クロコダイルさんとのチェスを終えたのは、夜中の三時ごろだった。容赦なし待ったなしの白熱した戦いだった。結果勝利数と敗北数が同じだったため、引き分けという感じになった。メイドだけど客人に気を使って勝ちを譲るだなんてことは致しません、それがおれだ!
 さすがに時間も時間だったのでそろそろ終わりにするかとお開きになった。一応ドフラミンゴさんが寝ていることを確認してから部屋に戻る。途中で呼び出されたらたまったものではない。しっかり眠っているようなのでさっさとおれも部屋に戻ろう。風呂入らないと……仮眠取るのはそのあとだ。
 自分の部屋にノックをすることもドアをあけるようなこともしないので、壁を通過して部屋に入り、それから我が目を疑って一度部屋を出て、今度はドアを開けた。あ、やっぱりいる。そしてここはおれの部屋だ、間違いない。一人のときやクザンさんと入った時にはさして思わなかったが、こうも人がいると部屋が狭いと感じてしまう。


「ええと……皆様方おそろいで……?」


 部屋の中には三大将。なんでや! と叫ばなかったおれの自制心をほめてほしい。まずなんでおれの部屋にいるの。次になんでこの時間にいるの。最後になんで全員立ってんの。意味がわからなすぎて脳みそ爆発しそうなんだが? ええ? どういうこっちゃ。


「あー……いや、ほら、ね?」


 ね? って言われても全然わかりませんよクザンさん。わかるだろって態度は困ります。仕事ならまだしもプライベート的な意味で、以心伝心ってほど付き合いも長いわけじゃないし……わかんねェよ? 死んだ爺様の考えてることなら大半わかったけど、爺様とは十年近い付き合いがあったからだし……。全然わかりませんけど、ってな空気を出していても、クザンさんは言葉を濁し、サカズキさんは黙り込んだままだ。奥にいたボルサリーノさんが前に出てきて、にっこりと笑う。


「ほら、今までの連中とはちょっと毛色が違うだろォ〜? 心配になってねェ、でもメアリがいなかったから待たせてもらってたんだよォ〜」

「ああ、そうだったんですか。大丈夫ですよ、五体満足です」


 ぴらぴらと腕を振って見せる。どこにも怪我はないし、ムラムラした感情だってもうすでに落ち着いている。被害はないと言ってもいいだろう。けれど三人の目はなんというか、探りを入れてくるような、そんな目だ。悪い意味ではなく、多分心配してのことだと思う。なんか隠してないか? 本当に大丈夫か? っていう目だ。そんなに危ない人だと思われてるってことだよね……あの二人。片やゴッドファーザー的な強面、片やチンピラ風の兄ちゃん。まあ、気持ちはわからんでもない。


「本当になんにもされなかったかい?」

「ええ……? ちょっかいくらいは出されましたけど、大したことでもないですよ」


 最中を見せられたくらい、実害がなかったようなもんだ。けれどおれの言葉で火がついてしまった人たちがおれの目の前にいる。ちょっとマグマグしそうな人と、ちょっとヒエヒエしてる人と、今にもピカピカしそうな人の三人──すなわち全員だ。ガッと右肩をつかんだのはサカズキさん、続いておれの左肩をつかんだのはクザンさん、そして真正面から黒いほほえみを浮かべているのがボルサリーノさん。……え? なに? おれに命の危険が迫ってるの、これ。本日二回目の冷や汗をかいていると、「何をされたんじゃ」と地を這うような低い声が右側から聞こえてきた。


「何をされた、というか……セクハラですかね?」


 セクハラだろうな、あれは。ていうか、猥褻物陳列罪? 人前でそういう行為とかしたらまあ捕まりそうなもんだよね。おれそこらへんは詳しく知らないけど。サカズキさんとボルサリーノさんはセクハラという言葉に固まり、クザンさんは真っ青な顔でおれの身体を揺らした。


「何されたの! 大丈夫!?」

「え? え? ……もしかして私が襲われたとか思ってます?」


 明らかに態度がおかしいのでそう聞いてみると、しどろもどろになるおっさんたちが微笑ましい。あれだな、衛兵のひとたちに話を聞いて心配になったのだろう。その優しさと部屋に突入してこなかった理性のバランスが絶妙でよかったと思う。もし仮にチェスの最中にクロコダイルさんの部屋に突入したり、誰かとセクロスしているドフラミンゴさんの部屋に突入しようものならおれが怒っていたところだ。あれでも客だぞ。


「私は別に襲われてませんよ、ドンキホーテ・ドフラミンゴ様に最中見せつけられましたけど」

「最中!?」

「だからセ、」

「メアリ、それは言ったらダメだ」


 口を押さえ込まれたおれはそれ以上言葉を発する権利を失った。けれど何を見せられたかはわかったようでおれの右側が熱くなっている。やばい。完全にこのままサカズキさんがドフラミンゴさんのところに突入する気でいる。あかんてそれは。止めようと思ってもクザンさんの手が口から外れないことにはどうにもならない。右手でサカズキさんの服をつかんで、左手でクザンさんの手にチョップを噛ます。口から手が離れたので、サカズキさんを見上げた。


「そんなことで殴り込みに行ってどうするんですか……落ち着きましょうよ……」

「そんなこととはなんじゃ……!」

「いや本当マジでくだらないことじゃないですか。別に相手の子も合意っぽかったですし……人のプライベートに口を突っ込むのはいかがなことかと思われます」

「だけどねェ〜、メイドに見せつけるような変態だよォ? 何されるかわかったもんじゃあないでしょォ〜」


 それはあながち間違いでもない気がする。今後悪化すると面倒なことになるのは確実だからだ。でもさ、明日でどうせ帰るじゃん? もう何にもしてこないと思うんだよね……会議のときにでも言ったらいいんじゃないの? わざわざ安眠していた七武海を起こして言うセリフじゃあないよね、それって。たかが一介のメイドが行為を見せつけられたくらいでさァ、こう言っちゃあなんだけどやっぱりメイドはメイドなわけで。……いや、おれが雇い主だったら文句言うけどね? でもそれはやっぱり今じゃなくてもいいと思う。一人で勝手に納得して、お三方に目線を向ける。


「今行っても何かしら文句を言われることは必至でしょうし、そこらへん面倒になります。会議のあとでセンゴクさんにうちの従業員にちょっかい出すな、とでも言ってもらうが一番いいんじゃないですか?」


 センゴクさんに注意されても改善するような人じゃあないと思うけどね。注意されて抑えるような人だったら、はじめっからそこらへんにいた女の子を部屋に連れ込んで挙げ句行為を見せつけるだなんてことはしないはずだ。……あらためて考えてみるとやっぱり変態かもしれないなァ……。
 おれの意見をまっとうなものだと考えたのか、ボルサリーノさんは「うーん、まァ、そうだねェ」なんて一応納得してくれたようだ。しかしながらサカズキさんはいまだ納得いかないようだし、クザンさんに至っては何を考えてるんだかわからない。
 とりあえずおれの意見は伝えるだけ伝えた。最後の決断をするのはおれではないので、もうこのことに関しておれのできることはない。お客様の世話が明日も残っているのである。いまだぐぬぬってるお三方にまっすぐ視線を向ける。


「あの、ご心配は本当に嬉しいんですが……私、そろそろお風呂に入って仮眠を取りたいんですけど」


 出て行ってくれませんか、とはさすがに言うまい。言わずとも三人が三人その意味を理解したようで、はっとして出て行ってくれた。心配してきてくれたのに、本当に申し訳ない。でもね、おれは眠いんだ。さっさと風呂入って寝よう。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -