本筋から何から色々捏造でまったくの別人



 スカイピアの住人と“神の島”の先住民が和解して、しばらく経った。どうやらきちんと交流できているらしく、前まで戦争をしていたとは思えないほどだ。そもそも和解など現実不可能と言われていたのだが、そんな交渉が成立したのもその場におれがいたからだと思う。自意識過剰とかじゃあなく、確実におれのおかげであると言い切れる。
 何故そんな場にいたのかというと、おれの生い立ちが関わってくる。実はおれには前世というわけのわからんものがあった。記憶も曖昧だがどこかで死に、そして転生をしたらしいおれは前世に引きずられることが多く、早々に親に捨てられた。そんなおれを神様──と言っても役職だが──が拾ってくれたのだ。おれは神様に可愛がられて育てられ、前世というアドバンテージによる頭の良さと心綱と呼ばれる能力から次期神様なんて言われたりもして、経験しておくに越したことはないとばかり和解の場にも連れて行かれたのだった。

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『明け渡してやればいい。向こうの物なんだろう?』

 ──高校まで歴史を学んだ現代人から言わせてもらえばそうなるだろう。領土問題というのはなかなか深刻で面倒でナイーブな問題だが、“神の島”にはおれたち空島の住人が住んでいるわけでもない。だったらひとまず明け渡せばいいじゃないか。当然だと思ったことを言えば神様の側近にはぶん殴られた──が、おれは既に身体が電気と化していたので向こうがダメージを受けた。アホだな、と思った。
 側近や神様は、おれたちはあそこの土壌がなければ生きていけないと言う。だからと言って取り上げていいわけでもないし、四百年前まではたしかに生きていたのだからそのころに戻ればいい。なんならそれこそ交渉でこちらからも有益なものを渡して、一部の土地を貸してもらえばいいではないか。けれどおれの主張など聞き入れるつもりもないらしい。ただただ共存してくれなど、おれには意味が分からなかった。

『どうしても豊かな暮らしが欲しいのなら青海に降りたらどうだ』

 下界に降りれば土地は有り余っているのだろうに。けれどおれの言葉に誰も反応しない。

『何故なんのリスクも犠牲も負わずに利益だけを欲するのか、はなはだ理解できん』

 というよりはできなかったらしい。自分たちの言葉が勝手だとわかりきっているからだ。勝手だとわかっているが、という前提で話されたところで、向こうの強硬派が納得するわけもあるまい。すこし考えればわかることだ。相手を引き入れるときには十を与えるか、一すら残さず奪い尽くすかのどちらかしかないのである。

『妥協点が見つからぬのなら平行線──結局戦争をするだけではないか。何が第一かをはっきり決めろ、阿呆共め。でなければ、さっさと滅びろ』

 おれは甘ったれたスカイピアの住人が大嫌いだし、同じように武力行使をする先住民も神官も大嫌いだ。神様に救いを求める気風も嫌いである。舐め腐ってんのか。そんなもんがいるわけもないし、もしいたとして、助けてくれるとでも思ってるのか? そんなわけがないだろう。自分たちでなんとかするしかないのだ。どいつもこいつもわかっていなくてとにかく腹が立ったがゆえの、苛烈な発言だった。
 交渉の場でその発言がよろしくないことなどわかっていたが言ってしまったものは仕方ない。しかしこの滅びろが滅ぼすぞ的な意味に聞こえたおかげで、話はまとまったらしい。……まとまったらしいが、この件で先住民から嫌われたり、側近にお前は次期神様候補から外すと言われたり、おれ自体は散々だった。ま、おれは別に神様にもなりたくなかったし、それはそれでよかったのだろうけれど──よくないことも一つだけあった。
 ……それは非っ常に認めたくはないが、おれがワイパーという先住民の子孫を好きになってしまったことだった。交渉の場でおれに驚いたり疑ってかかったり食ってかかったりと忙しないやつだっただけで、好きになる要素なんて皆無だと思う。思うのだが、どうやらあの真剣な目にやられたようで。なんで男を、とか、なんであんなムキムキの男を、とか、まあ主に男だと言うことについて葛藤があるわけだが、そんな葛藤をしたところで結局好きだと言う結論に落ち着いてしまった。
 そしてそれは絶対に叶わない思いなのである。主にあんなことを言ってしまった自分のせいで。おれ、先住民に嫌われてるからな……アプローチすらできないって……。


「げ」

「……カルガラの子孫か」


 街中で偶然──あくまで偶然である。心綱を使ってわざわざ近くに来たとか待ち伏せしてたなんてストーカー行為では決してない──ワイパーに出会えば、ああやって非常に嫌な顔をされるので名前で呼ぶこともできない。そんな顔でもいいから見に来てるなんておれも大概だが! いや、見に来てはいない。それじゃあ結局ストーカーだ。
 それにしてもワイパーが一人でふらついているなんて珍しい。いつもは集団でいて、その全員からあっち行けだとかどっか行こうぜだとかそういう態度を取られるのだ。大したことではないと言えばそうなのだが、あれはあれで傷つくし、ワイパーだけを見ていても不自然にならないから一人でいてくれてありがたい。こういうときのために用意した青海の品をポケットから抜き出した。子供の好きそうな安いアクセサリーだった。


「これを」

「……なんだ、これは」

「アイサに渡してくれ。約束の品だと」


 アイサは心綱がうまく制御できないとのことで、おれが交流が始まってからすこしの間面倒を見ていた先住民の一人だ。幸いなことにそうやって交流したアイサとは友好な関係が築けているので、ワイパーと話す口実にさせてもらっている。……そう言うとなんかおれ、すごい悪いやつみたいだ。もしくはものすごいへたれだ。子供を利用しないと好きなやつに話しかけられないなんてな……。
 差し出してから数十秒、ワイパーのやつはおれの手から一向に受け取ってくれない。うう……気まずい。


「……高ェもんじゃねェのか」

「いや、そんなに大したものじゃない」


 何せおれが青海の方までちょろっと雷になって行ってきて、チンピラをボコした金を使い露店で軽く買ってきただけのものだ。正直チンピラを堂々脅せる分、こっちで物を買うより安い。こっちでは顔が売れすぎてるからな……街をうろつけば神の子なのでそれだけで声をかけられる。神様お元気ですかとか言われても今庭で色々栽培してるよとしか答えられない……本当に元気なじじいだぜまったく。
 おれが神様のことをぼんやり考えていると、ワイパーはためらいながらもそれを受け取ってくれた。ちょっと指が触れてテンションがあがった。……自分のことながらちょっと気持ち悪い。そしてそのあと会話になるようなことは見つからない。この変な雰囲気で、天気イイね! とか言ったらおれは頭が悪いと思う。そろそろ退散すべきかな、と思い、軽く頭を下げる。


「じゃあな」

「……ああ、」


 ワイパーの歯切れの悪い言葉を聞きながら歩き出そうとして、ハッとする。たしかおれ、今煙草持ってたような! ポケットを漁るとたしかに青海産の煙草があった。ワイパーって喫煙者だし、もしかしたら喜ぶかもしれない。ポケットから抜き出してワイパーの方に差し出した。ワイパーは目を見開いてこっちを見てくる。驚いているようだった。


「青海産の煙草だ。お前、喫煙者だろう。いるか?」

「っ、お前からもらうものなんてねェよ!」

「……そうか」


 うわ……物凄く拒絶された。そこまで言わなくてもいいだろ、と内心とてつもなく傷つきながら煙草をポケットに押し込んで、今度こそ歩き出す。……顔には出ていなかっただろうか。ただでさえこんなに嫌われているのだからこれ以上嫌われようもないと思うのだが、それでもなんとなく不安である。歩いている途中に何人かに声をかけられる。それに適当な言葉を返しながら、家を目指した。
 ──この先ワイパーに好かれることなんて絶対にないのに、それでもおれはワイパーに会いたいから空島から出られない。しかし好かれることもないのだからさっさとこんな島から降りて青海を回りたいと思う。相反する心、なんて言えば多少聞こえはいいが、実際のところ女々しいだけにすぎないのである。はあ、とため息をついてもワイパーが自分を好いてくれるわけもなかった。

ぼくが生きる憂鬱

元無論者なエネル成り代わりでワイパー相手の両片想い夢@雷音さん
リクエストありがとうございました!



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