男主×先天性女体化サッチで主人公×モブ女要素ありです。苦手な方はご注意を!



 友達がナマエさんと別れたらしい。というか、違う男に惚れたらしく、ナマエさんとはすっぱり終わったと言っていた。あんなに熱を上げていたのに熱しやすく冷めにくいタイプのあの子にしては珍しいなァ、だとか、そんなふうには思ったがそれ以上のことは考えずに聞き流していたおれが悪かったのだろうか。


「や、サッチちゃん」


 なんでこの人おれのこと待ち伏せしてんの。にこにこと人の好い笑顔を浮かべながら学校の前に現れたイケメンのナマエさんに、おれでなく周りが浮足立っている。誰も気が付いてねェみたいだがこの人はヤーさんだぞ。あの身体にはおそらくびっしりと刺青が這っていることだろう。……見たわけじゃねェからはっきりとはわからねェけど。この人を無視しようか、それとも軽く挨拶だけして逃げようかと考えているうちに、腕をつかまれていた。……やっちまった。若干顔色を悪くしたおれに、ナマエさんはニッコリと笑った。


「昼飯まだだろ、一緒にどう?」

「えーと、遠慮、」

「フレンチ、好きなんだって?」


 言いながら出された雑誌はフレンチの超有名店だった。勿論、一介の学生が行けるようなお値段の店じゃあない。一生に一度あるかないかのチャンスだと思ったら、おれは頷いてしまっていた。食いもんで釣られるとか、心底馬鹿だと思う。けれど一度頷いてしまったらもう引き返せはしないのである。ナマエさんはおれの腕をつかんでいた手をほどいて、まるで絵本の中で王子様がお姫様に手を差し出すみたいにしておれの手を取った。なんだか妙に恥ずかしくなったのだが、そんなおれを見て、ナマエさんは優しく笑うばかりだ。
 騙されたらいけないと思いながらも車に案内されて若干恐怖を感じたものの、黒塗りではなかったし運転手もいなかったので何かあったら窓をたたき割らせてもらうつもりで乗った。そこまでして乗るなよ、と思うが、食べたかったんだよな……おれの食欲、ちょっと自重した方がよかったんじゃねェかな。
 そしてフレンチレストランに着いて、どう考えても普通の格好じゃ入れねェ場所だろ、ってそこで気付いたのにナマエさんはおれの手を引いてさっさと歩き出してしまった。笑われるのも入店拒否されるのも嫌だぞ、という心配は、中に入ってみたら何の意味もなかった。そりゃあ、貸切だもの。なんも言われねェわ。マナーなど気にせず、ただただ美味しいものを美味しくいただかせてもらって、話もうめェし、正直に言えば今まで一緒に食事をした男の中でダントツに楽しかった。
 腹いっぱい食って、幸せを感じながら、というか油断して車に乗り込ませてもらって、あれが美味しかったこれが美味しかったと話していたら、車が向かっている方向に何やら嫌な予感を覚えた。昔、彼氏と行ったことがある。おそるおそる、運転席に座るナマエさんの方へ顔を向ける。


「……えーと、ナマエ、サン?」

「んー? どうした?」

「こっち、ホテル街じゃ……?」

「よく知ってんね」


 よく知ってんね、じゃねェ! おれが真っ青になって固まるとナマエさんは「え? 食事の後は運動だよなァ?」なんて笑って言った。その笑顔はたまらなくえろいものだったが、おれはそんなつもりで来たんじゃないのだ。降りるだとかそんな気はないとかとにかく否定的なことを言いまくって軽く暴れたら、ナマエさんは適当なところに車を停め、腹を抱えて笑い出した。目元に涙を溜めながら、それでも笑う姿は何故だか子供っぽい。そのギャップにちょっとやられそうになっただなんてことは……ない。ないったらない。可愛いとか思ってねェから本当。


「いやー、女の子から嫌がられるなんて初めてだわ」

「……まァ、そういうとこが嫌なんすけどね」

「そうなの?」

「一回きりとかなら別にまァ……嫌とまでは言わないっすけど」


 一回きりのセックスでおしまい、ってんならまァ、ナマエさん格好よくて割と好みのタイプだし、別に嫌ではないのだ。でもそれは本当に一回きりで今後まったく関わらないだとか、お遊びならば、ということであって、おれの女にならないかとお誘いを受けたことのある身としては受け入れることのできない話だ。友人のような扱いでなく、あの美人のように囲われるなら、絶対に致したくない。
 ナマエさんはおれの言いたいことがわかっていないのか、ほんのすこし首を傾げていた。……大人の男であるナマエさんがやると妙なギャップのせいか可愛く見える。


「いやだから……こういう言い方するとおれが自意識過剰みたいですけど、ナマエさん、おれのこと気に入ってくれてんですよね?」

「そうだなァ、おれの女にしたいね」


 ハンドルの上で手を組んで寄りかかり、こっちを見てくるナマエさんの笑顔はいつぞやのようにギラギラとしていた。一瞬その雰囲気にのまれそうになって、でもどうにか気を張った。ここで流されてナマエさんの女の一人になったところで、とてもじゃあないが幸せになれるとは思えない。「おれ、何人かのうちの一人とかぜってェ嫌ですから」。はっきりとそう言ったら、ナマエさんは軽く目を丸くしてから口角をきゅっと上げて笑った。


「そうか、まァ、そこまで言われちゃ行けないなァ」


 ナマエさんはハンドルから身体を離して、それから簡単にUターンをして先ほど来た道を戻って行った。どうやら本当におれをホテル街へ連れて行くつもりはないらしい。安心した同時になんだか変だなとも思って、意図せずナマエさんの方をじいっと見てしまう。視線に気が付いたらしいナマエさんは、人の好い笑みに戻ってにこにことしながら口を開いた。


「気に入った女は大切にしないとね?」


 改めて言われると恥ずかしい。羞恥に顔をほんのり赤くさせてしまったので前を向いて必死に顔の熱を忘れることにした。ナマエさんはくすりと笑いながら「どこまで送ろうか?」とおれに尋ねたのであった。

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 それから何度か顔を合わせる機会はあったのだけれど、ナマエさんは一切おれに手を出さなかった。エスコートするのに手を繋ぐだけで抱きしめることさえしない徹底ぶりで、するのは飯に誘ったり、おれが見たいと思っていた映画に誘ったり、ショッピングに誘ったりといったデートのようなことばかり。おれが断れないようにと巧妙な駆け引きのうまさを見せつけられて、大人って怖ェなァとちょっと思った。大人、っていうか、ナマエさんが、だけど。
 ……そこまでよくされると、好きにならねェ方が難しいってなもんで。そもそも何人もの女を侍らせることのできる男なんだから、おれみたいな小娘が惹かれるのも当然のことだったのだろう。だから好きになっちまったもんは仕方ねェ。でもナマエさんにとっておれは大多数のうちの一人でしかないのだ。どんなにナマエさんのことを好きなってもそういうのはやっぱり、嫌だった。
 そろそろこうして会うのも潮時かなァとおれは勝手に思っていた。色々としてくれたのに申し訳ないが、これ以上手の届かない人を好きになってもしょうがねェし、すっぱり会わなくなれば忘れられるとわかっていたからだ。はっきりとそれを伝えよう。そう思ってナマエさんが会いに来る日を待っていたのだけれど……これがまァ、来ない。いつもなら三日と経たずにやってくるのに、既に五日が経過していた。なんか、よくある話だなァって感じだ。断ろうと思ったら来なくなる。これでいいんだと思うのに、なんでかもやもやするのはおれの意思でこうなったわけじゃないからだろう。


「サッチちゃん」


 ナマエさんが来なくなってからちょうど一週間、学校から出て歩いていたら後ろから声をかけられて振り返ったら、どっからどう見てもナマエさんだった。てっきりもう来ないもんだと思ってたからすごく驚いて何度も瞬きをしてしまった。ていうか、なんかナマエさん、血色悪くね? 気のせいか? ナマエさんの方に近寄って見上げるとやっぱりちょっと顔色が悪い気がした。


「ナマエさん、体調悪ィのか? 顔色よくねェぞ」

「……驚いた。わかっちゃったのかァ」


 本当に体調が悪かったらしいナマエさんは小さな声で「だったらさっさと会いにくればよかったなァ」と呟いた。その言葉は体調が悪いとわからせたくなかった、ということだろうか? もしかしたらもっと体調が悪かったのかもしれない。ナマエさんの言葉の意味を考えながらも「具合悪ィなら、さっさと家に帰った方が、」と言うとナマエさんはゆるく首を振って笑った。そうまでして会いに来てくれたと言うのは嬉しいが、ナマエさんに倒れられたら困る。元気なときでいいのだ。……ってさっきまでもう来ないでもらおうと思ってた女の考えることじゃないな。はっきり言わなくちゃあならない。


「サッチちゃん、」


 そんな決心を遮るように改めて名前を呼ばれると、心臓がどきりといつもより強く跳ねた気がする。ナマエさんの目はいつぞやのようにギラギラしていた。腕が頭に回されて、耳元に唇が寄せられる。どくどくと波打つ心臓の音が聞こえそうなほどに近い距離に、息が詰まる。


「他の女全員と終わった」

「…………えっ?」

「これなら、いいんだろ?」


 耳元でちゅっとリップ音と吐息が聞こえて、身体がぶるりと震えた。信じられずにナマエさんの顔を茫然と見ていると、目を細めて唇の端を上げて、ナマエさんは悪い顔で笑った。「信じられねェか、」といつもよりも乱暴な口調。「脱ぎゃァ、証拠見せられんだがなァ」。どういうことなのかわからなくて困惑するおれに、ナマエさんはとても楽しそうに笑った。


「お陰で五回も刺されちまった」


 言われたことがあまりにも物騒で悲鳴を上げそうになったのだが、もしかしてナマエさんの体調が悪い原因ってそれじゃあないのかとか、だから会いに来れなかったのかとか、ちょっと待てよもしかして刺されてから一週間も経ってないのかとか色々な考えがめぐっておれは言葉を失ったまま固まってしまう。キャパシティオーバーというやつだ。あまりのことに頭がついていかなかった。ナマエさんはそんなおれを眺めながら、優しい手つきでおれの身体を抱きしめた。こんなことには、ならないと思っていたのに。


「おれの女になれよ」


 ナマエさんはヤーさんですっげェ物騒だし、そんなのに巻き込まれちゃまずいってのは話聞いただけでもわかってんのに、おれは頷いてしまった。仕方ねェよな? おれだってナマエさんのこと好きなんだから。

逆説と愛と整合性

つかまえちゃうぞの続編で男主がサッチ♀一筋@匿名さん
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