なんか後をつけられてる気がするなァ、と思って振り返ってみても誰の姿もない。
 なんか誰かに見られてる気がするなァ、と思って振り返ってみても誰の姿もない。

 何度も何度もそれが続いていたら幽霊等々信じてないおれだったが、結構強いはずのおれに気が付かれないナニカという存在がさすがに怖くなってきた。若様にそんな話をするのもなんなので、たまたま会ったベビー5に相談してみたら「犯人なら私が捕まえてあげるわ!」と意気揚々とおれに付きまとい始めた。こう言ったらなんだけど可愛くて従順な女の子が嫌いな男なんていないので、ぶっちゃけそんなこと忘れて嬉しかった。のだが。ベビー5がおれにべったりするようになってたった一時間後、犯人が見つかりました。


「……なんか殺意のような視線を感じるのはおれだけ? 違うよな、ベビー5」

「そうね、振り返ると若様がいるから多分若様から送られてるものだと思うわ。それにしてもあれで隠れているつもりなのかしら、完全にコートが見えてるのだけど」


 悪意や害意がないだけにベビー5の言葉はとても手厳しい意見だ。おれも先ほどちらりと振り向いてみたけれど、そこにいたのは確実に若様だった。あれは何をしているのだろうか。……もしやいつもおれのことを見ていたのは、若様? そんなふうに君主を疑うのはどうかと思うのだけれど、もし仮に若様だとするのなら納得は行くのである。
 若様はおれよりも強いから気配を消すのだってお得意だろうし、さっと隠れることだってさほど難しいことではないはずだ。……しかしまあ、とてつもなく失礼な話だ。若様がおれのあとを引っ付いて回ってるなんておかしな話ではないか。仕事の出来ならほかの人間に観察させて報告させればいいだけのことだ。若様には信頼できる部下がたくさんいるのだから、おれの仕事ぶりを気にしているのならそれで済む。だからきっと若様であるはずかない。というか怖いから若様でないことを祈ってるんだよおれは。なんだよ若様に付け狙われる使用人兼暗殺者って。こわいわ。
 そんなふうにおれが現実逃避していることなどまったく気が付かず、ベビー5は若様からおれに視線を戻すと身体を密着させてきた。健全な男子なので一瞬心臓がドキッとしてしまったが、耳元に寄せられた唇がとんでもない言葉を発したのでそれもすぐに落ち着いた。というか、血の気が引いた。


「じゃあちょっと捕まえてくるわね」

「えっ、ちょ、」


 おまえそれ君主! おれたちの雇用主! おれたちの大好きな若様! と脳内で考えても、それを伝える前にベビー5は若様に飛びかかっていた。アホか……どう考えても若様をベビー5が捕まえられるわけもないというのに、そんなにわくわくして飛びかかってどうするんだ。アホか、アホなのか。……いや、アホなのだろうけど。絶対にアホだよあの子。知ってたけど。
 おれに頼られたからとテンションを上げて飛びかかってくれたところ悪いのだけれど、よく考えてから行動してほしい。瞬く間にベビー5が若様につかまってしまった。うん……この結果は、想像していた。なぜだか機嫌もあまりよろしくなさそうだし、今この状況の若様に関わりたくないのだが、頼った相手を見捨てるわけにもいくまい。
 嫌だなァ、という思いが足取りを重くさせたが、それでも一歩一歩確実に進み、若様の目の前に立った。本当なら頭くらいさげるべきなのだろうけれど、なんだか今はそんな気になれない。


「ええ、と、若様? ベビー5も悪気があったわけではないので、離してやってはいただけませんか」


 おれが声を発すると、ベビー5の上に座るような形でいた若様が「へえ」と言った。それだけ。……うわァ、嫌だとも言わないよこの人。いや、ベビー5のことを解放してないから結局離す気はないってことなんだろうけれど……。口元は笑っているのにサングラスで見えない奥の瞳が笑っていないような気がして肝が冷えた。なんか怒らせるようなことしちゃったか? 正直ベビー5が若様に攻撃を仕掛けるのはいつものことだし、怒るようなことでもないはずなんだが……。
 おれが困惑しながらもその原因を探っていると、若様はじいっとおれのことを見てきた。その顔には笑みもなければ怒りもない。けれど、何かの感情は乗っている。その感情が何かまではわからなかったが、それでもその視線には嫌というほど覚えがあった。


「……若様、最近おれのことを監視しておられますね」

「…………いや? そんなことしてねェが?」

「なら何故今、返答が遅れたのです。声の最初の一音も上ずっておりましたよ。明らかに挙動がおかしいです」


 こんなにわかりやすく反応を外に出す人だったのか、と少々驚いた。ていうかマジでおれのこと追いかけ回してたの若様だったのか……なんでだよ。バレバレであるということがわかったのか、若様はごほんと一つ咳払いをしておれを見る。なんか猛烈にださい気がする。本当にこの人はおれの憧れでありおれの敬愛するドンキホーテ・ドフラミンゴなのか? と疑いたくなるくらいだ。


「……あー、いや、な、別に追いかけてたわけじゃ」

「言い訳はいいのでとりあえずベビー5を解放してやってください」

「…………なんだ、おれよりベビー5の方が大事だってわけか」


 なんだこの面倒くさい女みたいな発言は。いったい何があって若様はこんなふうになってしまわれたのだ。状況が理解できなさすぎて頭が痛くなる。「大切な部下であり女性であるベビー5の上に座っている若様の方が、大事ですが、良いから退いてください」。わざとらしく若様の非を強調し、嫌味ったらしくそう告げれば、若様は渋々ではあったがベビー5の上から退いた。いつの間にか口をガムテープでふさがれ呻いていたベビー5を救出すると、ベビー5は先ほど簡単に捕まったことも忘れたのか若様に向かってぎらりと視線を向けた。


「ほらナマエ! やっぱり犯人は若様だったわ!」

「うん……残念ながらそのようだね、わざわざありがとうベビー5」

「あ、ありがとうだなんて……! またいつでも頼んでいいんだからね!」


 そうやって恥じらうように笑うベビー5はどこぞの乙女のようだ。これで若様に睨まれてなかったら、ベビー5のことを可愛いと褒めちぎったことだろうが、そんなことはできなかった。もし仮にそんなことをしようものならまずいことになると、おれのあるかもわからない第六感が告げている。「うん、頼りにしてるよ」と言ったおれの顔色の悪さは鏡を見なくたってわかる。……だって若様の、視線がさ……おれを射殺さんとばかりにきついものなんだよ……。なに、若様そんなにおれのことが好きなの? イヤー困っちゃうなー。なんて脳内で棒読み。


「おい、ベビー5、任務だ」

「な、なによ! そういうことなら早く言いなさいよね!」


 ベビー5、若様にそういう口の利き方は……、っていうか、それどころじゃないんだけどね。私、頼られてる! って顔をしたベビー5は若様に耳打ちされるとどこかへ行ってしまった。任務があるんだからそりゃあ当然そうなるわけだが、この状況で若様と二人きりにされるおれの気持ちもくみ取ってほしかった。
 目の前にはおれのことをずっと付け回していたと思われる若様。逃げ出すこともやぶさかではないが、そうもできない。だって君主。だって恩人。聞きたくないと思いながらも聞かねばならぬのが今だ。


「それで、若様」

「……なんだ」

「おれのことを付け回してらっしゃった理由をお聞きしても?」


 若様がおれのことを付け回していたというのは最早確定的に明らかなことである。よもや隠しだてするつもりもあるまい、と考えたおれが甘かったのだろうか。若様は不機嫌そうな表情のまま口の中でもごもごと何かを言った。しかしながら身長差を考えてもらいたい。全く何を言っているのか聞こえなかった。失礼だとはわかっていたが、これもおれの平穏のためである。


「申し訳ありませんが、もうすこしはっきりとしゃべっていただけませ」

「うるっせェばーか!」


 と、まるでガキのような言葉を吐き捨てて若様は走り去ってしまった。わあ速い、じゃなくて。あの人一体何を考えてるんだろう。元よりおれはすべてを理解していたというわけじゃないけれど、より一層に若様のことがわからやくなった。……とりあえず犯人もわかったからどうでもいいか。ため息をついて歩き出したおれに突き刺さる視線は、おそらく若様のものだった。

言わなきゃわかんないよ

男主のことが好きすぎるドフラミンゴ@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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