棺船でいつも通りに彷徨っていたらシャボンディ諸島にたどり着いていた。ここに来たのは本当に久しぶりのことで、おそらく七武海になってからは一度も訪れていなかった気がする。当時もそこそこ顔が売れていたわけだが、今の方が圧倒的に顔が売れているわけで……人口も多いし騒ぎになりかねない。しかしながら久しぶりにベッドで寝たい。となると、裏道を通って適当に海賊を狩って換金しよう。それで金を余分に払って迷惑料とさせてもらえばいい。ていうか七武海です泊まりたいんですけどーって言ったら大体泊めてくれるとは思うけど。
 人が通らなさそうな物陰に棺船を隠すように停めて、治安の悪い道を行く。なんとなく気配を感じるが、まあ別にどうということもないだろう。正直自分より明らかに強い人間とかこの世にいないと思うし……まあ、ほかの七武海とか四皇とか三大将とかはかなり厄介だけど、それでも倒せない相手ではないと思う……多分。大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせて歩いていると、明らかに人間か何かを運んでいる一団と遭遇してしまった。


「あ? じろじろ見てんじゃねェよ! これはおれたちの商品だぜ」

「買いてェんなら1GRに来るんだな! まあてめェなんかじゃあ落札できねェだろうけどよォ!」


 ぎゃはははははははは! と下品な笑い声が響き渡る。……えーと、これは、ナニかな。やっぱり人身売買か? 1GRって言ったらドフラミンゴのヒューマンショップがあるところだろ? うわ、関わり合いになりたくない。絶対面倒なことになるじゃないか。人身売買には興味がないので、無視してさっさと本来の目的を果たそうと思ったら、布とロープでぐるぐるまきにされて担がれている女の子の一人と目があった。海のように青い美しい目で泣いて、さるぐつわをされた口で助けてと呻いている。……これで助けなかったらおれは鬼畜だろう。おれはたとえ何人切り伏せても鬼畜生になるつもりはない。
 ため息をつきながら、背負っていた夜を抜いた。世界最強の黒刀、夜はいつ見ても美しい。抜刀された夜を見て、目の前のおれが誰かということにようやく気が付いたらしい。顔を真っ青にさせて「た、鷹の目……!」と呻いた。ずいぶんと鈍いやつらだ。その勘の鈍さが命取りだ。少し離れた場所から軽く刀を振るう。風が吹き抜け、男たちの首元が柔く裂けた。


「次は、落とす」


 ただでさえ泣いている女の子たちの前でそんなことをする気はないが、人身売買などに手を染めるクズに手加減をしてやる気もなかった。手で押さえなければ服が真っ赤に染まってしまうほどの出血量だったので、おれの言葉が本気であろうとなかろうと男たちは商品である彼女たちを放り出して逃げるほかなかったのだろう。そのままでいたら間違いなく死ぬから、命が惜しいのなら当然だ。次の被害者が出る可能性を考えたら、殺してしまった方が世界のためになったかもしれないとぼんやり思ったが、実際のところ一人二人殺したところで変わるものでもないし、まあいいやと思考を投げ打った。
 刀を背負いなおしてから地面に放り出された彼女たちのもとに近づいて、まずはさるぐつわを外してやる。すると皆が口々に「ありがとうございます……!」とボロボロ泣きながら何度も礼を言ってくる。あまり礼を言われる機会がないので、顔には出ていないとは思うが結構照れた。柄にもないことをしたせいもあるだろう。「気にするな」と照れをごまかしながらロープをほどくと、うろこの生えた尻尾が現れた。


「人魚か」

「は、はい……!」


 びくりと彼女たちの身体が震えた。そうだよな、人魚は破格だと聞くし、また売られるという可能性だってある。ていうか人魚ってボケボケしてない限り捕まらないって聞いたけど……なんでこの子ら捕まってるんだろう。ケイミーのように陸にあこがれでもあったのか? でもまさか普通、こんな治安の悪いところの遊園地なんていかないしな……。おれが考えても仕方のないことなので、とりあえず彼女たちを安全なところまで運ぶことにした。


「とりあえず近くの海辺まで送って行く。だれかバブリーサンゴを持っているものは?」


 言えば皆が驚いたようで、しかもすぐに泣きだして「ありがとうございます、ありがとうございます……!」とお礼を言い始めた。うん、だから、お礼はもう聞いたからとりあえず安全なところへ行かないか。だれかを守って戦ったこととかないから数で押されるとうっかり彼女たちを守りきれない可能性もある。
 しかしながら彼女たちは感極まってしまったのか一向に泣き止まない。どうしたものかと困っていると、ぴりっと嫌な感じがした。立ち上がって抜刀する。びいん、と軽い振動が腕に伝わった。おれに攻撃を加えるような人間には心当たりが多すぎるたのだが、あまりにも意外な人物だったため、思わず瞠目してしまった。


「……ジンベエ、何をする」

「何をする、はこっちの台詞じゃ鷹の目! まさかお前さんが犯人とはな……!」


 ……え、なに? な、はァ? 言われてる意味がわからなくて一瞬呆けてしまった。が、またすぐに攻撃を加えられてようやく意味がわかった。おれ、彼女たちをさらった犯人だと思われてる。檻とかロープとかあるし、彼女たち泣いてるし、この現場を見たらそう思っても仕方ないだろう。えーと、どうするかな、とりあえず陸上戦ならジンベエに負けることはないと思うし、軽く伸してから説明させてもらうかな……頭に血が上ってるみたいでおれの話なんか聞きやしないだろう。
 ジンベエからの打撃をいなしつつも刀を持ち替えて、刀の背で振りぬいた。切れ味などないが痛いであろう攻撃に、ジンベエは顔をしかめたもののどうにか踏みとどまった。弾き飛ばせると思ったんだがな……もう少し力を入れないとダメか。こんな状況だというのに心が躍った。久々に強い相手と出会えた喜びだ。


「親分さん、違うんです!」

「その方は私たちを助けてくださった恩人で……!」


 なのに彼女たちがそう叫んでしまったから、ジンベエの足は踏み込んだままおれの方へ向かってくることもなく、そこで止まってしまう。本当か、とばかりによこされた視線にうなずけば、さっきの人さらいどものようにジンベエは青い顔をより青くさせた。血の気が引いたのだろう。……つまらん。刀を背負いなおして武装解除すると、ジンベエは即座に頭を下げた。


「申し訳ない……! わしとしたことがとんだ勘違いを……!」

「……いや、状況を見れば仕方のないことだ。そんなことよりも早く地上から避難させた方がいい」


 犯人がおれだった、という言い回しから察するにさらわれたと知って助けに来たのだろうジンベエが、シャボンディについて知らぬわけでもあるまい。ジンベエは驚いたように目を見開いてから懇切丁寧に頭を下げてくる。魚人も人魚もすごい真面目ってことはわかったから早く戻りなさいって。ジンベエが来てるし、さっきのやつらが戻ってくることはないだろうし、大丈夫だとは思うけどさ……人魚が何人もいるって聞きつけた誰かがいつ寄ってくるとも限らない。正直、何かあっても面倒見きれないぞ。
 謝ったり礼を言ったり忙しくしていたジンベエは懐からバブリーサンゴを取り出して、彼女たちに使わせた。海の中では一番速いっていうのはうらやましいけど、地上を歩けないのは結構不便だよな。いつ見ても綺麗だけど。移動手段を手に入れたこととジンベエが来たことの安心感からか、彼女たちに笑顔が戻った。


「本当にありがとうございました! もし魚人島に来る機会があったら、ぜひお礼させてください!」

「……ああ、行く機会があればな」


 うなずいたものの、おれには魚人島に行くスキルはない。棺船をコーティングしたところで海流など読めはしないので大破して死にかねない。なので新世界に行くときは船を無理やり持ち上げて上を通ることにしているのだ。正直すごいダサいと思う。一度も行ったことないって海賊っぽくないんだよな、別になりたくてなった海賊じゃないからいいんだけど。


「わしもお前さんなら歓迎じゃ! わしには勘違いをした詫びをさせてくれ」

「……構わんと言っているだろう」


 真面目か! とツッコミたくなるほど、ジンベエは真面目だった。ていうか行けないって気づこうか。ジンベエはおれの船について多少なりとも知ってるだろ……棺船がいくら頑丈でも所詮舵すらついていないボートだ。そんなもんで行ったら本当に大破する。勘弁してください。
 そんなおれの脳内に気が付いた様子もなく、ジンベエたちはまた礼と詫びをして去って行った。……疲れた。ため息をつきながら歩き出して五分もたたないうちに嫌な気配に気が付いた。誰のものかわかってしまうという事実が悲しい。絶対あいつだ。道を変えてどこか別の場所を目指そうかとも思ったが、ピンク色のでかいシルエットが見えて断念した。おそらく逃げたところで付け回されるだけだ。棺船に乗って逃げても、追いつかれそうだし……。


「フッフッフ、よお、奇遇だなァ“鷹の目”!」

「……何か用か」


 予想通りすぎる人物にげんなりする。ドンキホーテ・ドフラミンゴ。関わりたくないと思ってるのに向こうからすごい絡んでくる面倒くさいやつだ。海軍本部内ならまだしも、外では絶対関わり合いを持ちたくないというのにどうしてこうもタイミングが悪いのか。普通に考えてヒューマンショップは任せっぱなしじゃないのか。ああでもたかだかベラミーが失敗したくらいで顔を出してたしな……結構いろいろ回ってるのかもしれない。お願いだからおれの平穏のためにもドレスローザに引きこもっててほしい。ドフラミンゴは「つれねェこと言うなよ」とニヤニヤ笑っていた。


「おれの商売の邪魔、してくれたみてェじゃねェか」


 商売の邪魔、と聞いてすぐに合点がいった。そりゃそうだ、あの人魚たちは1GRに運び入れるはずだったのだからドフラミンゴのヒューマンショップで売れるはずだったのだろう。大金が落とされるはずだったのに、おれがそれを逃がしてしまったとなれば確かに怒るのも無理はないというものだ。……まあ、目の前のドフラミンゴからは一切の怒気を感じない、が。


「ほかの七武海のやってることにちょっかい出すなんてよろしくねェなァ」


 ドフラミンゴはニヤニヤと笑ったままだ。軽薄な笑み。別に嫌いということはないが、好きであるとも思わなかった。──当然か。さっきさらわれていた普通の御嬢さんたちを売り払うことで収益を上げている男の笑みなのだ。自分の意志や借金のかたに売られたというのならともかく、ただの一般人をさらって売ることを肯定する気には到底なれなかった。彼女たちの泣いている顔がよぎる。だからだろうか、言葉がささくれ立った。


「おれはお前のやっていることに干渉つもりはない」

「ほう、じゃあ“商品”に手ェ出したことはどう説明するつもりだ?」

「商品? あれらはまだお前の商品じゃあないだろう。商品というのは手元にあって初めて意味を持つものだ」


 今まで楽しそうに笑っていたドフラミンゴの額がぴくりと動く。正しく言うと眉のある位置が動いたのだが、眉がないので額が動いたようにしか見えなかった。おれはそれを見ながら「第一おれは捨てられた女どもを拾ったにすぎん」と断言した。なにせおれは置いていけと言った覚えもなければ、寄越せと言った覚えもないのだ。喧嘩を売られたから買って、やつらが“商品”を置いて行っただけ。捨て置かれたものをどうしようとこちらの勝手だ。そしておれは、挑発的に言葉を続けた。


「逆に聞くが──おれのしたことに干渉するつもりか?」


 基本的におれたち七武海同士は不干渉である。やってることを邪魔しないし、手伝いもしない。海軍からしてみれば七武海同士で戦争なんてされても困るし、だからと言って悪巧みを一緒にされても危険だということもあるのかもしれないが、何より七武海と呼ばれるほどの大海賊たちはとにかく我が強く、誰かと合わせるということのできない連中だ。だからこそ衝突を避け、誰にも頼ることなく、自分の陣地を守っている。その陣地が船一つであるおれは言わば攻勢だけでいい。となれば、やりあえば被害が大きいのはドフラミンゴだ。ドフラミンゴは国も民も仲間も地位も名誉も築きすぎている。壊す気はないが、壊すのは簡単だ──とおれは牽制している。
 今回はおれが手を出したようなもんだからドフラミンゴにとっちゃあ散々なことだろう。が、そんなこと知ったこっちゃない。蛇姫じゃないがおれの前を通りがかったあいつらが悪いのだ。しかもその時点じゃあまだドフラミンゴの商品ですらないはずで、ドフラミンゴから何かを言われる筋合いはなかった。


「フ、フフ、フッフッフッフッ!」


 けたたましい、と称するにふさわしい笑い声。口が裂けるのではないかと思うほど、大きく口を開き笑っているドフラミンゴの姿にため息をつきたくなった。こんな牽制で怯えるようなやつではないというのはこれでもよく知っているつもりだったので、想定の範囲内である。ひとしきり高笑いをしたドフラミンゴがようやく笑いをやめたかと思うと後ろを向き、サングラスを外して目元を拭いていた。泣くほど面白かったらしい。わざわざ振り返るまで待つほどお人よしではないのでさっさと歩き出すことにした。が、すぐに声をかけられる。面倒くさい。


「おいおい、ここで無視なんてあんまりじゃねェかよ」

「……まだ何か用があるのか?」

「つーかそもそもさっきのは挨拶程度なもんだろ、用件はこっからだよ」


 空気は張りつめたものでもなく気が抜けきっていたので、特に緊張することも抜刀する気もなく用件を聞いてみれば「これから飯でもどうだ?」なんて聞いてきた。……さっき干渉がどうのこうのとか言って敵対ムードがすごかったのに、よくもまあ誘えるものだ。先ほどまであまりいい空気でもなかったし、一緒にいて楽しいかと言われるとさっきのような会話になると探り合いのようで面倒くさいし、俄然断るべきだと思ったのだが……あきらめるようなやつじゃあないんだよな、こいつ。


「ものによる。何を食べに行くつもりだ」


 もし好物の関連ならついていけばいい、と若干思考を投げ打つと、ドフラミンゴは驚いて固まってしまった。よもやイエスまがいの返事が来るとは思っていなかったのだろう。この機に逃げるか。そう思った次の間には動き出したドフラミンゴがにんまりと笑いながら「酒飲みながらイタリアン」と聞いてきた。味の濃いものなど久しく食べていないので正直胃が刺激された、のでかまわないだろう。イエスという意味をこめてうなずくと、ドフラミンゴはいつものように「フッフッフ!」と笑い声をあげた。

中と外とに優先順位。

ミホーク成り代わりで、他の七武海との絡み(鮫と鳥)@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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