クロコダイルさんによってたってはいけない何かがたちかけたが、どうにか落ち着く時間をいただけたおかげで平常モードに切り替わった。よかった。こんなところでおっ勃ててたらマジでただの変態だ。見せつける趣味もないし、本当によかった。
 そんな余計なことをしてくれやがったクロコダイルさんを見送って、さあ次はドフラミンゴさんを議場に送っていこう、というときになって、なんだかぽつんとしているクザンさんが目についた。
 うーん、来てもらっておいてなんだけど、クザンさんには仕事に戻ってもらうべきだと思ってそう提案すれば、過保護なクザンさんにしては意外なことに容易く頷いてくれた。……もしかしておれがキスされたことがよっぽどショックで落ち込んでるのか? ……ま、保護者みたいなもんだしな……。
 クザンさんと別れて、ドフラミンゴさんを議場までお送りしていると、ドフラミンゴさんから声をかけられた。うん。まあ、そうだろうなって感じ。絡んでこなかった最初がおかしかったのだろう。


「メアリちゃん、青キジとどんな関係なんだ?」

「上司と部下ですね」

「いやいや、そういうんじゃねェよ、プライベートのことだ」

「プライベートですか? ……保護者代わりというか、近所のお兄さんというか、そんな感じでしょうか」


 そう言われてみればプライベートでの定義はなかなかに難しい。仕事を一緒にこなしている以上、それが一番に前に出てくるし、そうでなくともクザンさんは友人ではないし、勿論明確な保護者でもなければ言うほど恩人というわけではない。むしろ仕事というものを抜きにしたら、爺様の部下、というのが一番正しい関係性だろう。なんだかそれって凄まじく他人じゃね? うわー、すげェ親しくもらってるけど、改めて口にすると完全に他人だわ。
 おれがそんなことを考えている間、ドフラミンゴさんは「ふゥん」とだけしか言わなかった。ドフラミンゴさんにとってはそんなに面白みのある回答ではなかったのだろう。おれもそう思う。ていうか脳内で考えてみたら、実際ほぼ他人だったわけだし。


「ん? 保護者代わり、ってことは、もしかすると親無しか?」

「はい、いわゆる天涯孤独というやつですね」


 なかなかに無遠慮で失礼な質問だったが、気にするような性格でもないので普通に答える。おれと血がつながった人間は、この世界に誰一人いないのだ。……ま、どこにいてもその事実は変わらないけど。おれだって大人だ、そこらへんはとっくに割り切っているし、そうでなくとももし血の繋がりが欲しいのなら好きな女と結婚して子供を孕ませればいいだけの話である。家族ってね、作れるんやで。
 だから別段悲しいことでもない。そんな態度が意外だったのか、あるいはそうであって当然と思っていたのか、ドフラミンゴさんが「フッ」と軽く笑った。……この人は本当によく笑う人だな。人生が楽しいのか、それとも笑う術以外を持たないのか、そこまで知らないけど、ずっと怒ってるよりはいいと思う。


「いい就職先が見つかってよかったなァ、メアリちゃん」

「そうですね」

「メアリちゃんほどの顔してりゃあ、どこに売られてもおかしくないからなァ」

「かもしれませんね。いい方に拾っていただけた、本当にそう思います」


 実際に体感したわけではないが、この世界の治安はひどく悪い。奴隷として人間や魚人を飼っているクズみたいな金持ち連中がいることも知っている。腐ってるなァと思うが、それはどこにいてもきっと変わらないのだろう。おれが知らなかっただけで、きっと前の世界でも大して変わらないことが行われていたと思うし。
 あまりにあっさりとおれが答えたためか、ドフラミンゴさんは話をぷつりとやめてしまった。面白い反応を返さないおれは、つまらないと判断されたのか? もしそうならこれからもそっけない態度で行こうと思う。ドフラミンゴさんに絡まれるのは厄介事につながる予感がものすごいから。
 議場について中にご案内して、約五分。とてつもなく早くドフラミンゴさんは話を終えた。それをドアの向こう側で聞いていたおれは、こちらに向かってきたことを確認して、ドアを開いた。いいタイミングで扉が開いたせいか、少しばかり驚いたような気配を感じた。


「お疲れ様でした。港までご案内させていただきます」


 残る用事などありはしないはずなので、さっさと帰ってもらおう。実はクロコダイルさんの船を用意してもらうときに、ドフラミンゴさんの船も用意してもらうように言付けてある。「ああ。案内頼むぜ」。口角を上げてそう言ったドフラミンゴさんを波止場まで連れていく。これが終われば、ミホークさんをお連れして、ひとまずのところは終わりだ。さすがにしばらくは怒涛にも感じたこの二日のような日々は訪れないだろう。


「そういえばメアリちゃん、初めてじゃねェっつってたな」

「キスの話ですか?」


 もはやその話題はすっかり忘れ去られたものだと思っていたが、そうではなかったらしい。ドフラミンゴさんは「そうそう」と言っている。おそらくおれの後ろでにんまりとおとぎ話に出てくる猫のように笑っているのだろう。


「んで? ファーストキスの相手は? いつなんだ?」


 恋バナが好きとか女子かよ! とツッコミの一つや二つ入れたいところだったが、おそらくこの人が聞きたいのは恋バナだなんていう甘ったるい話題ではなく、もっと生々しく下世話な体験談だろう。お生憎様なことに、おれのファーストキスの話なんてものはどちらにも該当しないのだが。
 こういった身の上話をお客人に聞かせるのはいいことなのかわからないが、波止場までの道が暇なのだろう。つまらぬ話ではあるが聞かせるのも俺の仕事に違いない。


「五才のとき、近所に住む、いわゆるガキ大将と言われるような男の子が相手でしたね」

「……なんだ、でかくなってからの話じゃねェのか」

「ファーストですからね、そんなものです」


 つまらない、という雰囲気を醸し出しながらも、詳細を聞いて時間を潰そうとでも思っているのか「それで?」と続きを促してきた。何が聞きたいのかいまいちわからないが、シチュエーションだのなんだの、ということかな、と勝手に決めてそのときのことを話すことにした。


「その子は私にキスをさせろと迫ってきたので、嫌だと断りました」

「へえ、そりゃあまたなんで」

「詳しくは覚えていませんが、泥やらで汚かったからですかね。あと女の子じゃなかったので」

「へえ……は?」


 は? というのはおそらくおれを女だと思っているからだ。そんなことはわかりきっていたけれど、おれはあえてその疑問を全く無視して話を続けることにした。気になりゃもう一回聞いてくることだろうし、自分から男だとバラす気は毛頭ないのだ。


「それでもどうしてもというので、だったら対価に一年分のお菓子を用意しろと要求しました。我ながら嫌な子供だと思います」

「ちょっと待て、ストップだ」


 話なのか、はたまた歩みなのかわからなくて、そのどちらもをやめて振り返る。すこし困惑したような顔のドフラミンゴさんがおれを見ていた。
 ……! その顔! すごい! 好きかも!
 おれの中でドフラミンゴさんの扱いがほぼ決定した瞬間だった。嫌がる顔じゃないんだ。ドフラミンゴさんは困った顔が素敵なんだ。ヤバい。ちょっとムラムラすっぞ! そういえばさっきから電源オンになりっぱなしなんだよおれ! やべェ!


「お前、女が好きなのか?」

「男も好きですよ?」


 困った顔についにっこり笑ったら、ドフラミンゴさんはぽかんとした顔のあと、我慢ならないとばかりに大きな声で笑った。あっ……笑顔もいいんだけどね? でもね? 困った顔してほしいなァ、みたいな?
 脳内でそんなことを思ってみたけれど、ドフラミンゴさんは笑うばかりで困った顔をしてくれるわけもなかった。


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