり主×シャンクスで、つれない鷹の目主にやきもき@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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