主人公彼女あり設定注意



 おれは高校の保険医である。出身の男子校ゆえ、男の保険医なんてものが採用されているが、一般的には男の保険医は珍しいかもしれない。幼稚舎からあるこの私立校はなかなかに給料がいいのだが、幼稚舎からある男子校というのは大概ホモの巣窟である。勿論、女子しかダメと言うやつもいたがそれは少数派であり、大半はバイで一部ガチホモという恐ろしい空間だった。社会に出た今ならわかる。女と関わる機会の極端に少ない寮完備のエスカレーター式男子校では致し方ない。だって男しかいねェんだもの。そりゃあ恋愛対象だって男になるだろう。そしておれは大多数のバイとして育ち、ホモの巣窟に戻ってくることになった。
 だからと言ってどうということはない。普通に仕事をしているだけだ。別に生徒に手を出すほど男にも女にも困っていないし、普通に彼女とかいるし、と思っていたのだけれど。


「先生、話聞いてんのかよい?」

「あ? 聞いてる聞いてる。おやっさんの話だろ?」

「聞いてねェじゃねェか」


 どうやら違ったらしい。むすくれている生徒A──もといマルコは三年生である。成績優秀、文武両道、容姿もそこそこ整っていて面倒見がいい、となれば男からもモテるのは致し方のないことだった。そんな中で育ったマルコは勿論のようにホモになってしまったわけだが、それじゃあまずいという相談を一年のときに受けて以来、結構仲良くしている生徒の一人だ。どうやら大恩のあるオヤジさんに孫を見せたいと思っているが女相手に勃つ自信がないらしい。学校出れば大半はバイになるから大丈夫だと言っているが、それはなんの解決策にもならなかったようで時折思い付いたように相談をしに来る。そうでなくとも無関係に入り浸ってるようなやつなのだけれど。
 そして問題はここからだ。一年のときはまだただの子どもでおれの食指などまるで動かなかったのだが、時が経つに連れてマルコは男らしく色香を振り撒くようになっていったのである。……マジで勘弁してほしい。おれの好みは男女ともに色気のある人間なのだ。男はより男らしい方が好きで、女はより女らしい方が好きだが、マルコは割りとおれ好みに育ちつつあるのである。あと数年経てば確実にどストレートを撃ち抜いてくることだろう。あるいはおれも同じ高校生だったのなら告白していたかもしれない。それくらいマルコは素敵に育ってしまった。今の時点でも付き合ってる彼女より色っぽくて地味な悲しさを覚えているくらいに。
 むすっとした顔は子どもっぽさを残しているのに、次の瞬間伏し目がちになれば色気がすごくて一瞬息でも止めそうになる。……おれはアホか! アホなのか! 自分の頭を殴り付けたい衝動に駆られつつ、マルコから手元の書類へと視線をずらした。


「なァんで話をまともに聞けねェのかね、先生は」

「悪かったって」

「思ってねェだろい……」

「まあな」


 思わず返事がそぞろになる。意識してはいけないと内心で何度も呪文のように言い聞かせ、頭を空っぽにする。無心だ、無心。煩悩を殺しきり、ようやく頭がまともな思考として戻ってくる。もしかしたらおれ、溜まってるのかもしれない。週末には彼女と会う予定もあるし、存分にイチャイチャさせてもらおう。そうすればこの煩悩も振り払えるはずだ。


「じゃあ罰としてどっか連れてってくれよい」

「あ?」

「週末、どうせ暇だろい?」

「……失礼な。おれにだって予定はある。週末は泊まり掛けだよ」


 一瞬心が傾きかけたが、それはよくないと頭の中から振り払う。一年の頃は何度か外へ遊びに連れていったこともあった。しかし色気を感じるようになってからは何かと理由をつけて断っている……まあ、今回は本当に予定があるんだけど。マルコと二人で車の中とか拷問にもほどがある。一歩外という開放的な空間に出たら何をしでかすかわからない。ていうか高校生相手とか淫行だろ。ヤバい。
 ……せめてこれが恋心ならばよかったのだ。青臭かろうとも、今更恥ずかしかろうとも、なんでも。だがおれが感じているのは恋情ではなく劣情である。自分を慕ってくれている生徒相手に、いくらなんでもそれはない。酷すぎるではないか。それは裏切りや背信にも似ている。純粋な気持ちを踏みにじるような真似だけは避けたかった。マルコが驚いたような目でこちらを見る。ほら、ガキじゃねェか。こんな相手にムラムラするなんておれは最低だ。


「泊まり掛けェ? ナマエ先生が?」

「なんだその言い方は」

「引きこもりみたいなもんだからねェ」

「うるせェ」


 たしかにおれは部屋に引きこもってだらだらするのが好きだから真正面に否定することは難しい。仕事や生徒への対応は真面目だからクビ切られるようなことはないけど、その陰気な性質は場合によっちゃあクビになったかもしれない。マルコが何か思い付いたように笑う。効果音をつけるならば、はっはーんってな感じのやつだ。その笑い方が色っぽいもんだからすこし頭が痛くなる。よくないよくない。そんなふうに思っちゃあダメだぜナマエさんよぉ。


「わかった、仕事関係だろい?」

「アホ、彼女だわ」

「……彼女? ナマエ先生が?」


 信じられないとばかりに目線を向けられて、むしろこっちが驚いた。おれそれなりに面はいいし、身長もあるし、収入もそれなりだからモテるんだけど。ひとつ難点があるとしたら勤め先がここだから寮住まいであんまり会えないってことかな。彼女も教職を取っているから理解もあるし、ひとまずのところは平気だけどおそらくそのうち他の男と結婚するからと言われてフラレるだろう。女ってのは大概近くにいる男がいいもんだし、お色気系の彼女には男もたくさん寄ってくる。ならばそうなるのが自然の摂理だろう。身体の相性はすこぶるよいけれど、それに勝る何かがあればおそらくすぐにでもおれはフラレるはずだ。間男になるつもりはないのでおれも潔く彼女を諦めるつもりだし。もしかしたら今回が最後かもなァ、三年ちょい付き合ってんのにおれ結婚する気まったくねェし。


「……いつから?」

「彼女と付き合ったのがか? お前が高校生になる前からだったんじゃねェか」

「へェ」

「な、なんだよその恨みがましい目は……」


 マルコでなければもしかしてこいつおれのこと好きなのか? なんて自意識過剰な思考に陥るところだが、今までマルコからは恋愛相談されることもあったし、そのタイプは一貫していておれとは違う可愛らしいタイプだったから絶対に違うと言える。じゃあなんだろう、と考えているとマルコがその答えを教えてくれた。「もうおれたちも三年目の仲になるってェのに、教えてくれなかったわけだ」なんて随分と子どものようなことを言うもんだから、思わず笑ってしまった。仲のいい友達が恋人がいることを黙ってて許せないってな顔だ。


「ひ、ははっ、おま、ガキかよ」

「ガキじゃねェよい!」

「ばァーか、十八はガキだっつーの。ついでにそうやって怒鳴るとこもな」


 おれが鼻で笑えば、マルコはむっすーと子どもみたいな怒り方をする。ずっとこんな表情してりゃあ、おれも全然問題ないんだけどなァ。お詫びに今度昼飯を奢ってやると言えば、致し方なくと言ったようにマルコは頷いた。こうやって飯くらいで買収できるとこもガキみたいで可愛い。……のになァ、マルコは「絶対だよい?」と目を細めて笑う。これがまた……えっろいんだよなァ……ああ……。

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 保健室を出て、ふらふらと荷物を取りに向かう足取りは重い。何せ、想い人に恋人がいたということが発覚してしまったのだ。しかも自分よりも付き合いの長い異性の恋人だというのだから入り込める隙間がない。そのあとそれとなく聞いてみたら「結婚する気はねェけどな」と言っていたのだけが幸いだ。……なぜ今まで聞いてこなかったのかと己を問い詰めたくなる。イケメンだが口も態度も悪いし、ずぼらだし、いい加減で、色恋の匂いなど一切しなかったのだ。だからてっきり恋人などいないものだと思い込んでいた。


「お、マルコ」

「うるせェサッチ殴らせろ」

「ええ!?」


 現れたサッチがにこやかだったのが気に食わなくてぶん殴りたくなる。人が落ち込んでるときに……。サッチは顔の前で腕をクロスさせながら「ナマエ先生に会ってきたのになんでそんな機嫌悪ィんだよ!」なんていらんことを言い始めたものだから、おれの機嫌はより一層に悪いものに変わっていく。表情でなんとなくことを察したのか、サッチは眉間にシワを寄せながら「なんかあったのか?」と心配そうに聞いてきた。ため息をつきながらぽつりと言葉をこぼす。


「彼女、いんだってよい」

「えっ」

「しかも四年目」


 言えばサッチからの同情したような視線がいたたまれない。勘弁してほしい。どうしてもっと早く気が付かなかったのか、といっそう悔やまれるではないか。おれの気持ちをくみ取ってくれたのか、サッチは苦笑いしながら「でも諦めたりしねェだろ?」と応援してくれる。当然だ、今更あきらめ切れるはずもない。サッチの言葉にうなずいて、おれは闘志を燃やした。
 ナマエ先生に惚れたのは一年の冬だ。まったく好みでもなかった男がそれはそれは真剣に言葉を聞いて、真摯に言葉を交わしてくれただけで簡単に落ちた恋から解放される日は来なかった。本当なら女に惚れられるか、というまったく逆方向の悩みを抱えていたはずなのに、どうしてこうなったのだろう。なのに毎日泥沼にはまっていく気分である。いつ見たって先生のことが好きなのだ。そうして二年近く恋をし続け、先生の好みである色気のある男になろうと努力を重ねているが、一向に先生はおれを恋愛対象とは見てくれないようだ……が、大学になればそれもわからない。


「絶対、手ェ出させてやるよい」


 今ほどこの学校が大学までのエスカレーター式でよかったと感じることもあるまい。おれの宣言を聞いて、サッチは「その調子だ! がんばれ!」と応援してくれる。やってやる。おれならできる。そうやって気分を盛り上げれば、頑張れる気がした。……週末は、すこしばかり気分が落ち込むことになるだろうけれど。

消耗戦といたしましょう

生徒なマルコに色気を感じちゃった先生(校長から保険医までどれでも)設定。色気は無意識でも意識してても@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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