いつも通りにメアリがいい感じにおれを仕事させてくれていたら、サカズキが資料がどうのこうのと言って現れた。メアリはその資料がどこにあったか知っていたようで、サカズキをおれの部屋に待たせて資料を取りに行ってしまった。仕事モードだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、そこはサカズキに場所を教えて自分で取りに行かせりゃあいいとおれは思う。っていうか、おれの執務室にサカズキがいて尚且つおれが仕事しなきゃいけない状況ってのが、サボらないように見張られているみたいで居心地が悪い。サカズキもすることがないからソファに座ってじっとしているし……そりゃあさ、おれは仕事してるわけで、サカズキとおしゃべりするようなこともないし、これであってんだろうけどさ……。


「クザン」

「……何?」

「手が止まっちょるぞ」


 いきなり話し掛けてきたから何かと思えば、結局おれは見張られていたらしい。お前といるのが気まずくて手が止まったんだよ、と怒ってもよかったが、面倒なので手を動かすことにする。部屋にある置き時計の秒針の音だけがカチカチとうるさい。気まずい。早くメアリ帰ってこないかなーなんて思っているのに、こういうときに限ってメアリはなかなか帰ってこない。……ていうか、遅くないか? 資料室まではそんなに遠くもないし、メアリはカベカベの実の能力者だから余計に時間はかからない。いつもならどんな量の資料だろうと五分もかからず戻ってくるのに、既に十分は経とうとしていた。


「サカズキ」

「なんじゃ」

「メアリ、遅くないか」

「……ちいと見てくる」


 そう言ってサカズキは静かに立ち上がった。おれもメアリに関しては結構心配性だという自覚があるが、サカズキはおれの百倍くらいひどい気がする。海軍本部内で何か起きてるとは思えない。なんたってメアリまだ仕事中だし。わざわざ見てくるようなことはないと思ったが、おれが言ってもサカズキはどうせ聞きやしないだろう。いってらっしゃーいと口には出さずともサカズキの背中に手を振って見送っていると、サカズキがドアに到達するよりも早く、メアリが壁を抜けて戻ってきた──何故かボルサリーノと手を繋いで。メアリはサカズキがドアに向かっていこうとしているのに気が付いて、恭しく頭を下げた。


「サカズキ様、遅くなり申し訳ございません」

「構わんが……」

「オー、サカズキもここにいたんだねェ」


 なんでお前がメアリと手を繋いでここにいるんだ、というサカズキの目線を意にも介さず、ボルサリーノはニコニコと笑っている。いつも通りすぎてよくわからないが、おれもなんでメアリと手を繋いでいるのかは気になった。だってメアリは今、仕事中だ。間違ってもお手手つないで仲良しこよしなんてしない。メアリはボルサリーノと繋いでいた手を離してサカズキに歩み寄ると資料を渡した。ちょっと分厚い資料、重そうだった。


「ああ、そうだ。サカズキ、今時間あるかい?」

「何の用じゃ」

「暇みたいだねェ。メアリ、三人分の飲み物を用意してくれるかいィ?」

「はい、畏まりました」


 綺麗に頭を下げたメアリが壁を通って給湯室へと消えていく。相変わらず自分勝手というか、独特の空気感を持つというか……ボルサリーノを見ていると、マイペースってのはなかなか便利な言葉だな、と思う。悪い意味だってーの、って言いたくなる。サカズキは一瞬だけ機嫌を悪くさせたようだったけれど、ため息をついてすぐに戻ってきてからソファに腰を下ろした。ボルサリーノに何を言っても無駄だと思ったんだろう。ボルサリーノもそれに満足したのか、サカズキとは反対のソファに座った。


「それで、なんでお前がメアリと一緒に戻ってきよった?」

「資料室でメアリが台から落ちてそこを助けたんだよォ」

「え、メアリ落ちたの!?」

「ほら、わっしらには大したことないけど、メアリにはあそこの壁高いだろォ? 一生懸命背伸びしてるなァと思ってたら落ちゃったんだねェ〜」


 たしかにおれたちには大したことのない高さでも標準以下の少女であるメアリにはとんでもなく高いだろう。そりゃあ大変だったなあ、なんておれが呑気に思っていたら、サカズキは今にも噴火しそうなほど静かに怒っていた。……こりゃ、過保護が発動するぞ。そう考えた瞬間、「なして落ちる前に助けてやらん」とサカズキが厳しい目でボルサリーノを見た。どこぞの父親が難癖をつけてるようにしか見えない。そのうち資料室の改装とか言い出しそうだ。


「いやァ、小鹿みたいで可愛かったから、つい」


 ボルサリーノがそう言ったら、サカズキは余計に顔を顰めた。それはそんな小鹿みたいなメアリが怪我したらどう責任取るつもりだああん? っていう苛立ちであることはよくわかった。そんなふうにサカズキが苛立っていることなどボルサリーノにもよくわかっているはずなのに、にっこりといつもより笑顔を深くしたボルサリーノは口を開いてよくわからないことを言いだした。


「助けたら王子様なんて言われちゃったんだよねェ」

「あァ? 何阿呆なこと言っちょる。鏡見んか」

「わっしもそう思ったけどね、メアリには王子様なんだってさァ」


 おれも鏡を見ろと思ったけど、メアリが言ったというボルサリーノの発言で場が凍る。ボルサリーノは羨ましいだろうとばかりに笑顔のままだ。どういうことなのかと問いただすよりも早く、メアリが戻ってくる。手にはトレイに乗ったカップが三つ。どれも見たことのあるものだった。装飾の細かいカップの紅茶をボルサリーノに、しぶい湯呑の緑茶をサカズキに、そしてシンプルな白いカップのコーヒーをおれに。どうやらわざわざサカズキとボルサリーノの給湯室の方にも行ってきたらしい。


「お待たせいたしました」

「いやァ、わざわざ悪いねェ〜。メアリも座ったらどうだい?」

「いえ、勤務中ですので」


 軽く頭を下げたメアリに全員からの視線が向かって、メアリは首を傾げた。「どうかいたしましたか?」。いつも通りの、仕事中のメアリ。サカズキがメアリからおれに視線を寄越した。おそらくお前が聞け、ということなのだろう。いや、別にいいんだけどね……。メアリは不思議そうな顔をしている。


「メアリ、王子様って何?」

「王位継承者ではないでしょうか」

「うん、いや、辞書的な意味を求めてるんじゃなくてね」

「女性の一般的な理想像、または素敵な方に用いられる名称のことですか?」

「うん……あの、だから、違ェから」


 メアリは何の話をしているかわからないとばかりに疑問符を浮かべていた。なに、もしかしてボルサリーノの作り話? そんなふうに思ってボルサリーノに目を向けたら、視界の端でメアリがああそういうことか、みたいな顔をした。どうやら思い当たることがあったらしい。ということは王子様と発言したことは事実のようだ。


「三大将の皆様が王子様みたいですね、という話ですね」


 メアリの言葉に確実に場の空気が固まった。……三大将の皆様? メアリ、今、そう言ったよね? ボルサリーノだけじゃなくて、サカズキと、おれも? ……自分で言うのもなんだが、おれは王子様ってキャラじゃないし、サカズキやボルサリーノなんてもっとおかしいだろ。どうしてそんな発想になったのか全然理解できない。できないけど……地味に嬉しいっていう、ね。メアリの口ぶりから察するにおれたちは“素敵な方”って褒められてるってことだ。
 そのとき、ぼーん、ぼーんと置き時計の音が鳴った。メアリは一番におれを見る。わかりやすいやつだ。「はいはい、休憩していいよ」と言えばメアリの顔がだらけきったものに変わる。きっと他の二人がいなけりゃまたソファに飛び込んでたんだろう。


「それで、この中で一番素敵なのは誰かって聞いたんだがねェ、メアリ、なんて言ったと思う?」

「ボ、ボルサリーノさん……その話はやめませんか」

「えェー? いいじゃない」


 二人だけで通じ合って楽しそうにしているのが気に食わなくて、メアリをじとーと見ると「いや、あの……」ともごもご。もしかして本当に素敵な人って基準で選んだのだろうか? ……気になる。サカズキも気になっているだろうにすこしもメアリのことを見なかった。サカズキの性格なら仕方ないのかもしれない。ボルサリーノが「言いなよォ、上司命令」と卑怯な言葉を付け足してくれたおかげでメアリは小さい声で何かを言った。聞こえないんだけど。露骨にそういう顔をすれば、メアリはやけくそって感じの顔で言った。


「センゴクさん! です!」



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