喧嘩の原因なんて、覚えてない。 ↓ おそらく大したことで揉めたわけではないのだ。おれの口が悪いのはいつものことで、ゾロの口が悪いのもいつものことで。売り言葉に買い言葉。かちんと来てかちんとさせて。そんなことを繰り返していたら、何故か殴り合いの喧嘩にまで発展していた。サンジとフランキーが止めに入ってくれなかったらおれの腕は折られていたかもしれないし、ゾロの足も折られていたかもしれないというくらいひどい殴り合いだった。口の中を切って血を吐き捨てて、それと同時におれはゾロに悪口を言って、ゾロもおれに悪口を言って、……それ以来ゾロとは顔を合わせるたびにぼろくそに言い合っては喧嘩をしている。 こんなことになってまともに話せなくなって、大部屋でも一緒に寝れないからどっちかが先に寝るか、あるいは顔を合わせればどっちかが見張りに回るだとか、そうやって過ごしている。過ごせてはいるが、いつまでもこうやっていられるわけもないのだ。わかっているが、わかっているが……顔を見るとつい、口が思ってもないことを発してしまうのである。ちなみにその喧嘩のあと、おれは大体自己嫌悪で死ぬ。男同士で悪いところが似ているがこれでも恋人同士だし、好きな相手にそこまで言った自分が許せなくて呻きながら床を転がり、周りから声をかけられてなんとか生き返るという面倒なことになるのである。 そんな状況だったので、おれはサンジに呼び出された。食堂に呼び出されて、床に正座させられて、おれは項垂れるばかりだ。おれが迷惑をかけているということも、おれが悪いということもよーくわかっている。 「おいナマエ、さっさとクソマリモと仲直りなりなんなりしろ」 「……それができたら、苦労はしねェっていうか……」 「謝れ。お前らのせいで船の雰囲気がよくねェってのはわかってんだろ?」 「わかってるんだけど、よ……顔見ると、怒鳴っちまうんだよ……」 おれだって好きで怒鳴ってるわけじゃない。向こうが鼻で笑ったり舌打ちをしたくらいで怒鳴らなければいいとわかっているのだ。ほんのすこし我慢をすれば、なんてことはなく解決できることであると信じている。ゾロはワノ国の侍のように亭主関白的なところがある頑固だから謝ってこないだけで、おれが謝れば許してくれるとは思う。……思うのだけれど……口が……おれの口が悪いんだ。謝れねェんだよ……。サンジがそんなおれを見ながらため息をつく。深い深いため息だった。 「じゃあお前、悪いとは思ってんだな?」 「当たり前だろ……喧嘩の原因はまったく覚えてねェけどな」 「おい! それじゃダメだろうが!」 「逆に考えろ、そんなことどうでもよくなるくらいおれはゾロに謝ってもいいと思ってるわけだ。もうまともに顔合わせ亡くなって何日目だよ……つれェわ本当……うう、ゾロ好きだわゾロと話したいゾロに触りたいゾロにキスしたいゾロとセ、」 「やめろホモ野郎!!!」 今日一番のでかい声でサンジが響き渡り、おれの頭を勢いよく蹴りあげた。おれはサンジにつかみかかる。サンジもおれの襟首をつかんだ。おれやゾロだけじゃなく大概サンジもキレやすい。……海賊なんてそんなもんだ。 「痛ェじゃねェか何すんだこンのクルマユ!」 「クルマユだとこらァ!?」 「くるくる眉毛ボンバーの方がよかったかよこのクソ野郎!!」 「んだと!? テメェが気色悪ィこと言うからいけねェんだろうがアホ! 死ね!」 「好きなやつに好きっつってるだけだろ! テメェが死ね!」 「コックが死んだらどうすんだ! 困んのはテメェらだろうが!」 「あァ!? 味さえ気にしなきゃあおれにだって作れんだよ!」 「喧嘩売ってんのかこのクソホモ!! なら明日の料理作ってみろってんだよ!! レディたちの分除いてな!!」 「めんどくせェ! テメェ生きてんだからテメェがやれよ!!」 「あァん!? なんなんだテメェ!!」 「テメェこそなんなんだ人の頭蹴りやがって!!」 「気持ち悪ィんだよ! テメェら!!」 「んだと!? おれの悪口はともかくゾロの悪口なら許さねェぞ眉毛!!」 「だああああッそういうとこだっつーんだよ! おいクソマリモ!! テメェも照れてねェで出てこい!」 「……は?」 サンジがどでかい声を出した方を向けば、そこには隠れきれていない緑の髪の毛がわずかに見える。身体から汗という汗が吹き出す。え、な、……嘘だろ。ゾロは出てこない。おれは震えている。そして──おれは逃げ出した。 ↓ うっわァ、おれ、だっせェ……。食堂から逃げ出したおれは倉庫で一人膝を抱えている。たしかに、聞かれて恥ずかしかったけど、だな……逃げることはなかったんじゃないだろうか。これではこのあとゾロとサンジにあわせる顔がなくなっちまう。ていうか、腹が空くか便所にでも行きたくならない限りおれここから出られねェよ……なんだこれ、完全にアホじゃねェか……。 膝を抱えて俯きながら呻いていると、誰かの足音が聞こえてきた。……ちょっと待て、これ、ゾロの足音じゃねェか? おれがここに逃げ込んだのってもしかしてバレバレ? あ、そうだよな、いつも逢引するときここだし。他に誰も近寄らねェし。うあ、どうやって逃げよう! せめてどこかに隠れようとして立ち上がった瞬間、倉庫の扉が開いた。 「あ」 「……おう」 やっぱりというか、なんというか、ゾロだった。追いかけろと言われて追いかけてきてくれたのだろうゾロの顔は、逆光で見づらかったけれどうっすらと赤らんでいるようで、たまらなく可愛いと思ってしまって。 間抜けな立ち方をしていたはずのおれはずんずんと歩いて行って、すこしばかり身を引いたゾロの腕をがしりとつかんだ。何か言おうとした口はもしかしたらまたよくない言葉を吐くかもしれなくて、でも絶対にそんなことはしたくなくって。勢い余ったおれの口はゾロの口を塞ぐ。 驚いているようだったけれど、ゾロはおれを突き飛ばすようなことはしなかった。それどころか妙に大人しい対応をしてくるものだから、おれの中ですこしばかり抑えが利かなくなってしまう。久しぶりのゾロと口内を味わうため、反対側の手で後頭部をぐっと押さえ込み、好き勝手にキスさせてもらった。相変わらずゾロの舌は酒の味がする。そのせいでおれはゾロの良く飲んでいる酒を飲むだけでやらしい気分になってしまうのだが、それは今関係のないことだ。何度も唇を離しては「ゾロ」と名前を呼んでまた口を塞ぐ。ゾロはすこし呼吸を荒らげながらも後ろ手に扉を閉めた。その扉にゾロを押し付けて、ようやく口を離した。上がった息と、唾液で光る唇が艶めかしい。 「ゾロ、」 「……あ? なんだ」 「悪かった……喧嘩とか、言ったこととか、本意じゃねェ」 「ああ……わかってる」 それだけですとんと胸につかえていた何かが落ちたようだった。安心から深い息を吐き出し、ゾロの肩に自分の顔を埋める。当然だがゾロの匂いがした。なんだかずっと嗅いでいなかったような気がする。……まあ、顔を合わせりゃ喧嘩してたわけだし、当然っちゃあ当然か。ゾロはおれにされるがままにされている。今だったらなんでもさせてもらえそうだ。さて、どうするか。このまま襲っちまいてェ気もするし、このまま話してだらだらしてェ気もするし……。散々悩んでいたけれど、このままゾロとぴったりくっついていられるだけで良い気がして、あまりないやらしいことをするチャンスを無下にすることにした。 悪いお口は塞いでしまえ ゾロで口が悪い男主と喧嘩してからの仲直り。お互いに意地をはってなかなか謝れなくて険悪からの甘め@匿名さん リクエストありがとうございました! |