「一週間、よろしく頼むぜェ?」


 そう、いやらしく──と言っても性的な意味ではなく、性根が腐ってる的な意味で──笑った鉄くずを顔に付けてる男……スパンダム長官というやつを見て、サカズキさんはめられたんだろうな、と思った。ついでにはめられたってえろいなって思った。多分、おれの脳みそは中学生男子レベルの残念さだ。実際に身体年齢はそんなもんだろうから、あながち間違ってもいないのだけれど。


「こちらこそどうぞ、御指導御鞭撻の程、よろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げてから、綺麗に見えるように笑顔を作る。スパンダム長官はそれだけでご満悦気味だ。安い。ものすごく安い。
 振り返って海軍のみんなに軽く頭を下げる。「それでは行ってまいります」。ちゃんとクザンさん、仕事するかな。心配だ。サカズキさん、気に病んでないといいけど。大したことじゃないし。ボルサリーノさんは帰ってきたら好きなものを用意してくれると言っていた。休みももらえるらしいし、一週間後、甘えさせてもらおう。センゴクさんも、おつるさんも心配そうだ。
 ……なんかこれ、別れのシーンみたいだな。そう思いながら船に乗り込んだ。

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 あのあとサカズキさんが原因である理由を聞いたが、スパンダム長官がうちのメイドの方がすごいみたいなことを言って、その挑発とも言える言葉にサカズキさんが乗ってしまったらしい。……しょーもな、と思わなかったわけではないが、サカズキさん、おれのことになると親馬鹿みたいになっちゃうからな……。仕方ないのである。
 そんなことを船に揺られながら考えた。とりあえず船の中では自由にしていていいらしい。することなんかないけどな……。仕方がないので、キッチンにお邪魔して皿洗いをさせてもらっている。ぼうっとしててもいいんだが、ぼうっとしてて減点でもされようものならサカズキさんに合わせる顔もない。


「メアリちゃん、これもお願いしていいか?」

「はい、大丈夫です!」


 単純な作業だからか、思考ばかりが暇になる。洗い物のときに考え事してると危ないんだけどね〜。うっかり割ったりするし、ちゃんと集中すべきだとはわかっていても、皿洗いに集中ってのもね……。
 結局、ちゃかちゃかと皿洗いをしていたら、割とすぐに終わった。やることもないのでそのまま調理場の掃除もさせてもらって、なんだか船に乗っていた使用人の人たちとは仲良くなれた気がする。おれが一週間世話を預かることになるであろうスパンダム長官や、CP9とかいう人たちについても教えてもらえたのがかなり良かった気がする。まさか長官さんが熱いコーヒーがダメとか思わんしな……。

 そうして世間話をしている間に、いつの間にか上陸準備に入っていたらしい。おれもさせてもらえることがあるのなら、と志願したら、なんとまあ、下船するときに長官さんにお知らせする係りに任命されました。そしてそのまま一緒に荷物を持っておりなさいと。……まあ、客と言えば客なわけだし、当然なのだろうか。
 そろそろ下船するからと言われて、おれは荷物を持ち、長官さんの部屋へと向かう。こんな役目を受けていいのかな、おれが実は使い捨ての暗殺者とかだったらどうするんだろう……とそんなことを考えてみたが、おれにそんな能力がないことは誰がどう見ても明らかなので、警戒するわけもなかった。
 教えてもらった長官さんの部屋のドアの前で、荷物を置いてからノックをする。「あん? 入れ!」と声をいただいたので、「失礼します」と声をかけてから扉を開かせてもらう。まさかおれが来るとは思っていなかったのか、扉の向こうで驚いた顔の長官さんを見ることができた。一度頭を下げて、それからにっこりと笑って言付けを伝える。


「そろそろエニエス・ロビーに到着するとのことでご報告に参りました」

「おお、そうかそうか! ご苦労!」


 上機嫌に頷いた長官さんは、おれも一緒に降りるようにと促してくる。もとよりそのつもりでした、とはさすがに言えないので、かしこまりましたと頭を下げる。長官さんは仕事をしていたようでその道具を片付けている。船での移動中に仕事だなんて、クザンさんだったら絶対にしてない。だからこそだろうか、口からぽろっと言葉が溢れた。


「僭越ながら機密に関わらぬことで、何か私にお手伝いできることはございますでしょうか?」


 おれが差し出がましいことを言えば、長官さんは少しばかりきょとんとした。人を使うことは慣れているはずなのに、どうしてそんな顔をしているんだろうか。お叱りが来るか、あるいは普通にやらせようとすると思っていたんだけど。
 ほんの数秒ではあったけれど、確実に間が空いてから長官さんはハッとして筆などを片付けるようにと指示をしてきた。その指示に従って、道具を片付け、長官さんにお渡しする。しかしながら長官さんは差し出した道具を受け取らず、感極まったような顔で笑った。


「そう、これだよなァ、これ!」

「……ええと、なんのことでしょうか?」


 予想外の反応にメアリさん困惑中! しかもおれが聞いてもにやっと笑ってそれで終了。変な反応を取ったことについては何も教えてくれず、おれの手から片付けた道具を受け取ってカバンにしまっていた。……やべえ、この人もしかして電波さん? いや、でも、お偉いさんなら電波ってことはさすがにない……と思いたい。変態相手ならまだしも電波さん相手は正直言って自信がない。
 長官さんが上機嫌になったところで船が泊まった。「荷物をお持ちしますか?」と聞けば、また少しばかり変な間があったが、さらに上機嫌になっておれに荷物を押し付けてきた。おれはその荷物と自分の荷物を持って、部屋を先に出た長官さんのあとを追いかけた。

 ──船を降りた先は、圧巻だった。爛々と光輝く太陽の下、浮かぶように存在する島。異様、というわけではない。むしろいいと思う。思うのだけれど、……なんだかあたたかな太陽、というよりは、灼熱の太陽、とでも言えばいいのだろうか? 妙に攻撃的な気がした。……これもしかして、虫の知らせ的な、嫌な予感的なあれじゃないよね? 違うよね?
 微妙に不安になりながらも長官さんのあとをついていけば、大きな建物の中に入っていった。でかい。広い。高い。メイドとしては三重苦だ。主に掃除的な意味で。こんなでかい建物作ってんじゃねーよ。
 脳内で悪態をつきながら登り、長官さんの部屋の前につく。その部屋に入るのだとわかったので、おれは失礼して長官さんを追い抜き、扉を開いて中へと促した。長官さんは驚きながらも満足そうに笑んで室内へと足を踏み出して、大きな声を出した。


「今帰ったぞ! おいメアリ、お前もこっちに来い!」


 促されるままに室内に入らせてもらうと、中には美人が一人とあと変わった人がなんだかいっぱい……いらっしゃるような……?
 え、あの人口にチャックついてるっていうか身体丸いよね、え、バランス悪くね? その隣の人は、あの化粧あれだよね、歌舞伎の……隈取りだっけ? んで、その隣の人はチャイナって感じなだけでまあ普通なのかな……って隣の人鼻長え! その隣の人は肩にハト乗せてるし……チャイナの人と美人のお姉さん以外はまともじゃなさそうな集団だ。そんなのただの偏見だし、偏見なんてよくないってわかってるけど、同時にすごくおれの勘が正しい気もする。できれば一週間かかわり合いになりたくないなー、あの美人さん以外。
 おれがドン引きしていることなど気が付きもしない長官さんは、彼らの方からおれへと視線を向け、にやっと笑った。


「紹介するぜ! こいつらがCP9、おれの部下だ!」


 あ、ヤバい、前途多難。


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