そういえば、今年、まだ十五回しかキッドの和服見てないなァ。その事実に気づいたとき、おれの中に衝撃が走った。既に今年も半分終わっているというのに、今年のキッドはガードが堅いように思う。年に五十回は最低でも着てもらわないと……。普段は面倒だからと五回に一回くらいしか着てくれないのだが、どうせ着付けるのも脱がせるのもおれなんだからいいじゃないか。そんなことを言ったら照れて顔面でもぶっ叩いてくるんだろう。可愛いやつめ、と内心考えたところで、おれがキッドのことを見つめていたことがばれてしまった。何見てんだよ、ってな顔をしてキッドが振り返る。居心地の悪そうな顔をしていた。


「こっち見んな。課題に集中できねェだろうが」

「おれのことが気になって集中できないんだ?」

「……な、なんだよその含みを持った言い方は!」

「でもそうなんだろ?」


 にやにやと笑ってやれば、キッドは不機嫌そうに顔をしかめて会話を終わらせてしまう。おれの部屋で課題をやるなんて、可愛いんだか気が利かないんだかわからない。課題をやるときでもおれの傍にいたいということなら大変可愛いのだが、わざわざおれの部屋に来るタイミングで課題を持ってきておれを放置すると言うのもなかなかにひどい。まあ、午後だけの休みだし、こんなものだろうか。
 扇風機の風を浴びながら、じい、とキッドのことを見る。うなじが見えない。やはり、和服の醍醐味はうなじだよなァ……。あときっちりした服を着込んでいるところを崩すのが本当にたまらない。せっかく作ったキッドの浴衣を脱がせる機会はないものか、と思案してみるも、脱がすとなればやることは一つ。互いの家でやるのもわざわざラブホへ行くのもなんだかなァ。だからと言って外で致すわけにもいかないし……。


「あ、旅行……?」


 どっかの宿を取ればキッドに風呂上りだからと浴衣を着せることもできるだろうし、卓球で乱れる姿も見れるというわけだ。ただし旅行なんてものはセックスをするという前提が見えてしまうので、キッドが旅行計画に頷いてくれるだろうか。二人きりで、なんて言ったら確実に警戒されるというか、真っ赤になって照れるというか……別にしたくないということじゃあないとは思うんだけど、ううん、やっぱり慣れてないからなァ……これくらいの年のときはとりあえずやりたいみたいな空気だったけどキッドは微妙に純情少年だから……。初めてのときも旅行先だったし、間違いなく緊張しちゃうよなァ、くっそ可愛い。照れてる浴衣のキッドとか最強すぎてヤバい。


「おい」

「……うん?」


 おれが一人でうんうんと唸っていると、キッドがいつの間にか振り向いてこちらに睨んでいた。これ以上にないほど厳しい目線である。何かおれがキッドの機嫌を損ねるような真似をしただろうか。あ、「うるさかったか?」。思いついたことを聞いてみると不機嫌そうな顔のまま、キッドは首を横に振った。どうやらそれは違うらしい。どうしたのかと思って首を傾げれば、キッドはじっとりとした目線をおれに向けてくる。


「旅行、行くのか」

「……ん? あ、聞こえてたのか」

「まあな、で? 行くのかよ」


 行きたいとは思っているが、お前に浴衣を着せて脱がせるためだと言えば、間違いなくでかい声で拒否される気がする。どう答えたものかと眉間に皺を寄せながら考えていると、キッドが何か小さい声でつぶやいた。何を言われたかわからなくて、前のめりにキッドに近付くと「……行くなよ」と小さな声で言ったのが聞こえた。ん? 行くなよ? 行くなよって、……もしかしてキッドのやつ、おれが誰かとでかけるとでも思っているのだろうか。え、なに嫉妬? 可愛いやつめ! ちょっとキッドが可愛いから、いじわるのつもりでその言葉の真意がわからないふりをした。


「なんで?」


 おれが首を傾げてそう言うと、キッドはうっと言葉を詰まらせる。大方嫉妬しているということが恥ずかしいのだろう。キッドって変にプライド高いところあるしなァ……そういうとこ含めて全部可愛いからいいんだけど。なのにおれが誰かのことを気にかけたりするとすぐに反応するのだ。客相手への世辞なんかではさすがに反応しないが、弟と妹を構ったりすれば間違いなく嫌な顔をするはずだ。ま、おれがキッドよりあの双子を優先することなんてまずあり得ないことだけれど。妹はまあ女だからないとは言い切れないけど、弟はない。あんなに可愛くない弟は滅多にいないと思う。
 おれがそんなことを考えている間にもキッドは言葉を詰まらせたまま、なんと言ったものかと悩んでいるようだった。可愛くて何でもしてやりたいと思う反面、無性にいじわるしたくなる時もある。反動、なのだろうか。どっちにしたって可愛いと思っていることには変わりないのだけれど。あまりにもキッドが悩んでいるから、もういいかな、とおれは気付いていないふりを続けたままに声を発する。


「キッドは旅行、好きじゃないっけ?」

「……あ?」

「どっか行きたいとこないのかって聞いてるんだよ」


 その言葉でキッドは自分の勘違いに気が付いたらしく、すこしだけ顔を赤くさせた。良く考えればわかったんだけどなァ、おれがお前以外と旅行の予定なんてあるわけないだろうに。もしあったとしても家族ぐらいだがその場合は間違いなくキッドも連れて行くことになる。家族水入らず、なんて全員実家暮らしのおれには今更なことだし、キッドは家族も同然なので連れて行くのが筋というもんだろう。それ以外で可能性があるであろう同世代の友人たちは、社会人である以前に結婚をし家庭を持っている連中も多いので、そんな彼らと旅行なんてのはまあまず有り得ないもんだ。よほどその勘違いが恥ずかしかったのか、キッドは動かなくなってしまった。仕方がないのでおれからもう一度言葉をかけることにした。


「それで?」

「……あ、なんだ」

「どっか行きたいとこあるか、って話だよ。別に旅行じゃなくてもいいぞ。休みなら弟犠牲に取れるし」


 旅行のことも考えたが、まあ、冬になればまた着物を着せる機会もあるだろうし、海とかでもいい。……ん、待てよ、これはおれが車という名の足になり、トラファルガーくんを筆頭とした大学の友人メンツをどこかに連れて行くという微妙に嬉しくないんだか嬉しいんだかわからないコースへ突入してしまうんんじゃないのか。しかし今更二人きりだからな! なんてことも言えないし、もし言われてしまったらそのときはそのときということにしよう。二人きりになる機会は、普段もないわけじゃないし……キスまでしかできねェけどな……。


「……どっか、」


 どっかってなんだよ、と軽く言葉を返そうとしたおれの耳に飛び込んできたのは「車で行ける範囲の、温泉」という意外なフレーズだった。キッドが、わざわざ、温泉? 疲れてるんだろうか、と心配したのも束の間、それがおれの見当違いも甚だしいものだったということを知る。


「……浴衣、着てやっから」

「お前本気で言ってんのか」


 思わず目がマジになってしまった。キッドの手をつかんでじっと見つめる。浴衣着てやる、ってのは、何されても構わないって言ってるくらい危険なんだぞ? キッドは白い肌を赤くさせて目を逸らしてくる。それだけで誘われているようなもんだが、勿論キッドにそんなつもりがないことはわかっている。家で襲われて恥ずかしい思いをするのはおれではなくキッドなのだ。キッドはそこらへんかなり気を使っているはずである。無自覚無防備なのはやめてほしいね、本当。おれがそんなことを考えているなんて少しも思っていないキッドは、視線を下げながらぽつりとつぶやく。顔は相変わらず赤く、表情は恥らう乙女のようであった。


「じょ、冗談で言うかよ……」


 おまえは……。おかげでおれは理性と本能を戦わせるはめになったではないか。油断をするとうっかり下半身が反応しそうになるので、必死にそれを押さえつける。こんなとき普段着が和服であることを心底呪った。ズボンならまだばれにくいはずなのに……! いや、そんなこともないか。とにかく今は弟のことでも考えて理性を勝たせよう。そうしよう。


「……ナマエ?」


 おれがそうして逃避しようとしたせいか、キッドは不安げにこちらを見てくる。……こいつ、狙ってんじゃねェよな? ため息をつきながら我慢できずに後ろから抱きついた。びくりと跳ねる肩。あーもー可愛い反応しないでくれよ。ちゅ、と耳の裏側にキスをして、先ほどまでの会話にイエスと答えるように「いつ休めばいい?」と聞いてみる。キッドはいきなりのことにおれとの会話どころではないようで、身体を硬直させ言葉一つこぼさなくなってしまった。……ま、そのうち話せるようになるだろ。とりあえず今はこのままで。

ラブ・レイザー・エンドレス

タナバタバタバタ設定@リナさん
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