メアリ、というメイドがいる。海軍本部の三大将に仕えるメイドで、どこぞのお嬢様のように美しい娘だという。掃除に伝達、給仕など仕事は完璧だが、しかし彼女は本来ハウスメイドである。メイドと聞いて想像するようなわかりやすい格好をした少女が海軍本部を歩く様は、本来ならおかしい。おかしいのだが、誰もそのことをおかしいとは思わないほど彼女は海軍本部になじんでいた。戦わない女性に飢えている海兵にとっては、美しくて清らかな空気を持ったメアリという少女メイドが目の保養として必要だったのかもしれない。あわよくば彼女と、と考える輩もいないわけではないが、基本的に三大将にしか用のない彼女との接点は非常に少ない。だからこそ彼らは出世欲を加速させ、自分も、と言う考えに至るのであった。

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 メアリ、というメイドがいる。元海軍大将の爺様の秘蔵っ子で、亡くなった娘さんによく似ていたという理由で五歳ほどのときに引き取られた子だった。けれどどうしてか、爺様がメイドとして育てたため、彼女は爺様が亡くなった後もこうして職にありつけている。本来ならば爺様の遺産を一人で相続したメアリに働く必要性などは皆無なのだけれど、爺様の遺言に従っておれが海軍本部で雇わせたのである。本当はおれだけのメイドとして雇うつもりだったのだが、一人にメイドをつける意味などないと簡単に却下されてしまった。実際、おれの仕事に付き合わせているからおれのメイドみたいなもんだけど。
 初めて爺様の館でメアリを見たとき、メアリはまだ十二歳の少女だった。けれどその穢れていない感じというか、なんというか、そういう清廉な雰囲気がたまらなくいいと思ってしまった。今考えれば、ひとめぼれ、というやつだったのかもしれない。ただあまりにも年が離れすぎていたからそういう感情だと思わなかっただけで。
 二回目に会った時、メアリは十四歳で爺様の葬式でのことだった。美しい彼女はすこしだって泣いていなかった。けれど雨の中に立っているみたいにひどく冷たい顔をしていたので、泣きたかったのだろう。メアリはそのときメイドであったから、泣くわけにはいかなかったのかもしれない。
 三回目に会った時もメアリは十四歳、海軍に雇い入れる話をしたときだった。遺言書を片手に訪れた爺様の家はとても静かで、もうメアリしか住んでいないことは明らかだった。だから絶対に連れて帰ると意気込んでいたのをよく覚えている。


「笑える冗談だよ、本当」

「何がでしょう?」

「いいや、別に」


 おれの横に立ってメアリが首を傾げる。初めて会った時から今まで良く見てきたメイド服を着たメアリは、おれのために紅茶を持ってきたらしい。受け取って、一つため息。休憩したいタイミングや必要なものを必要なタイミングで取ってくれるメアリのおかげで、仕事の効率が格段に上がっている。それはどうやらあまり仕事をしないタイプのおれだから、というわけではないらしい。サカズキだってボルサリーノだって、そうだと言っていた。メイドなんていらないだろう、と言っていたくせに、今では孫だとでも思っているのかすごく可愛がっている。
 紅茶を置いて仕事を再開する。ああ、正直もう仕事なんてやりたくない。さっさと終わんないかなあ……第一書類仕事とか大将がやるべきものかね? どっちかって言ったらおれたちが外に出て戦った方が多少世界は平和に近づくんじゃないの? ……なんて思ってみるけど、そこまで働く気もないおれはそれを誰かに言うつもりはない。面倒だ。ああ、面倒。


「クザン様、サカズキ様から資料をお預かりしてまいりました」

「え、ああ、うん。ありがと」


 いつの間にか姿を消していたらしいメアリが戻ってきて、おれに資料を差し出した。正直に言おう、びっくりした。しかしこんなことは日常茶飯事なので、いちいち驚いていたらきりがない。メアリから受け取った資料には今作成している書類には必要なものだった。……もしかして確認してわざわざ取ってきてくれたのか? 本当に仕事のできるメイドである。メイドの領分を超えているけどそれは爺様の教育の賜物ってことで。


「それからこちら、ボルサリーノ様が本日までに終わらせていただきたいとのことです」

「ああ、うん、先にそっちやろうか」

「はい。それではこちらをお読みいただいた上でサインをお願いします」

「はいはい」


 差し出されたままに読み、そしてサインを書く。既に必要な箇所だけ読めばいいようにされているため、スムーズに仕事が進んだ。アシストやサポートがうますぎて、メイドと言うよりも秘書官と言った方がしっくり来る。まあ、秘書官は紅茶の入れ方が最高だったりしないから、秘書官よりも余程性能がいいのかもしれない。おれがサインし終わったら、次はこれを、次はこれを、と仕事の指示をしてメアリはサインの終わった書類をボルサリーノに届けにいった。


「おれより忙しそうだ」


 ぽつり。呟いた部屋にはおれ以外誰もいない。メアリが来る前まではおれが仕事をしない代わりに何人かがひいひい言いながらここで仕事をしていたというのに、今はおれが多少サボってもメアリのおかげか締め切りを過ぎることもなくきちんと仕事が回る。爺様は、本当に素晴らしい人材を遺してくれた。仕事に関してなんの文句もない。仕事に関しては、だ。
 メアリが部屋に戻ってきたとほぼ同時にぼーん、ぼーんと置き時計の音が鳴った。昼休みの時間である。ちらりと見てきたメアリに頷けば、途端、メアリは来客用とも言えるソファにダイブした。長いスカートがばふりと広がり一瞬だけ白い脚が見えてそちらに気を取られる。


「うおー、お腹すいたー、クザンさんご飯いきましょーよご飯ー」

「今いいとこだから、」

「えー、クザンさんのくせに仕事やっちゃう感じですか? 昼ですよ、昼」

「お前ね、失礼なこと言ってるって気付いてる?」

「言われちゃうようなことしてるって気付いてる?」


 と、このようにオンオフがはっきりしすぎているのである。まだ十四歳だった彼女は仕事を持ってきたおれに、色々な雇用条件をつけてきた。一番印象的なのは、『就業時間以外は休憩時間も含めてプライベートなので、どうしても自分でなければいけないような来客でもない限り、休日出勤や残業など仕事は一切いたしませんがよろしいですか』という言葉だったように思える。海軍では破格、というか、有り得ないほどの優良条件であったが、そもそもハウスメイドだったら絶対に有り得ない条件とも言える。よもや十四歳の少女からそんな言葉が出てくるだなんて思っても見ず、驚いて固まったおれに『旦那様のもとで働かせていただいている頃はそうでしたので』と言われて思わず頷いてしまったのである。
 誰がここまでオンオフはっきりしてると思うんだか。仕事は仕事、プライベートはプライベート。そういうところはまるで大人だというのに、動きは少々子どもっぽい。性格も見た目のように清廉というよりは明け透けとしていて、舐められているんじゃないかと思うほどフレンドリー。ていうか多分そう。サカズキあたりにはこんなことしない、おれだけ絶対に舐められてる。


「そういえば見ましたー?」

「何を?」

「食堂に美人なおねーちゃん入ったんですよ。けしからん乳の」

「お前ね……」

「フフフ、柔らかかったですよ」

「お前何やってんだマジで」

「こけたふりして突っ込みましたけど何か」


 ドヤッという効果音でも聞こえてきそうな顔をして。何も悪びれていないメアリに頭が痛くなる。舐めているだとかそれ以上に問題なのがこのセクハラ発言だ。ちなみに男女どちらにも適応される。しかも普通に下品なことも言うし、おれはメアリの中身がおっさんなのではないかと疑っている。しかし見た目が美少女だから許されるというのがなかなか納得いかない。
 そんな性格のせいか、初めてメアリの素を見たときは落胆した。落胆して、なんで落胆なんてしたのかと疑問に思い、もしかして自分はメアリのことが好きだったのではないかと思い当たって驚いた。まだ少女のメアリに、おっさんのおれが。しかも勝手なイメージで惚れて、素を見て勝手に落胆して、なんて自分勝手なのだろう。そんな自分がちょっと恥ずかしかった。
 かくしておれは気がつかないうちに恋をして失恋とともにその想いを自覚するという、なんとも言えない経験をしてしまったのであった。ただ、見た目だけは好みなので、たまにどきりとさせられるのが悔しかったりする。


「クザンさーん、まだですかー」

「あとちょっと。ていうか先に行ったら? お腹空いてんでしょ」

「えー、嫌です。ぼっち飯寂しいですもん」


 そしてそんな我が儘を言われて、嬉しいと思う自分もいる。多分、妹とか姪とか、そういう感じだとは思うんだけど。まあ、性格が悪いというわけではないし可愛い子になつかれて好かれて嬉しくないわけもない。ただもはや恋愛感情とは結び付きそうもないという、どこにでもありそうな話だった。

mae:tsugi

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