サカズキがマリンフォードの街中を歩いていたのはなんて言うことのない理由だ。メアリが休日でいないためにサボったクザンをすこしばかり探すためであった。メアリは休みになる前に自分の休みのうちにクザンが提出する必要のある書類を全て終わらせておいたのだが、たまに急にやらねばいけない仕事というものは湧いてくる。しかし肝心のクザンはメアリが本当に必要なことだけ終わらせていたため、サボって当然とばかりに本部にさえ顔を出さなかった。
 何を考えているんだと辺りを捜索していたサカズキが見つけたのは、その肝心のクザンではなく、休み中のメアリの姿だった。栗色と飴色の間のような色の髪を緩く結び、ふわふわとした服を着たメアリは、メイドとして働いているときよりも少女らしく、そして華があった。


「す、好きです!」


 サカズキは特に気がついてはいなかったが、メアリの目の前にいたらしい見知らぬ男がメアリに告白した。こんな街中で何を考えているのだか、と思ったが、メアリは本部では器量よしとして有名なメイドである。その姿に憧れや好意を寄せるものも多いという話はサカズキの耳にも入ってきていた。しかし三大将付きのメイドとなればいつ出会えるかもわからない。今ここで告白せねばと男を駆り立てたのだろう。
 いいとこのお嬢様にしか見ないメアリは、本当に普通の育ちではない。そのせいか、軽く会釈をして笑みを作った。まるで色好い返事でもするかのように。……が、しかし。


「そうですか、ありがとうございます。それでは」


 それだけだ。何も起きていないのと変わらないように歩き出してしまう。好き、という言葉のあとにつながるのは、おそらく付き合う付き合わないという話があるのが定番だ。そんなことはサカズキにでもわかる。だというのにメアリにはそういう知識がないのか、まったくもって男を意に介さない。そんな対応をされた男をサカズキが哀れに思ったのは一瞬のことだった。
 メアリの華奢な腕にその男の手が絡みつく。メアリは不思議そうに振り返って男のことを見つめた。……男心を煽るような隙だらけの顔で。そんな顔をしていたら路地裏に連れ込まれて何をされるかわかったものではないというものだ。サカズキは一つため息をついてから歩き出す。メアリはサカズキに気が付いたようで、目線をあげてはにかんだ。男が調子に乗った気がしてサカズキの癪に触った。


「何しとるんじゃメアリ」

「サカズキさん、こんにちは」


 男の後ろから現れ、サカズキがじろりと男に視線を向けて威圧するよりも早く、男はメアリから手を離していた。おそらくメアリがサカズキの名前を呼んだ時点で驚いて離したのだろう。──そんな男にメアリはやれん。どこか父親のような考えを持ったサカズキだったが、実際、メアリとは父と娘ほどかそれ以上の年齢差があった。男は完全に萎縮しきっていて、今にもこの場を離れたそうにしている。メアリはそんな男に向かって、にこりとどこか少女らしくない美しい笑みを浮かべ、スカートの裾をすこし持ち上げて頭を垂れた。


「それでは、何かありましたらまたお声かけください」


 メイドのときのようなメアリのその姿に男は顔を赤くさせてこくこくと頷いた。……馬鹿なことをしおって。サカズキは眉間に皺を寄せながらメアリのところまで行って、この場から離れるためメアリの背中を押した。特に何も考えていないような顔をして歩き出したメアリを見て、サカズキはため息の一つでもつきたくなる。意味があるかはわからなかったが、それでも注意だけはしておくことにした。


「メアリ、隙を見せたらいかんぞ」

「え、隙あります? ありまくりですか?」

「隙しかのうなっとるわ」


 仕事中のような凛として、しっかりとした印象は今のメアリにはまるでない。本当に別人のように気が抜けていて、隙の塊とでも言いたくなるようだった。しかしどうやらメアリは隙だらけという自覚がないらしい。まったく困ったものだ。あれだけ仕事ができるくせに、どうしてこうも普段は気が抜けているのだろうか。もしかすると反動か、あるいは注意力が服に依存するのだろうか? ふわふわと揺れるワンピースを見てサカズキは一瞬本気でそう思ってしまった。


「サカズキさん、ありがとうございました」


 助けてくれたんですよね、とでも言いたげなメアリの笑みは、ずいぶん年が離れていると言うのに心臓に悪かった。造形の整っている顔というものがこれほどの力を持つと知ったのは、メアリという少女に出会ってからだ。それもこれも海軍大将という大仰な職についていて、尚且つ“赤犬”という悪名を持つ自分に懐いてくれる少女を、嫌いになれるわけもなかったからこそ、整っていることの意味を感じるのだが。
 ともあれ、顔の造作がなんであれ、サカズキは懐いてくる無害なメアリのことをつい可愛がってしまう。これは娘や孫という親類関係というよりも、いっそのことペットを可愛がることに近いかもしれない。


「……構わん。それで、どこに行くんじゃお前は」

「お菓子を買いに商店街へ! サカズキさんはどちらに?」

「本部に帰る途中やったが商店街へ変更じゃ」


 さきほど絡まれたばかりであるメアリを一人で商店街に行かせることはできない。そんな考えから言葉を告げればメアリは不思議そうな顔で、サカズキを見上げ首を傾げた。その顔の愛らしさと言えば、まるで愛されるために生まれてきたのではないかサカズキが柄にもなく思ってしまうほどだ。
 サカズキはそんなメアリの頭を軽く叩いて商店街へ向かうように言った。メアリはとびきり愛らしい笑みを顔に浮かべて、実に楽しそうにサカズキさんの手を取って歩き出す。さすがにこうなることは予測しておらず、サカズキは微かに困惑した。年頃の娘が、こんなにも無防備でいいのだろうか? メアリの将来が心配になる。
 メアリはサカズキがそんなふうに困惑していることなど気が付きもしないのか、ずんずんと足を進めていき、商店街に入って行った。メアリはサカズキと手を繋いだまま、あれやこれやと商店街を回っていく。商店街の人間はサカズキの姿を認めるとほんの一瞬だけ動きを堅くするものの、商売人である彼らは大将であるサカズキを前にしても臆することはなく商売を行っていた。


「メアリちゃん、いらっしゃい!」

「こんにちは、いつものくださいな」

「はいよー!」


 大体どこの店に行ってもそんなふうに言葉をかけては大量の菓子を買って行くメアリに、サカズキは嫌な予感を覚えた。最早仕入れると言っても過言ではない量になった袋を持ってやりながら、サカズキは楽しそうなメアリをじとりと見た。


「メアリ」

「はい、なんですかサカズキさん」

「まさか休みに菓子しか食うとらんのか」

「そうですね!」


 そうですね、じゃあ、ない。どう考えても身体に悪い食生活を送っているというのに、すこしも悪びれないメアリの将来が不安になると同時に、しかし、サカズキは納得してしまった。メアリという存在はどこか現実的ではなく、本の中のような存在で、妙にあまったるい。だからメアリが菓子で出来ていたとしても、不思議ではないような気がしてしまったのだ。
 だがそういった思考が許されるのはあくまでも本の中の話だ。菓子だけで人間は生きていけないことはないだろうが、おそらく病気にかかってすぐに死ぬことだろう。サカズキはせめて今日の食事だけでも、と思って晩御飯を一緒に食べるようにと確約させた。メアリはすこしだけ驚いたような顔のあと、満面の笑みで頷く。その笑みが砂糖のようにあまったるくて、サカズキはむせ返りそうだった。


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