外見が整っていることは一種のステータスであると知っている。しかし長所とは時に短所でもあるのだ。やっかまれたりだとか、好きでもないやつに好かれたりだとか。嫌われるよりはきっとましなのだろうと思っていたのは、外との関わりが少ない部族の中にいたときだけだ。いわば全員運命共同体だったから。しかしながら最終決戦天罰エトセトラを越えて、空島の住人と共同生活が始まってしまえばそうも言えない状況になってしまった。
 遠巻きに女に囲まれて、苛立ち。顔に固定している笑みがつい取れてしまいそうになる。視線にさらされ続けることがどれほど嫌なのか、お前ら知ってんじゃないのか。エネルの神罰を思い出させてやりたくなる。早く家に帰りたい。外にいるからこんなことになるのだ。徹底的に視線に気が付ないふりをして歩いているのに、そんなこともわからないらしい連中が近寄ってくる。


「あ、あの、ナマエさん!」

「……何か御用ですか?」


 唇が引きつりそうになっているけれど、目の前の女はまったくそれに気が付いてくれない。ぺらぺらと好き勝手に話しかけてくる女の言葉はよく頭に入ってこなかったし、こうしているのは完全に時間の無駄でしかなかった。唇をきゅっと引きしめ、申し訳なさそうな表情を作る。


「申し訳ありませんが、少し急いでおりまして」

「あっごめんなさいわたしったら!」

「いえ、それでは失礼させていただきます」


 本当にな、と言わなかったおれを誰かほめてくれてもいいんだぞ。まあ近くにおれの本性を知ってるやつがいないから誰もほめてはくれないだろうけど。頭を下げてからその場を辞して歩調を早める。用事はないが、急いでいるのは事実だ。この大量の視線を引きはがしたくて仕方がないのである。
 歩いて歩いて歩いて、そうしてたどり着いた家の中に逃げ込むように飛び込んだ。ドアを勢いよく閉めて、そのドアにもたれかかる。息を吐いたら全身の力が抜けて、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。──隠れ住んでいた前の方が、よほどマシだった。誰にも言ってはいけない言葉を腹のうちに溜め込んで、目蓋を閉じる。やっと祖先の土地に戻れたのにそんなことを言ったらみんなを傷つけるだけだ。そうしたらきっと最後は自分が傷つけられる。これ以上ことを荒立てたっていいことなんて何もない。そんな状況が苦しくて、いっそあの青海人たちについていけばよかったと思ってしまった。最低だ。
 そうして自己嫌悪に陥っていると、どん、と乱暴にドアが叩かれる音がした。びくりと身体を跳ねさせ、慌てて立ち上がって退けばすぐにドアが開かれた。くわえタバコでいつものようにいかつい表情のまま、ワイパーが家の中に入ってくる。ドアをゆっくりと閉めたワイパーの背中に飛びついた。


「おい、危ねェだろうが」

「ごめん、ワイパー」

「思ってねェな、お前」


 どうせワイパーが怪我をするようなへまをしでかすわけもない。どちらかと言えばいきなり抱きついたおれの方が危険だ。うっかりタバコに手を触れてしまうかもしれないし、あるいは暴漢か何かと勘違いされてワイパーにやられてしまうかもしれない。そんな危険よりも一刻も早くワイパーを抱き締める方が大事だった。


「おかえり」

「……ただいま。ナマエ、さっさと離せ」

「やだ、むり」

「馬鹿なこと言うんじゃねェよ、ずっと玄関に立ってるつもりか?」


 ワイパーにそう言われてしまえば、手を離すしかなくなってしまう。渋々解放したおれの手を取って、ワイパーは居間に入っていく。本当なら一人でさっさと行って休みたいのだろうに、おれに気を使ってくれているようだった。優しい。そういう何気ない優しさがとても好きだった──ただそれは、おれのことをわかってくれている、という前提から生まれることだけれど。
 本当に唇を緩ませて、笑う。ワイパーはおれのことを見ているわけではないからきっと気が付いてはいないだろう。つかまれていた手は外され、ワイパーはソファに腰を下ろした。おれもその隣に座り、ワイパーの肩に顔をうずめて息をする。ぼんやりと体温が移ってくるような気がした。


「ワイパー、おれ、お前のこと好きだよ」

「知ってる」


 簡素な返事、でもそれでよかった。ワイパーは嫌ならきちんと拒否するやつだから、これは受け入れてくれてるってことなんだ。おれが周りから好意を寄せられることを苦手としているとわかっているから、全面的に表したりしないだけのこと。でもちょっと照れ屋なところがあるから言わないってこともあるのかもしれない。ワイパーは照れ屋でかわいい。だから好き。ワイパーは優しい。だから好き。ワイパーはおれをわかってくれている。だから好き。ワイパーは面倒なおれを受け入れてくれてる。だから好き。ワイパーは、ワイパーは、


「ワイパーは、おれを見ないから、好き」


 本当は自分の顔なんか大嫌いだ。綺麗な顔をしているらしいけれど得したことなんてほとんどないし、誰もそんな悩みを理解してくれないとわかっているし、周りの視線が何を持っているのかと考えて吐き気さえするし、何があっても視線がおれに向かうし、そんなことが積み重なってもはやコンプレックスと言ってもいい。でも知ってるんだ。ワイパーはおれの顔が、いや、おれの顔も好きなのだと。昔ぽつりと言われたことがある。──お前以上に綺麗なやつなんていないよな、とワイパーは目を合わさずに笑っていた。それが当然のことのように。その言葉にぞっとして、それなのになぜかおれは少しだけ嬉しくて。不思議な感情に襲われたことを覚えている。


「なんで見ないの?」


 不思議な話、昔からワイパーと視線が絡むの寝起きや、あるいは性行為中などの意識があいまいになるときだけだ。ワイパーはおれを見ない。視界には入っているだろうけれど、あまりにも目が合わない。いつもまっすぐに他人を見つめている瞳がおれだけ見ないのだと思うと、それはそれで嫌だった。でもじっと見られたらワイパーのことを好きで居続けられるのかわからない。なんて面倒くさいやつだろう、と自分を嘲笑しながらも顔を上げてワイパーに視線を送る。ワイパーは更に視線をずらしながらぽつりと言葉をこぼした。


「……お前がおれのこと見てるから、それでいいだろ」


 照れから来るものなのか、それともおれを気遣っているからなのか、いまいちそこらへんはわからなかった。だけどワイパーのことを好く気持ちはその言葉を聞くよりもよほど強固なものへと変わった気がする。「ワイパー、こっち向いて」。視線は外したまま、ワイパーはこちらに顔を向ける。ちゅ、と口と口をくっつけるとワイパーはまたそっぽを向いてしまった。

視線アレルギー

イケメン男主でワイパー夢@匿名さん
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