へらり、ナマエの笑った顔には言うなれば庇護欲のようなものが湧く。一般的な人間よりはとても大きな図体をしているというのに、甘やかしたくなるのである。そしてとても素直でまっすぐで純粋なナマエの言葉に一切の裏がなく、些細なことで『すごいですね』『格好いいです』『憧れます』などと言ってくれるものだから、男たちはつい嬉しくなってしまう。それは年が行けば余計に顕著になるようで、祖父や父のような男たちにナマエはそれはそれは可愛がられた。子や孫のように可愛がる男たちがいる一方、一人の人間として恋愛感情を持つ男たちも少なくはなかった。
 そんなナマエにとっての父でもあり恋人でもあるニューゲートにとって、これほど呪いたくなる性質はないと言える。もちろんそこに惚れた一人であるニューゲートにとってもナマエの甘やかしたくなるような笑顔や裏表のない性格は大変好ましいものではあったのだが、それゆえに害虫が寄ってくるのである。例えばどこぞの仇敵はまだ小さいころのナマエに『おれの息子にしてェ!』などとのたまったし、例えばどこぞの海賊は『私と共に来ないか?』などと誘惑したし、例えばどこぞの海軍将校は──


「いっそ海軍やめてこっち来ようかなァ〜」

「わあっ、青雉さんが入ってくれたら百人力ですね!」

「フフ、そーお?」

「はい! でもあれかな、うちのクルーの中に青雉さんに恨み持ってる人もいるかもしれないなあ……いい人だってわかってても割り切れないかもしれないですし……」

「えー、心配してくれてるの?」

「そりゃあそうですよ!」


 ああやってたまに島に着くとナマエのいるところに現れて談笑するのである。海軍をやめるつもりなど毛頭ないくせにあんな戯言をこぼす様はいっそ滑稽だ。本当は虎視眈眈と海軍に引き抜こうとしているくせに、以前「オヤジがいるところじゃないとおれ生きられないんですよ」なんてことわれて以来誘えもしないへたれのくせして。しかもナマエが心配しているのは青雉の方ではなく、恨みを持っているかもしれないクルーのことである。ちょっと仲良くしてくれている海軍将校と家族のどちらを取るかと言われれば、はっきりときまっているだろうに。そんなことに気が付きもしないどこまでもおめでたい男は、はたから見ていると非常に滑稽だった。
 ニューゲートがそうして遠くから睨みを利かせていると、その視線に気が付いたナマエが振り返りへらりと笑って手を振る。……そんな無防備な顔をそいつの前でさらしてんじゃねェ、アホンダラ。そう考えてもナマエの表情は相変わらず気の抜けたもので、隣にいる青雉の顔もしまりのないものになってしまっている。
 はあ、とニューゲートが頭を押さえながらため息をつくと、隣で同じように睨みを利かせていたマルコが不死鳥となって飛び立った。本当に小さなときからナマエを知っているマルコにとって、ナマエはいつまで経っても可愛い弟である。そんな可愛い弟が好きでもない海軍将校に絡まれているさまは面白いものではないだろう。
 ぎゃあぎゃあと揉めている隙に帰還してきたナマエは、ぽわぽわとした表情でニューゲートの横に立つと「マルコ兄さんと青雉さん仲良しだなあ」なんて馬鹿なことを言っている。自分が他人に好かれやすい気質を持つということをまったく気が付いていないがゆえの過ちである。


「あ、そうだ。オヤジ、部屋に戻らない?」

「どうした、いきなり」

「いい酒があったから二人で酒盛りしようよ」


 にこにこと朗らかに笑いながら「おれとオヤジの分くらいにしかならないからみんなには内緒ねー」なんて言っているが、周りにはすべて筒抜けである。手元にどでかい樽があれば誰だって気が付くし、そうでなくとも図体のでかいナマエの声は大きいのだ。聞こえないわけもあるまい。しかしながら周りは弟であるナマエがかわいいこと言ってるなあと頬をだらしなく緩ませるだけである。
 ニューゲートはうなずいて寝室に向かった。ナマエは手に樽を持ってそのあとを歩く。通常の人間よりも大きい二人が座っても余裕のある寝室の床に樽を置きながら、ナマエは少し驚いた顔をした。


「オヤジはベッドに座ればいいのに!」

「なんだ、おれと同じ目線は嫌か?」

「えっまさか! そんなことないよ!」


 勘違いされてはたまらないとばかりにナマエはぶんぶんと首を横に振る。「嬉しいよ! すっごく!」だなんて馬鹿正直に思いを告げられてしまえば、嬉しくなるのはナマエではなくニューゲートの方である。にこにことした笑顔のナマエからグラスを渡されて、二人は乾杯をする。ガラスとガラスの鳴る音が響き、それから同時にぐっと酒を呷った。喉に流れる酒が喉をぴりりと焼いていくのが心地好くてニューゲートの唇は弧を描いた。よく自分の趣味を理解して葡萄酒だった。しかしそこではっと気が付く。ナマエはたいていの酒には強いのだが、どうしてだか葡萄酒だけには大層弱いのである。
 バッと酒からナマエの方へと目を向けるとたかだか一杯で見る見るうちに顔を赤くさせていくナマエの姿があった。へらへらとした笑みのナマエは、早くもこれ以上飲ませてはいけないと思わせるほど身体が揺れている。先に気が付かなければならなかったのに、とため息をついても飲んでしまったものは仕方がないし、吐き出させたところで摂取したアルコールは抜けたりしないのである。二杯目に手を伸ばそうとしたナマエの手を、ニューゲートはつかんだ。


「ナマエ、もうやめとけ」

「えー? まだいっぱいらのに?」


 たかだか一杯で舌が回らなくなるナマエのことだ、下手したら急性アルコール中毒で倒れるなんてこともあり得る。そうなったら図体のでかいナマエの世話を何人もの医者やナースが看ることになるだろう。嫉妬というものが全くないといえば嘘になるが、それ以前に急性アルコール中毒になんてさせない方が賢明だと親としての立場から考えていた。むざむざ苦しい思いをさせることもあるまい。
 ニューゲートはナマエの手からグラスを離させ、樽とともに邪魔にならぬよう端に寄せて片づけ、ベッドを指差した。ニューゲートのサイズで作られたベッドならばナマエも普通に寝ることができるし、懐いている自分のベッドならば喜んで寝るだろうと踏んだからだ。


「横になっとけ」

「ん〜、オヤジのべっろかあ……なやむ……でも、やら」

「あ? もうガキじゃねェんだから駄々こねてねェでさっさと行け」


 背中を小突けば渋々と言った顔でナマエは動き出した。自分のベッドで寝るのが嫌なのかと一瞬考えたものの、すぐにそれが杞憂だったと知る。ナマエはニューゲートのベッドに飛び込むなり枕を抱えてへらへらと笑った。「オヤジのにおい〜」。何が嬉しいんだかわからないが、ナマエの嬉しそうな顔を見ているとニューゲートの唇も緩んだ。ナマエはしばらく枕を満喫したのち、その枕を手放すと近くにいたニューゲートの腕をぐっとつかんでベッドに引き込んだ。体勢を崩してベッドに押し付けられるような形になったニューゲートのことなど気にもせず、ナマエは隣で笑ったままだ。


「……ったく、危ねェだろうが」

「えへへ、ごめんなさい」


 謝る気のなさそうな謝罪を受けてもつい許してしまいそうになるのは、父親としての性なのか、それとも恋人としての性なのか、ニューゲートにはいまいちわからない。横に寝そべったナマエの頭を撫でながらため息をつくと、ふとデジャヴュを感じた。そういえばあの時も、こんなことになっていなかったか。あの時、というのはナマエがニューゲートに父親としてだけではなく恋愛感情も持っていると告げてきた日のことだ。ナマエはそのとき大層酔っていて、宴会を抜け出し休んでいたニューゲートのところに来て、酒の勢いのままに告白し、そして断ることができなかったニューゲートのことを押し倒してきたあのときも、真っ赤な顔でへらへらと笑っていたのである。


「おやじー、らにかんがえれんのぉー」

「お前のそのだらしねェ顔についてだよ」

「ええー? うれしいなぁ、へへへ」


 頭が回っていないせいか馬鹿みたいに笑いながら、ナマエはニューゲートに唇を寄せてくる。一杯しか飲んでいない口は酒のにおいがほんのりとするだけで、顔面中にキスをしてきても嫌な思いにはならなかった。好きなようにさせているうちに、ナマエの口はニューゲートの口に行きついた。自分のような祖父と孫ほども年齢の離れた男の何がいいんだろう、なんて考えながらそのキスを受け入れる。若さを感じさせると言えばいいのか、がむしゃらで余裕のないキスに応えてやるとナマエは唇を離してからいやらしく笑った。……これだから性質が悪いのだ、こいつは。普段とはかけ離れた笑みを見せたナマエの顔にニューゲートが手を伸ばすと、すぐにいつもの笑みに戻った。


「さっきの顔、誰にも見せるんじゃねェぞ」

「んー? どのかお?」

「……わかんねェのか」


 ナマエのことなので意識してやっているとは思っていなかったが、どんな顔をしているかすらわからないとは“さすが”の一言に尽きる。酔った状態じゃあないときに言ったとしても、きっとナマエにはわかりはしないだろう。ニューゲートはまたため息をつきながら天井に視線を向けて「ワインは外で飲むんじゃねェって言ってんだ」と告げた。それだけ守ってもらえればおそらくあの顔を外で出すことはないはずだ。しかしナマエからの返事がなく、もしかして寝てしまったのだろうか、とニューゲートが起き上がろうとした瞬間、


「もしかして、妬いてくれてるの?」


 先ほどまで回っていなかったはずの呂律が急に戻ったように感じ、ナマエの方を向くとナマエはいまだ赤い顔でへらへらと笑っていた。そして驚いた顔をしたニューゲートを見るなり、顔を余計にだらしなくさせてニューゲートに覆いかぶさった。ニューゲートはいきなりのことに目を見開くものの、ナマエは楽しそうに笑ったままだ。


「嫉妬? ね、そうなの? えへへへー、うれしいなぁ、おやじがおれに嫉妬かあ……」


 事実、嫉妬していたこともありニューゲートは否定しなかった。たまには取り繕わずともいいだろう。否定されないことにさらに機嫌をよくしたナマエは、ニューゲートに跨ったまま顔中にキスを降らせた。「おれのことすきなのはおやじくらいだよ」なんて何にもわかってない言葉にまたため息を吐きそうになる。アホンダラ、お前はあっちでもこっちでも好かれてんだろうが。言ってやってもよかったが、どうせ自覚などするわけもないし、していない方がよほどマシというものだ。機嫌よくキスをし続けていたはずのナマエがふと動きを止めて、にこりと笑った。


「ごめんオヤジ」

「あ? なにがだ」

「えへ、勃っちゃった」


 言いながら太ももに押し付けられたナマエのそれは、たしかに硬質的であり、ニューゲートは顔を青くさせる。えへ、ではない。若いナマエはいいだろうが、この年にもなって女役をやらされるニューゲートにとってのセックスはいかんせん大変な行いになる。ナマエがニューゲートのことを気遣えるほど落ち着きを持っていればまだしも、我慢できている最初はともかく挿入すればぷちんと理性が切れてしまうので、ナマエの言う『優しくする』という言葉ほど信じられないものはないとニューゲートは身を持って経験しているのだ。
 しかしながら老いた自分に興奮してくれる年下の恋人を無碍に扱うこともまた心苦しいもので。どちらにせよ許可を取る気もないらしいナマエはごそごそとニューゲートの服を脱がし始めている。仕方なくナマエに付き合ってやることにした。ワイン一杯程度ではさすがに行為中に潰れてはくれないだろう。……どうせなら、きちんと呑ませておくべきだったか。ニューゲートがつこうとしたため息はナマエの口の中に吸い込まれていった。

あどけない瞳

白髭で白髭のヤキモチの甘裏。男主はオジサマキラーで頭も顔も良く、天然たらし、なのに自分がモテると理解しておらず普通のモテない人と思っている設定@ダージリンさん
リクエストありがとうございました!
裏までいかず、申し訳ないです……!



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