モモンガには、おおよそ海兵とは思えないような部下がいる。ナマエと言って戦闘においても執務においても優秀ではあるのだが、引っ込み思案で、ストレスに弱く、誰に何を言われても文句の一つも言えずに当たり障りのない笑顔を作り、見えぬところで小鳥のさえずりのようは小声で呻くような男だ。体格も恵まれているとは言えぬ、ぱっと見たところひ弱そうな男なのである。そんな男がどうして海兵として生きながらえてきたのかと言えば、ひとえに努力家であることをモモンガが知っていたからだろう。ナマエは頑張り、成果を出し続けた。気弱だからかもしれないが、それこそ文句の一つも言わずにそれなりの地位まで上り詰めたことは、誉めてしかるべきことに違いないのである。だからこそモモンガはナマエを認め、評価し、後ろ楯であり続けた。どんなに同僚から“あれが?”とばかりに後ろ指をさされ続けても、ナマエの頑張りと働きは評価されるに値すると思っているからだ。

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 ナマエが普段ならとっくに戻ってくる時間を過ぎても執務室に戻って来ず、ああ、どこかでまた絡まれているのだな、とモモンガは悟った。書類を届けに行って誰かに絡まれることが多々あった。評価されていることが気にくわないのだろう。ナマエもナマエで、文句を言うことができないから彼らの気が収まるのをただ待っているのである。そういうところは少々情けないが、モモンガにとっては可愛い部下だ。他の部下に休憩を言い渡して、モモンガはナマエを探しに出かけた。
 絡まれないようにと人気の少ない道を通るナマエの行動パターンを考慮して行ってみると、モモンガの予想通り、ナマエは下っ端の海兵たちに問い詰められていた。頭を下げて怯えている様を見てしまうと、そうして絡まれることも致し方のないように思えてきてしまう。五分ほど様子を見てもどうにかできないようであれば、ナマエのことを救出しようとモモンガは壁に寄りかかることにした。本来上司が出て行くようなことではないし、ナマエが一人で解決できるようになるのが一番なのだ。ナマエは襟首をつかまれてふるふると震えている。


「なんでてめェみたいなのが大佐なんてやってんだよ!」

「そうだ、コネでも使ったんだろ?」

「そ、そんな……ち、ちがいます……」

「ああ!? 聞こえねェんだよ! はっきり話せ!」

「うう……! ごめんなさい……!」


 なかなか情けのない光景を見せつけられて、モモンガの口からはため息しか出ない。どうしてそこで謝るのか。どうしてはっきり実力であると言えないのか。最早泣き出しそうですからあるナマエを見ながら、モモンガは頭痛がしていた。何故ナマエは言えないのだろう。そうやってやられているよりも余程楽ではないのか? お小言を言ったところで改善されるわけではないとわかっていても、モモンガはナマエを救出したあと、間違いなくそうやってナマエを詰らずにはいられないはずだ。


「それともあれか? モモンガ中将に気に入られてんのか?」

「依怙贔屓かよ!」


 ──と、本人がいることを知ったら間違いなく言わないであろう言葉を下っ端の海兵が吐き出した瞬間、モモンガがそれに対しての感想を持つよりも早く、すさまじい音がした。コンクリートの壁に、何かがめり込む音だった。すさまじい音に一瞬ばかり目をつむってしまったモモンガが再び目蓋を開いて見たものは、想像もしていない光景だった。
 ナマエが海兵の一人の襟首をつかんで壁に叩きつけていたのである。叩きつけられた方はぴくぴくと生体反応を示してはいたが、意識は飛んでいるようであった。もう一人の海兵の方は腰が抜けたのか床に転がりながらがたがたと震えていた。ナマエは戦闘のときのように目を細めて、床に転がる男を見る。


「おれのことを言われるのはいいけど、モモンガさんの悪口は許さない──……ですよ」


 そして自分の手がつかんでいる海兵の方を見て、顔を青くさせたナマエは手を離してかたかたと震えた。「か、壁壊しちゃった……ど、どうしよ……怒られる……!」。小さく呻いた声はこどものようだった。壁を壊したことについてはたしかに良い行いとは言えなかったが、ナマエもやればできるのだと思うとモモンガはたまらなく喜ばしい気持ちになった。自分が庇われたからというのも大きかったかもしれない。どちらにせよ親心に火のついたモモンガは、あとで褒めてやろう、修繕費はこっちで出してやろうなどと思いながら先に執務室に戻ろうとした。鉢合わせになるとナマエも気まずいだろうと考えたからだった。


「あ、……おれ以外の人がやったんだ……うん……」


 しかしナマエのその一言でモモンガは足を止めざるを得なくなった。何か不穏な空気を感じて再度覗き込むと、怯えきった海兵の胸ぐらをつかみあげ「あ、大丈夫です……おれのことを忘れてもらうだけ……ですから」といつものように情けない笑顔を作るナマエの姿があった。そして振り上げた拳を海兵の頭に振り下ろそうとしていて──


「ナマエ! 何を考えてるんだお前は!」


 慌ててモモンガがそこに走り込むとナマエはこの世の絶望でも見たかのように、顔を真っ青にさせて変な悲鳴を上げた。軽く錯乱しているナマエを羽交い絞めにしてどうにか止めながら、海兵に「そっちのやつを連れて医務室に行け!」とモモンガは鋭く命令を飛ばす。海兵は半泣きの状態ながらも気絶した海兵を引きずってその場を去っていった。そしてナマエはというと、暴れることはなくなったが小さな声で「もう終わりだ……モモンガさんにこんなところを見られて……死ぬしか……」などと不穏なことをつぶやいていた。そんなナマエの頭を勢いよく殴りつければ、涙目になりながらナマエがモモンガを見上げた。これから怒られる子供のように震えている。実際その反応はあながち間違っていない。


「ナマエ、」

「は、はいぃ……!」

「戻るぞ」

「…………へ?」


 間抜けな面をさらしているナマエの背中を押して、「執務室へ戻るぞ」とモモンガは言った。ナマエがあんなことをしてしまったがためによくやったと誉めてやることはできなくなったが、それでもせめてこの場で怒るようなことはやめてやろうと少し甘い気持ちを持ったのである。ナマエは何がなんだかわからないといったように目蓋をぱちぱちと開いたり閉めたりを繰り返していたが、モモンガにもう一度背中を押され、ようやく歩き出した。──とりあえず、誰かのせいにするのはやめろとだけは教えなければ。

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 数日後広がっていたのは、ナマエはヤバいやつだという噂だった。あながち否定もできない行いをしていたため致し方のないように思えたが、そもそもそれでナマエに突っかかってくる人間が随分と減ったのでよかったのではないか、とモモンガは思った。しかしながら平常時打たれ弱いナマエには人に避けられるのもストレスになるようで、執務室でも何とも言えない暗い笑顔をしている。他の部下たちが「そんな顔をしてると余計にヤバい人間だと思われちゃいますよ」と明るく接してもナマエは「胃が……痛くなってきました……!」と半泣きで呻くばかりだった。

知らないきみと変わらないきみ

モモンガさん@匿名さん
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