あんあんあん(短編)→きみのいる生活は快適です(5000)の続編



 夜勤明け、家に帰ると起きていることの多いサッチがテーブルに伏せてぐーすか眠っていた。そういえばサッチも昨日は夜の勤務だったはずだ。それでも待っててくれようとして寝てしまったのだと思うと、甲斐甲斐しいサッチが可愛くて仕方なくなってしまう。髪もほどけてさらさらなので風呂には入ったらしい。このまま置いておくと風邪を引きかねないので、少し椅子を引いてからサッチをどうにかお姫様だっこで抱えあげる。うっわ、重……まあ、筋肉質で意識のない男だもんな。身長もそうは変わらないし。ベッドに転がして布団を被せてやる。幸せそうな寝顔だった。
 欠伸をしながらリビングに戻って用意してくれていた食事に手をつける。面倒だからと温めることはしなかったが、普通に美味かった。あー、おれって幸せもんだわ。サッチがいなかったら生きていける気がしない。夜勤明けの身体にも優しい食事を終え、さっとシャワーを浴びてベッドに潜り込む。ちらりと隣のサッチを見たら、よだれを垂らしていた。仕方ないのでティッシュで拭っておいてやる。さて、おれも寝るかね……。

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 身体を揺らすような振動に襲われて目を開くと、既にしっかりと髪型を整えたサッチの姿があった。にっかりと白い歯を出して笑っている。まだ眠気の抜けない目で周りを見渡すと、時計が午後一時を示していた。おそらくおれを起こすために待っていたのだろう。別に今日明日で休みだし、起こされても構わないのだがこういう気遣いは嬉しかった。ぐっと身体を伸ばしながら「はよ……」と言うと「おはよう!」と元気な返事がおれの耳に届く。
 布団から出てリビングに向かうと、飯が用意してあった。食事をしてから寝たので別に腹も減っていないはずだったのだが、サッチの飯を見ると反射的に腹が減る仕組みにでもなっているのか、なんだか腹が空いてきた。


「サッチ、これ食っていいの」

「当たり前だろ、愛をこめて作ってあるからな!」

「おー、ありがとな。いただきます」

「召し上がれ!」


 席についてもう一度いただきますをすれば、サッチは何が楽しいんだかにこにこしながらおれが飯を食うところを見てくる。本当に楽しそうに見てくるが、サッチは飯を食わなかった。また先に食ったらしい。サッチは意外なことに一緒に食べたいとか言うタイプではない。というか、一緒に飯を食ってるとサッチの箸は止まりっぱなしなのである。おれの食べる様を眺めていたり、あるいは話したいことをぺらぺら話していたり。そのくせおれが先に食べ終わってサッチが食べるところを見ていると恥ずかしがって箸が止まるのである。友達だったときはこんなことなかったんだけどなー、よくわかんないやつだ。
 ぼうっとそんなことを考えながらも箸は止まらない。サッチの飯超美味い。ほぼ無心だ。美味い。美味い。おそらくおれが真顔で箸を進め続けているのに、サッチはと言えば嬉しそうである。おれには理解しかねるが、楽しかったり嬉しかったりすんならまあ、構わなかった。


「あ、そうだそうだ。今日せっかく休み被ったんだし、どっか行こうぜ!」

「今日無理」

「えっ、友達と遊ぶのか!? この裏切り者……!」


 飯を口にかきこむ合間にそう言えば、サッチは目を見開いてでかい声を出した。ちょっとうるさい。余程おれとどこかに出かけることを夢見ていたのか、泣く一歩手前のような顔をしてこちらを見てくる。サッチから向けられる視線はかなり恨みがましいものだった。漬物をかじりながらじっと見つめてみると、サッチはうっと何かにやられたように顔を逸らした。なんとも忙しいやつである。漬物を飲み込んで、言葉を発するため口を開く。


「いや、別に遊ぶ約束はしてねーよ」

「……じゃあなんでだよ、どこ行くんだお前」

「まずその前提が違うって。おれは家にいる予定だっての」


 なんでお前の中でおれはお前を置いて出かける前提になってるんだ。一応休みがかぶっているのは知っていたし、勝手に友達や他のやつと遊ぶ予定を入れたりするほど薄情ではないつもりだ。……まあ、それがわかっているからこそ、さっきは驚いたんだろうけど。サッチはおれの言葉をどう理解したのか知らないが、はっとしたあとニヤニヤと笑い出した。訂正。くだらないことを考えているのはよくわかった。おれからは触れないようにしようとおかずに手を伸ばすとほぼ同時にご機嫌なサッチが想像通りのことを言いだした。


「はっはーん、じゃあお前、おれとセッ」

「セックスもしない」

「なんだと……!!」


 テーブルに両拳をつけて驚愕の表情を浮かべるこいつってアホなんじゃないかと思う。そういうとこ可愛いとかちょっと思ってるおれも多分ちょっとアホだけど。おれは驚いて俯いているサッチを無視しつつ食事を続ける。やばい、この漬物美味すぎる。塩分過多で死んでもいいくらいたくさん食べたい……。これは最後に取っておこう。他のおかずを口の中に放り込み、ご飯と一緒にむしゃむしゃ。サッチの飯に毎日食べてるダメだよな……おれ、昼飯も弁当作ってもらってるし、外でまともに飯食えなくなってんだよ……サッチの飯に慣れてしまったおれの舌がこわい。
 自分のこれからの人生について思いを馳せていると、サッチが自分の思考回路から帰って来たらしく、ばっといきおいよく顔をあげた。リーゼントが少し揺れる。面白いな、と思いながら最後の漬物を食べ終える。あー、今日も美味かった。


「なんでだよ、いいじゃねェか! 最近する暇ねェし!」

「無理、冷蔵庫届くから」

「へっ? 冷蔵庫……?」


 あっ、言っちゃった。驚かそうと思って言っていなかったのに、自分の口からぽろっとこぼすことになるとは。どうにか話題を転換できないかと思って「ご馳走様、今日も超美味かったっす」と言って立ち上がる。「お、おう、お粗末様」とサッチが言葉を返す。おれはそのまま食器を持ってキッチンに向かう。適当に洗い物をしていると、ようやくおれの冷蔵庫宣言を理解したサッチががたんと椅子から立ち上がった。


「わかった! それでこの前冷蔵庫の話してたのか! 変な音してるけどなんで買い換えないのとかこだわりあんのとかやたら興味持ってくれてると思ったら!! サプライズか!」

「そうだ、サプライズプレゼントだ。嬉しかろう」

「嬉しい! ナマエ好き!!」


 言いながら走ってきて抱きついてくるサッチに「知ってる」と言ってやる。単純だなこいつ、と思って口が笑ってしまった。現在家には二つの冷蔵庫がある。元々おれが使っていた一人暮らし用の小さい冷蔵庫と、サッチが使っていたでかい冷蔵庫の二つである。そのでかい冷蔵庫の方が夜な夜な妙な音を立てるので、買い換えない理由を聞いてみたら買いに行く時間がないからとのことだった。こだわりは多少あったため、夜勤前に電気量販店で店員さんと小一時間話し合って勝手に決めてきた。本当は本人がいるのが一番だと思ったのだが、いつもお世話になってるし、これくらいのことはさせてほしかったというのもある。
 サッチが盛り上がっておれの肩にぐりぐりと顔を埋めてくるのだが、実はそんなことをしている場合ではなかったりする。とんとん、とサッチの肩を叩く。嬉しそうな雰囲気をぶち壊すようで悪いが、バレたのならサッチにもやってもらわなければならないことがあるのだ。


「二時に来るから冷蔵庫の中身出して」

「……二時?」

「あと三十分。クーラーボックスそこに出してあるからよろしく」

「おま、馬鹿! そういうことは先に言えよ!」


 文句を言いながらもサッチはあわただしく支度をし始めた。サッチの言い分はごもっともな言い分である。実際バレてなかったらおれ一人でやらなきゃいけなかったわけだし、うん、バレてよかったよな。パジャマで宅配の人と出くわすわけにもいかないので、おれは一人寝室へ戻って着替えることにした。あ、もしかして部屋片付けるべきか……? いや、そこまで汚れてるわけでもないしそのままでいいか。

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 宅配のお兄さんが帰って、冷蔵庫にものを詰め終えた頃にはサッチはちょっと疲れているようだった。予定にないことをされたからだろう。なんかちょっと悪かったかな。でもサッチはソファに座ってにやにやしてるくらいだから、新しい冷蔵庫をお気に召したようだった。これで微妙だったら立つ瀬がないし、本当によかった。おれもソファに座るとサッチがぶつかるように抱きついてきた。


「ほんっと、ありがとうな、ナマエ」

「いえいえ。気に入ってくれたならよかったよ」

「マジ嬉しい」


 肩口に顔を埋めて笑っているサッチの身体に腕を回す。それからちらりと視線を向けると、時計はまだ三時になっていなかった。まだまだ今日一日を過ごすには時間が有り余っている。「今三時だけど、これからどっか行くか?」。その体勢のまま聞くとサッチが勢いよく顔をあげてリーゼントがすこし顔にぶつかった。


「海! 海行こうぜ!」

「入れねーぞ?」

「馬っ鹿、んなことわかってるよ。夜景見に行ってそのまま車ん中でセ、」

「馬鹿はお前だ」

「えー」


 えーじゃない。学生が夏休みのこの時期に夜中にカーセックスとか完全に馬鹿のやる所業である。おれは誰かに見せつける趣味はないし、外でやることに興奮を覚えたりもしない。第一、恋人の喘いでる様を他人に見せたい男なんて少ないだろ。ちなみにおれは絶対に嫌だ。おれのケツを見られるくらいは許せても、サッチの感じてる顔なんて絶対に見せたくない。


「セックスなら家、でかけるならでかけるだけ。好きな方選べ」


 おれがそう言い切ると、サッチは悩み始めた。本当にアホだと思う。どっかでかけたかったんじゃねーのかこいつ。サッチがあまりにもうんうんと悩んでいるので、おそらくこのまま時間が過ぎてなし崩し的にセックスにもつれ込むんじゃないかな、と予想を立てた。その予想が事実に変わるまで、あとどれくらいだろうか。サッチが答えを出すのを待つ間、何も考えずぬくもりを感じながらぼうっと時計を見ていることにした。

ジレンマは青

あんあんあん続編@李さん
リクエストありがとうございました!



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