ミョウジの家に遊びに行く……のではなく、スペアの眼鏡がある家まで一緒に行くことになって、正直うきうきしていたことは認めよう。というか、当然のことだ。公然の理由を持ってミョウジの家を把握することができて、あわよくば家に上がり飯なんかもいただくことができるかもしれないのだから。しかしおれはそこばかりに気を取られてよく考えなかったわけだ。──ミョウジは帰り道、一人ではないということに。


「キッド爆ぜろ」

「まだ朝のこと根に持ってんのかよ……悪かったっつーの」

「嘘よ! おれより小テストなんて取ったくせにいい! きいいいい!」

「どこのヒステリー女だよ」

「ナマエは昔から妙に得意だな、ヒステリー小芝居」

「隣のアパートで刃傷沙汰があるくらいおれの周りでは日常茶飯事ちょーやべェ」

「ああ……家の中でも聞こえるのか」

「そういや去年アパートでボヤあったよな」

「あれは無理心中未遂。消防車来た」

「相当騒ぎになったぞ」

「マジか」

「マジだぜ」

「マジだ」


 仲良いなお前ら……。幼馴染みってもんが、すげェ厄介だってことは知ってたがここまで仲がいいとは。帰り道が一緒だから仕方ないとはいえ、ユースタス屋は協力すると言ったこともさっぱり忘れたのか普通に引っ付いてくるし、キラー屋はそもそも知らないので昔話に花を咲かせている。しかしまあおれの知らない時代の貴重な情報をいただけたのだからそれはそれでよしとしよう。メモでも取ろうかと思ったがユースタス屋に横から覗かれると面倒なので頭の中だけにしておくことにした。ミョウジの家から帰り道にでもメモすればいい。耳を三人の話に集中させていると、ミョウジがこちらを向いて朗らかな笑顔を向けてきた。びっくりしてすこし息が止まる。


「トラファルガーくんにもあとで近所で評判の呪いのアパートを紹介すんね」

「……おう」

「ナマエ、普通呪いのアパートは紹介するもんじゃない。まあ、見ればわかるがな……」

「うん、だからアトラクションみたいなもんだと思ってくれればいいから」

「アトラクション?」

「運が良ければ血生臭い展開が見れるし!」

「それは寧ろ運が悪いだろ……」


 ユースタス屋からあきれたような雰囲気が感じられる。運がいいか悪いかはわからないが、もし本当にそんな場面に遭遇すれば貴重な体験にはなりそうだ。そうしてしばらく隣の呪いのアパートについていろいろ話していたかと思うと、ふとミョウジが「そういえば」と話を転換させた。


「おれがいつもと違う眼鏡をしてるってわかったらしくて友達に聞かれたんだよ、新しい眼鏡? みたいな。で、トラファルガーくんのだって話したらさ、女子がヤバかった」

「ああ……そんなこともあったな」

「なんでまた」

「どういうことだよ?」


 クラスの違うおれとユースタス屋は意味がわからなくてミョウジに目を向ける。女子がなんでミョウジに食いついたんだ。もしや、違う眼鏡のミョウジを見てときめいたとか……? ふん、その眼鏡はおれのだから返してもらったら後生大切にする予定だ。絶対にやらねェぞ。おれがそんなことを考えていることがなんとなくわかったようで、ユースタス屋は変な目でおれを見ていた。こっち見てんじゃねェよ。
 ミョウジはと言えばおれらがわからないことが不思議なようで、当然とばかりの表情で首を傾げていた。そのしぐさが妙に可愛い。


「え、トラファルガーくんすげェモテるじゃん?」


 ミョウジはそれが当然であるように言ったが、ユースタス屋は思い切り顔をしかめた。たしかによく告白されることはあるがおれはミョウジのことが好きなので、最近はそれを意識することもなくなったのである。まあ好きなやつがいれば、ほかのやつなんてどうでもいいものだ。ミョウジはまるで自分のことのように誇らしげな顔で笑う。


「トラファルガーくんのモテ方は本当すげェよ、今日だけでトラファルガーくんが好きな女子に何度眼鏡を狙われたことか……あ、ちゃんと守り通したから! 一ミリも触らせてないから!」


 わざわざおれのためを思ってやってくれたという事実がたまらなく嬉しくてつい唇が緩む、が、よくよく考えたらおれが貸したことでミョウジに迷惑をかけたということではないのだろうか。第一おれの眼鏡を理由にして集った女子どもが羨ましくて苛立つ。ミョウジに集らずおれのところに直接来ればいいものを……! 「悪ィな」と謝ればミョウジは何事もなかったかのように首を振った。


「いやァ、あんなモテたら大変そうだけど楽しそうでいい体験だったよ。おれもあんなモテてみたいわ」

「そうか?」

「ん? トラファルガーくんはそうでもない感じ?」

「別に……好きなやつに好かれなきゃ意味ねェだろ」


 言ったあとユースタス屋がなんとも言えない顔をした。それはおれのセリフが気障ったらしいものだからか、それともおれがミョウジを好きだということを知っているからか、あるいはどちらもか。……どちらもっぽいな。ちゃんと協力してくれればなんだっていい。
 ミョウジとキラー屋がこそこそと顔を寄せて話していた。よくよく考えるとユースタス屋よりもキラー屋の方がミョウジと仲がいいようで、こうも仲のいいさまを見せつけられるとさらに嫉妬してしまう。


「やべェ今の聞きました奥さん、すげェ格好いいんですけど」

「違いない。モテる男の余裕というやつだろう」


 うんうん、と二人でうなずいているところをまざまざと見せつけられた。ちょっとイラッとしたがこの苛立ちをユースタス屋にぶつけようとも電車内では迷惑になりかねないのでやめておくしかなかった。

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 電車から降りると見慣れない景色が広がった。正直な感想を述べればあんまり大したことのない街だ。田舎というほどでもないけれど、都会という感じは特にしない。失礼だがぱっとしないどこにでもある場所という感じだった。しかしそれでもミョウジの生まれ育った場所だと思えば妙に感慨深いものがある。きょろきょろしているおれの肩を、ミョウジがとんとんと軽く叩いた。


「こっちこっち。こっからチャリなんだけど、ニケツ平気?」

「……ニケツ?」

「あ、おれ、前で漕げるから、後ろで座ってくれればいいだけなんだけど」

「いや、大丈夫だが」


 いきなりニケツか……少し心臓がどきどきとしている。背中に抱き着く口実ができたわけだが、しかしそんなあざということをしても平気なのだろうか。というか女でもねェのに胸を押し付けてもナニカ感じることがあるというのか。いや、おれが抱き着きたいだけだが……チャンスがあればおれは狙うぞ。
 駐輪場につくと、ユースタス屋やキラー屋もそこに自転車を停めているようだった。三人とも駅から歩けるような距離ではないのだろう。なぜか全員ママチャリだった。ママチャリを駐輪場から出したところで、ユースタス屋がキラー屋の方に振り向いた。


「キラー、お前借りたいCDあるつってたろ。取りに来いよ」

「そうだな。借りれるうちに借りておこう」

「キッドんち寄ってくのか。じゃあまた明日な〜」

「じゃあな」

「ああ、またな。トラファルガーもまた」

「おう、明日」


 どうやらユースタス屋の家はミョウジの家と逆方向のようで、二人は軽く挨拶だけをして去って行った。ユースタス屋にしてはちゃんと気を使ってくれたらしい。去っていく背中に手を振っていたミョウジはおれの方へと振り向くと、にっこりと笑った。笑顔が眩しい。ミョウジは、ぽん、とママチャリの荷台を叩いた。


「じゃあ座り心地クソ最悪だけどよかったら座って」

「座りづれェな」

「でも座ってくれ。結構危ないから」


 結構危ない……? ミョウジが言っていることがいまいちわからないのだが、頷いてその荷台に跨がった。言われた通り、座り心地はいいものではない。するとミョウジは「ちゃんとつかまっててなー」と一声かけて走り出した。とは言え、好きなやつにそう簡単につかまれるわけもなく、どうしようかと思っているうちにものすごい速さに到達した。しかもこの先下り坂。角度もそれなり。なるほど、これはマジでやべェ。ミョウジの言っていた通りこれは危険だ。そう思ったら照れや羞恥などなく、ガシッとミョウジの腰をつかめた。下り坂を降りていく間、ミョウジが楽しそうに声を上げた。


「乗り心地どうよ!」

「クソ最悪だな……ケツがいてェ!」

「あははは! だよなッ!」


 随分と長い坂を下りきった先、似たような上り坂をミョウジは立ち漕ぎをすることもなく、おれを後ろに座らせたまま上りきっていった。全然体力も筋力もあるようには見えないのにすげェな、ママチャリなのに。もう少し進んだところに妙に黒い建物が見えてきた。スタイリッシュと言えばもしかしたらスタイリッシュなのかもしれないが、おれからしてみれば明らかに呪われた外観をしている。なんだあの禍々しい建物は。そんなふうにおれがその建物に気をとられていると、その禍々しい建物を通り過ぎたかと思ったらすぐにママチャリが止まった。そして禍々しい建物を指差す。


「これが噂の呪いのアパート」

「……ああ」

「やっぱ納得するほど呪われてそうか」


 ミョウジは一人でうんうんと頷いたかと思うと、その隣の至って普通の家を指差して「ここおれんち」と言ったかと思うとすこし離れた家を指差し「で、向こうの青い洋風の家がキラーんち」と教えてくれた。近所というレベルを軽く越えている。キラー屋のことが本気で羨ましくなる。
 ママチャリから降りてミョウジの家を見上げる。落ち着いた色合いの、普通の木造建築一戸建て。隣のアパートから声が聞こえるのなら、壁は薄いのかもしれない。ママチャリを車庫に突っ込んでから戻ってきたミョウジが「こっちこっち」と声をかけてくる。その声にしたがってその背を追いかけ門を通って玄関までいくと、ミョウジが鞄から鍵を取り出してがちゃりと開けた。


「てなわけで、汚くて狭い家ですけど、どうぞ」


いらっしゃいませ、スーパースター

恥ずかしながらの続編@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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