おれが助けを求めようか迷っていると、どうやらおれがドフラミンゴさんと仲良しというわけでもないことが周りにも伝わったらしい。目下一番の敵であったはずのよいよい兄さんがおれに背を向けて、まるで庇うような仕草を取ってくれている。あれ……もしかしてこの人……いい人……?
 って、そんなわけあるかい。今のは吊り橋効果に近い何かを感じる。もしくは共通の敵を見つけたときに共闘してる感じだ。落ち着け、よいよい兄さんがいい人なわけないだろ。しょっぴかれることを考えてか弱い美少女にしか見えないおれをさらって、挙げ句服の中に手を突っ込んでくるようなやつだぞ。一方助けに来てくれたんだかなんだかわからないドフラミンゴさんはと言えば、手を差し伸べた相手であるおれが助けを求めて来ないというのに、ニヤニヤと愉しそうに笑っている。こわ。なんだあいつ。海賊こわ。常人と感覚違いすぎません?


「何をしとるんじゃドフラミンゴ」


 どうすんだこれと思っていたら、なんと次にジンベエさんが現れた。怒涛の展開とか色んな人いきなり来すぎとかそんなことはどうでもいい!
 なんでか知らんが怒り心頭中っぽいジンベエさんにドフラミンゴさんはニヤニヤしたままだった。人が怒っているのが面白いという感性をお持ちなんだろう。ドフラミンゴさんってそういう顔してんもんなァ。


「“海侠”のジンベエじゃねェか。なんだなんだ、お前には関係ねェだ──ろ?」


 ろ? と語尾が上がってしまったのは、多分おれが横を走り抜けていったからだろう。それだけドフラミンゴさんにとっては予想外だったということだ。そのまま勢いよくジンベエさんに抱きつくと、ジンベエさんが一番驚いていた。すまん、マジですまん。でもな、ここはな? もうな? こうするしかなかったんだ!
 おれが誰かもわかっていないらしいジンベエさんは最早狼狽えていると言ってもいい。いきなり子どもが抱きついてきて、敵意を感じないだけにどうしていいかわからないんだろう。人間とは確執があるみたいなこと言ってたし余計にな。「なんじゃお前さん、どうした?」と軽くおろおろしている雰囲気のジンベエさんに「ううううジンベエさん……」とおれは呻くことしかできない。ジンベエさんはもっと驚いたようだった。


「メアリ!? なんでお前さんがここに!」

「休暇もらって遊びに来て遊園地で絶叫系乗り倒して連れさらわれました……」

「さらわれた!? お前さん大丈夫なのか、怪我はないか?」

「うがああああああ……ジンベエさんがフェアリーすぎてつらい好き……ううっ……!」


 あまりの優しさに本音をぶちまけてしまったがそんなことはもう構わん。つい何日か前まではルッチさんという強大な威圧感に襲われ、さっきまでは敵の中に一人という状況だったのだからジンベエさんの優しさが胸に染み渡るのはあたりまえのことだ……。顔を上げてみると「ふぇ、ふぇありー?」とジンベエさんが首を傾げていて抜群に可愛い。おれ氏ほっこり。さきほどまでの多大なるストレスから解放された。おれは今猛烈に癒されている。このストレス社会では一家に一人、ジンベエさんが必要な時代がすぐそこまで来ていると思う。
 だがジンベエさんにしがみついてる今、さっきよりもあちらこちらからの視線がすごい。ま、気にしないー。ドフラミンゴさんが一番気に食わないって雰囲気出してるし、あっちの海賊さんからもおれに対する疑いの目線がすごいけど、ジンベエさんいるから怖くねえしー。ジンベエさんはいい人だからこの中でトップオブ脆弱なおれを見捨てたりしないって信じてるから! 過信かなこれ!!
 誰かが何かを言う前に、誰かが走ってくる音がした。ジンベエさんが来たときに気付かなかったのはそれだけ余裕がなかったんだろう。ちらりと見てみれば、現れたのはクザンさんだった。真剣そうな表情だったのに、この光景に足を止め言葉を詰まらせた。なんて声かけていいかわかんないんだろう。なんかごめんな。「青キジ……!」とかなんとか言って緊迫した状況を打開するためにもおれはでかい声を出した。


「クザンさん!! ご迷惑おかけしております!!」

「……これ、どういう状況?」


 そうだよな、めっちゃカオスだよな。わかるわかる。首を傾げながら「とりあえずこっちおいで」とクザンさんに手招きされたのでマイフェアリーマイラバージンベエさんから名残惜しくも離れつつ、クザンさんの方に歩いていく。近付いていき頭をぽんぽんとされるとため息が漏れた。ジンベエさんがいても緊張は解けきってはいなかったようだ。もうね、クザンさんいれば超余裕だから。虎の威を借る狐だからおれ。クザンさんからいたっていつもの表情で「それで?」と状況の説明を促される。


「えーと、なんか私もよくわかんないんですが、あの人にさらわれて、あちらの方々がその応援に来て、ドフラミンゴさんが謎の乱入してきて、ジンベエさんが助けに来てくれた……感じですかね?」


 説明するのにあたり、行儀悪く順番に指をさす。そうでもしないとうまく説明ができないからだ。よいよい兄さんって言ったら通じはするけど確実に空気は固まる気がする。こんなおれの説明でもおおよその事情を理解したらしいクザンさんは、普段とはまるで違う雰囲気を放っていた。空気がすっと温度を下げる。クザンさんを中心に冷気が辺りに漂っているようだった。


「“不死鳥”マルコ──お前か、うちのメアリを襲いやがったのは」


 おわぁ……クザンさんマジで怒ってるじゃん……。ていうかさらったことに関して怒ってもらえねーかな。そっちじゃなくね? たしかにおれも貞操の危機は感じたけど、そもそも人を誘拐しちゃいけないよって話じゃん? おれ何か間違ってる? 間違ってないよね? あ、襲ったって全部含めてのことか。でもそういうふうに聞こえちゃうよね、今のは。
 よいよい兄さんはため息をつきながら、じろりとクザンさんを見た。まるで自分は少しだって悪いことをしていないとでも言いたげな顔だった。おい、お前それはおかしいだろ。さらっただろ! このカオスな状況作り出したのはお前のせいなんだからな!? そんなおれの内心など誰にも伝わることはなく、双方睨み合ったまま冷静に言葉が交わされた。


「語弊のある言い方はやめろよい。せめて誘拐って言ってほしいもんだ」

「はは、語弊? こいつの服の中に手ェ突っ込んだんだろ? それは襲ったって言うんじゃあねェのか?」


 クザンさんの発言で、周りがかなりざわついた。よいよい兄さんを見る目が半端じゃない。仲間であるはずの和装のお兄さんも何か言いたげな視線を向けているほどだ。まあおれ、見た目か弱い美少女だしなァ。よいよい兄さんは、心底不服であるという表情を作って怒鳴り散らした。


「武装解除させようと思っただけだ! そんな目で見んじゃねェよい!」

「……武装解除じゃと? この子が武装してるようには見えんが」


 口を挟んだのは意外にもジンベエさんだった。静観しているように見えたのに、ジンベエさんがよいよい兄さんを見る目はじっとりとした疑いの目だった。完全に性犯罪者に対する例の軽蔑しきった目である。よいよい兄さんが犯罪者扱いされてる……あ、いや、違うわ。もともと犯罪者だったわ。でも性犯罪は謂れのない罪なんだよなァ。
 服をくいくいと引っぱれば、クザンさんはまるで痴漢にあった女の子でも見るような痛ましい表情をしていた。いやまあ端から見たらそんな感じだけどさ、中身がおっさんだから別になんてことはないよね。


「メアリ、」

「私、服の中に物を入れてるんです」

「……えっ」

「なので武装しているように見えたんでしょう。おっしゃっていることは事実だと思います。それに関しては冤罪です」


 驚いたのはクザンさんだけでなく、お兄さん方やジンベエさんもだった。意外だと思ったのはドフラミンゴさんもだったようだが、「へえ」と嫌な感じに笑っていただけだ。よいよい兄さんも驚いている。庇ってくれるとは思わなかったのだろう。相手がおれをさらったとはいえ、嘘はいかんしな。
 服の中には爺様から貰ったお守りと先日ボルサリーノさんに貰ったものを仕込んでいる。そのため疑いの眼差しで見ていたよいよい兄さんにはそれらが武器に見えたということなのだろう。なのでしゃーない。さらったのは有罪だけどな!


「……何持ってんの?」

「お守りと先日ボルサリーノさんからいただいたプレゼントを持ってますよ」

「え、本当に何入れてんの?」

「縄です」


 どや顔をしたらクザンさん以外の空気が「???」になった。クザンさんはおれの性癖を知っているため用途がおおよそ理解できたからか遠い目をしているが他の人は何言ってんだこいつという目である。あらやだ照れちゃう。


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