いやわかる。わかるんだよ、いきなり男の急所を蹴られたとなれば沽券に係わるというかなんというかだよね? 海賊だってんなら尚更だよね? まあだからって悪いのはあっちなんだけどな! おれに非があるとしたらほいほいついて行ったことかなって思うけどそれでも全面的にあのおっさんが悪いから。おっさんって言ってもおれの精神年齢よりは年下だろうけど。
 思いっきり走れば追いつかれることはなさそうだが、うーん、能力者だったらヤバいよなァ……。おれは室内戦っていうか、室内に限定してる能力だし、戦いには特に向いてないけど逃げるのには向いてる……かもしれない。ぶっちゃけ壁通過してるときに壊されたらどうなるんだろうとか考えてちょっと怖いなって思ったりはしてるけど、どっちにしても一般人相手にしか通用しなさそうである。


「マジやっべーな、どうすっか」


 捕まったらこれ犯されるどころか殺されんじゃねーのか。血の気が引いて行くがだからといってどうにもならない。とりあえず人のいる方に向かうべきか。さすがに一般人まみれの中で殺そうとはしないだろう。……いやでも海賊だからなァ、巻き込む可能性があるし人様に迷惑はかけらんねーな。そんなことより、クザンさんに連絡取らないとまずい。走りながら電話なんかしたことねえけどやってみるか。
 後ろになんとなく気配を感じながらも子電伝虫を取り出して、クザンさんに連絡する。何コールもしないうちにクザンさんは電話に出てくれた。ありがとう!


「あっクザンさんですか?」

『そうだよ。なに、合流できた?』

「いえそれが騙されて海賊に連れてかれまして!」

『……今どういう状況?』


 怒るわけでもどうしてそうなったと聞いてくるわけでもなく、今の状況を把握しようとしているクザンさんマジ有能。聞きたいことは多分他にも色々あるだろうにね。おれはざっくりと今の状況を説明した。
 捕まって二三質問されたあと服の中に手を突っ込まれて急所蹴り上げて逃げ出してきたこと。簡単に言うと今迷子で追跡されているであろうこと。あらやだ恥ずかしい、子どもでもあるまいに。あ、見た目子どもだったわ。


「それでお手数だと思うんですが、よろしければどこに逃げればいいか指示くださればと思いまして!」

『わかった、とりあえず逃げ続けて。こっちからも向かうよ、どこらへん?』

「ご迷惑かけちゃってほんとすみません! えーと……」


 ここは木に番号が書いてあるから簡単に場所を教えることができるのだが、あいにくそれらしい木は周りに見つからない。舌打ちをしそうになるが舌打ちをしたいのはクザンさんの方だろう。


「すみません、番号が見つからないんですけど、なんか大きい船が……くじら……?」


 なんだろうかあれ、可愛いな。なんて思っていたら『くじら?』という声が聞こえた。張り詰めたままの声はなんだか嫌な感じを思わせる。クザンさんは何か悩んでいるようだったが『メアリ、そこから離れろ。できるだけ人の多い方へ』と言った。具体的とは言い難いがそれに従うべく、くじらの船の方に走っていた足を人の気配がする方へと向けようとして、


「わかりまし、っ!?」


 返事をし終わる前に子電伝虫を落とした。後ろから来た何かを避けようとしたがゆえのことだ。子電伝虫からクザンさんの声が聞こえていたが、男は器用なことに子電伝虫の部品だけを蹴り壊した。この日のために買った子電伝虫は恐怖からか完全に固まってしまっていた。ごめん、すぐに助けに行ってやるのは厳しいからそこで大人しくしてな……動くと危ねえぞ。


「え、お兄さん足燃えてますよ……?」


 男の足からは青白い炎が立ち上っている。いつの間に燃えたんだこの人は。いままで通った道のどこに燃える要素があったんだ? 首を傾げながら「綺麗ですけど消したほうがいいんじゃ……」と勧めてみる。男が目を細めたかと思うと、炎はスッと消えた。えっ。


「もしかして悪魔の実?」

「……ようやくわかったみてェだな」

「炎を自在に操るってことは……メラメラの実とか?」


 ずるッ、とひとりでに転けて見せる男は随分とノリがいい。もしかするとこの人芸人さんなんじゃ……いやないな。芸人はあんな鋭い蹴りで電伝虫の金具ぶっ壊したりしない。とりあえずあの反応から酸素たっぷり青い炎はメラメラの実ではないようだ。見事なこけっぷりを披露してくれたということは、あれかな? もしかすると有名な能力って感じなのかな?


「ん、んー……待ってください、当てます! 当てますから……火、炎、…………マ、マッチ?」


 我ながら酷い発想である。マッチ売りの少女以外に思い付かなかったんだわ……。他にももっとあるだろうに、ガスバーナーとかアルコールランプとか……いやこれどっちも理科の実験道具だな。小学生とか中学生で使ったやつな、懐かしい。なんだろう、幻獣種ってのもあるらしいからサラマンダーとか? あとは某手塚大先生の火の鳥とか? いやでも鳥っぽさもトカゲっぽさも特には見当たらない。
 男はなんとも言い難そうな目をしていた。もはや感じられるのは悲哀である。マッチはないよな、マッチは。おれもそう思うよ、と内心で謝っていたら、すこし離れたところから歩くような足音とカチャンという金属音が聞こえてきた。その音は後方、今おれが背を向けているのはくじらの船なーのーでー。


「マルコ、大丈夫か」

「イゾウ!?」


 あーこれはあれですねーこのお人の船だったみたいですねー。後ろからも前からもーこれはー絶体絶命のピンチってやつじゃないんですかねー困っちったねー。おれの顔、もう青いんじゃないかな。両手とか挙げたほうがいいのかな、って思っていたら案の定「撃たれたくなかったら手ェ上げな」と言われてしまいました。攻撃する意思があると思われてはいけないのでゆっくり両手を上にあげると、更に複数人が向かってくるような音が聞こえてきて「イゾウ隊長どうしたんですか!?」だの「マルコ隊長!?」だのという声まで聞こえてきた。
 うん、その、あの……これってさ、あれだよな、ものすごく大きい海賊さんとこの隊長格二人がいて、尚且つその隊員さんたちに囲まれてるって図かな……。あれこれ本当にヤバくね? クザンさん来てくれなかったらマジで死んじゃうんじゃね?


「で、マルコ、こいつはなんだ?」

「……青キジと一緒にいたガキだよい、何も知らなかったみてェだがな」


 いやだから本当に何にもねえんだってば。信じらんねェのもわかるけど疑うのやめない? そうしたら皆幸せになれるよ……主におれとかおれとかおれとか。
 「そうか、じゃあ帰してやんのか?」と後ろのお兄さんは聞いてくる。おう! そうしてそうして! と考えていたら左側からすんごい勢いで突っ込んできた人影がひとつ。うわ次はなんだよこえーなもうおうち帰りたい、と思っていたら超絶予想外の人が立っていた。


「フッフッフ! よう、楽しそうなことしてるじゃねェか。おれも混ぜてくれよ!」

 ──!!!!????


 声にならないとはまさにこのことである。なんでドフラミンゴさんここにいんの!? えっ!? 遊園地で遊んでんの!? いい歳こいて!? あ、いやおれもそうか……思いっきりブーメランである。無駄に心が痛めつけられた。
 驚いているのはおれだけではなかったようで「天夜叉……!?」と辺りはざわついている。そらそうだよな、七武海は有名人だろうし。よいよい兄さんと後ろのお兄さんたちはおれよりもドフラミンゴさんの方に意識が行ったようで向こうを警戒してくれているようだった。


「なんでテメェが? おれたちと喧嘩しようってのかい」

「いや、用あるのはそっちの嬢ちゃんだ。うちのファミリーの嫁になるってんでなァ、手ェ出されると困っちまうわけだ!」

「……はい!? え!? なんで!?」


 辺りを見渡してみてそれらしき人物を探したが、おれ以外に該当する人間はいなさそうだし、あっちこっちから視線をもらってしまって思わず声に出して驚いてしまった。するとドフラミンゴさんも少しだけ驚いたような素振りを見せて、指をくいっと持ち上げた。途端、おれの帽子が飛んでいく。ああ! 今日買ったばっかなのに!
 帽子に気を取られながらも顔をドフラミンゴさんに向ければ、ばっちりと目があった。ドフラミンゴさんの唇がおそろしくつり上がったのが見えて、おれは「はは、ははは……」と変な笑い声を出しながら引きつった笑いを浮かべてしまった。


「フッフッフ!! メアリじゃねェか!」

「あはは……どうもこんにちは、ドフラミンゴさん……」

「まさかお前だったとはなァ、世間は狭ェもんだ」

「いやちょっと待ってください。嫁ってなんですか? なんの話? こちとら嫁に行く予定は皆無なんですが……」

「フフ、その話はあとにしようじゃねェか」


 そこでようやく周りのおれを見る目が疑いの眼差しに変わっていることに気が付いた。ドフラミンゴさんが助けてやるぜこっち来いよとばかりに手を差し出して来てるから余計にだろう。こいつ青キジだけじゃねーのか、ドフラミンゴとも親交あるのか、なにもんだ、という目線がすごい。
 正直に言っていい? この状況だって言うのに助け求めるべきか、すげー迷ってる。本当にドフラミンゴさんに助け求めていいのか? 貸し借り作るのヤバいんじゃねえ? どうする!? どうするおれ!! 逃げたい!! 逃げられないけど逃げたい!!


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