ミホークの七武海入り時期捏造



 ミホークが七武海となってからほどなくして、政府から“お願い”のようなものが来た。厳命でも強制でもなく、密命に近い“お願い”。しかも呼び出された場所は普通には海賊が入ることのない司法機関、エニエス・ロビーだという。用件は着いてからという徹底ぶりに妙な好奇心が駆り立てられた。ミホークは二つ返事でそれを了承し、エニエス・ロビーを訪れた。つまらないことならば断ればいい。例えなにか文句を言われようとも、七武海の称号を剥奪されようともミホークには別段困ることなどない。元々面白味があれば退屈しのぎにはなるだろうと受け入れた申し出だ。つまらないのならそんなものを捨て、エニエス・ロビーで暴れた方がよほど面白いとさえ思っていた。
 そうして訪れたエニエス・ロビーでミホークを待っていたのは、政府の暗殺機関であるCP9の長官とまだ小さな少年だった。妙に鼻の長い少年の顔の造形が気になったものの、子供を見せられてミホークはなんとなくこの依頼の意味を察した。子供が刀を腰に差していれば嫌でもわかってしまう。世界最強の剣士であるミホークに教えを乞いたいのだろう。長官から発せられた言葉もまさにそのままで、結局つまらないことだったとミホークはその“お願い”をいとも簡単に切り捨てた。


「政府の狗に教えることなど何もない」

「な、なんだと……!」


 先ほどまで白々しい丁寧語を発していた長官はミホークの言葉を聞くなり憤慨して、「カク、お前に剣を教える先生なら他を探してやる! あんなやつに教えを乞う必要などない!」といきり立っている。その様子にミホークはおや、と首を傾げた。政府内の力を上げするために政府がミホークに打診したものとばかり思っていたが、それではまるでこの子供自らが望んで打診してきたようではないか。──たかが子供一人のために? そう思わないわけではなかったが、しかしそう考えると密命にも似た“お願い”に合点がいくのである。たかが一人の子供のために七武海を呼び出したことが周りにバレればいささか問題もあろう。ふう、と子供はため息を一つついてから、ぽんぽんと長官の背を叩いた。


「スパンダイン長官、落ち着くんじゃ。ワシらは政府の狗、なぁんも間違ったことは言われとりゃせん。それくらいのことで怒るなんていつもクールな長官らしくもないぞ!」

「……そうだな! おれはクールだからな!」

「そうじゃろそうじゃろ。あとワシに剣を教えられるようなめぼしい人間は政府内で他におらんじゃろ? 海軍に願い出るのもめんどくさいしのう……そもそもあそこは能力者が多くて剣に精通しているのがほんに一握りじゃ。長官に海軍への貸しを作らせるわけにもいくまい」

「カ、カク、お前って子は……!」


 なんていい子なんだ! とばかりに打ち震える長官と、その長官をまるで手玉に取る少年。どうやら子供の方が主導権を握っているようだった。いいように扱われていると気づきもしないのか、長官の方はでれでれと顔を緩ませている。随分と馬鹿らしい、と思ったが、同時にとてもその子供に対して興味が湧いた。手玉に取った長官を使い、ミホークを呼び寄せたのはこの子供の方である。何かがある。
 ミホークが興味を持ったことに気が付いたのか、子供は唇の端をわずかながらに持ち上げるという子供らしからぬ笑い方を一瞬だけして見せ、その後長官の方に向き直った。


「長官、悪いんじゃが、二人にしてもらえんかの。ワシからお願いしてみる」

「な、そ、そんなの危ないじゃねェか!」

「わはは、長官よりワシの方がよっぽど強いのにか? じゃからほら、出ててくれ。その方が長官も安全じゃわい」


 まるで長官の男を気遣っているとばかりに並べられた言葉だったが、実際のところ、子供は暗に邪魔だと言っているのだろう。第三者であれば簡単にわかることだというのに、当人である長官は子供の言葉を信じて疑わない。これはなんというべきだろうか。盲信? あるいは、洗脳?
 ミホークがそんなことをぼうっと考えている間に、長官は外に追い出され、部屋には二人だけが残された。子供はいかにも子供らしい天真爛漫な笑みを浮かべながらミホークに近付いてくる。


「紹介が遅れてしまって申し訳ないのう、ワシはカクって言うんじゃ。ひとまずこの時間だけでもよろしくしてほしいのう、ミホークさん」


 子供からにっこりと笑いながら手を差し出された経験などまるでないミホークであったが、目の間の子供がそこいらに転がっている普通の子供でないことなど既に百も承知のことだった。手を取るか取らぬか考えていると、その掌が随分と硬質化していることに気が付いた。剣を握って一年や二年、という年月の経ちようではない、熟練の剣士のような手をしている。握手のつもりもなく、ただミホークは子供の──カクの手を取った。最早肉刺もできることのない掌は、自分の手には劣るものの、完全に剣士の手をしていた。どれほど剣に打ち込んできたのかがよくわかるいい手をしているのだ。カクの身体に視線を向け、ミホークは目を細めた。おおよそその小さな身体に相応しくない筋肉や実力を明確に理解する。現時点でもカクが並みの剣士よりも余程強いであろうことは想像に難くなかった。


「……何故、おれに師を望む?」


 されるがままにされていたカクにミホークが問えば、くりくりとした大きな目がまっすぐにミホークを捉えた。そしてやはり子供らしからぬ笑みを顔に浮かべてカクは言った。


「勝ちたいやつがおるんじゃ」


 何か心に秘めている子供であることは間違いないのに、何故かこの時ばかりは言葉がひどくまっすぐでそれが真実であることを知らしめていた。勝ちたい人間がいる。至極まっとうな、強くなりたい理由である。しかしながら目の前にいる少年カクは、その至極まっとうな理から外れた存在であるとも言えた。カクは政府の狗だ。暗殺機関の暗殺者である。そんなふうに育てられた子供が、勝ちたい人間がいるからという理由で強くなろうとしていることに妙なひっかかりを覚えたのである。政府のためでもなく、己の命のためでもなく、ただ強くあろうとするわけでもなく、一人の人間に執着し、そのためだけに世界一の大剣豪を呼び出させたと言うのが、妙に気になってしまった。それに、カクは子供ながらに既に相当な実力の持ち主だ。勝てない相手、というのも少々気になった。ミホークがしゃべらずにいたためか、カクはため息まじりにぽつりぽつりと言葉をこぼした。


「勝ちたいやつがおるが、これがもう、どうしても勝てん。何をやってもどうにもならん。今までの経験から考えるに、もはやお前さんにでも教えを乞わねば勝機も見出せんと判断した」

「……どんな相手だ」

「わはは、内緒じゃよ。そいつがミホークさんに気に入られでもしたら大変じゃからなァ」


 からからと笑う様だけは妙に子供らしい。けれどその身に秘める熱い何かと実力ばかりはどうにもこうにも子供らしくない。どうしたものかとミホークが考え始めると、カクは「あのときあの場所で、あいつに勝ちたいんじゃ──その為ならばなんだってしよう」だなんて言葉を口にして見せる。なんだって。安い言葉だった。「死んでもか?」。ミホークが少々の落胆を織り交ぜながらそう言えば、カクは頷いた。湧いて出たのは失望だった。


「道半ば死ぬもよし。どうせお前さんの与えたことができぬのなら勝てん。勝てんのなら死んだも同然で、そいつに勝てるだけの力量がワシに足りぬせいじゃ。ワシはその力量を求めとるんじゃからな、死のうとも構いやせんよ」


 死んでもいいだなんて愚かな言葉を吐く人間を、ミホークは好かない。それは実力のない人間の言い訳にしかすぎないからだ。強くなれば死ぬ必要はなくなる。弱者は死んでもいいのではなく、死ぬしかないだけだから。その考えをカクは弱者の立場から吐き捨てた。弱いのなら死ぬ。越えられねば死ぬと言うのなら越えてみせる。越えられなかったときは死ぬ。それでいいと。
 ミホークの中にあった失望は綺麗に失せ、この冷静そうな少年をそうまでして駆り立てる相手の正体であるだとか、それ以上にカクが育った時どれほどの力を持つのだとか、弟子という名目が欲しいわけではなく己を強くなるために利用しようとするカクの気概だとか……この短時間の会話の中でミホークには気になることがたくさんできてしまっていた。最後に軽く覇気を飛ばしてみてもカクはすこしも動じなかった。ミホークはほんのすこしばかり、唇を緩ませる。


「よかろう、ちょうど暇をしていたところだ」


ぼくの踏み台になってください

カク成り代わりで、ミホーク視点@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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