すべての準備を終え、今か今かと待ってみたのだけれど、なかなか来なかった。うろうろしているわけにもいかないので今回の七武海の世話をするにあたって作られたおれの部屋で待つ。贅沢な七武海たちの部屋とは違い、そこそこ簡素で落ち着く部屋だ。
 そもそもこんなふうに待ってしまっているのは、船で訪れるのだから多少時間のずれは生じるということをすっかり忘れていたのだ。前の世界なら間違いなく時間ピッタリにつくのが普通だったから、つい早く準備を終えすぎたのかもしれない。でも逆に早く着きすぎる可能性もあるのだからこれでよかったのかもしれない。……ていうかこんなふうに時間が余ると、ちょっとした緊張がこみあげてくるような気がした。うーん、あんまり緊張とかしないタイプだと思ってたんだけどなァ……。ま、大事なお客様なのだから、緊張感がないのもまずいだろう。
 政府関係者の方々はすでに到着されているとのことだが、そっちはおれの管轄外なのでよくは知らない。ぶっちゃけいい顔するなら政府関係者の方じゃないのか? と思ったのだが、政府関係者の方は自分たちの世話役を連れてきているらしい。金持ちって嫌だね! 自分の世話くらい自分でやればいいのに!
 会ったこともない政府関係者に脳内で不満をぶつけていれば、コンコン、とドアがノックされた。「どうぞ」と返事をしながら立ち上がる。開けられたドアの向こうには緊張したような海兵さんが立っていた。


「メアリさん、もうすぐバーソロミュー・くまが到着します!」

「わざわざありがとうございます。今から向かいますね」


 ぱたぱたとスカートを叩き、それから深呼吸をする。クザンさんが進言してくれたのか、ほかのメイドたちを育てなくてよくなったから、その間に七武海について勉強することもできた。粗相をやらかすようなことも、ないはずだ。よし、大丈夫だ。行こう!

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 ずおおおん、ってな効果音が聞こえてきた気がする。バーソロミュー・くまからである。大きい人だとは聞いていたけれど、首が痛いとかそんなレベルじゃねーぞこれ。このままじゃ首吊る! ってくらい上を向かされている。マジでこれ人間か? クザンさんとかも十分でかいと思っていたけど、そういうレベル超えてるぞ。
 遠目から見てそんなことを思っていたけれど、顔に出すほど素人でもない。仕事に関しちゃあ、おれだってプロだ。にっこりと笑ってくまさんを出迎えた。


「遠路はるばるお疲れ様でした、バーソロミュー・くま様。そのまま議場にご案内するように承っております」

「ああ、それで構わない。それからこれが書類だ」

「承りました。それではこちらへどうぞ」


 差し出された書類を受け取って、一礼する。案内するため歩き出せば、くまさんはおれのあとをゆっくりとついてきた。歩幅の関係上、おれの後ろを歩くのは大変だろう……なんだか申し訳ない。
 “暴君”バーソロミュー・くま。七武海で唯一、政府に友好な態度を示しているらしい人物。すでに提出しなければいけない書類等々には記載済みらしい。友好関係なだけあって先に書類をもらってたんだろうな……だったら今回来なくてもよかったんじゃないの、って言ったらお偉いさんには怒られそうだ。言う機会がないからいいけど。その手にはトレードマークでもある聖書を持っていて、くま耳帽子をつけている。“暴君”の名にふさわしくなく、とても可愛いと思います。が、いかんせん想像していたよりもでかくて人間というより巨人の方が近いと思うよ、おれは。そんなことはともかくとして初めて海賊に会ったけれど、理性的だし怖い人じゃあなくてよかった。


「こちらになります」


 無駄口をたたくこともなく、ただ案内するだけの仕事を終えてノックをしたのち返事を受けて扉を開く。「失礼いたします、バーソロミュー・くま様がお着きです」。開いた扉の先には、警備の海兵さんと思われる人々、センゴクさんやおつるさんの姿がある。真ん中には見知らぬ人たちがいた。スーツを着用しているだけなのでおそらく政府関係者だろう。うわ、なんだあの人、鉄製のマスクしてら。変な趣味持ってるのかな……。
 一瞬意識がそちらにそれるものの、すぐにくまさんを席に案内し、センゴクさんへと書類を渡す。それからおれはその場を辞して扉の外に出た。緊張感はあらかた抜けていたが、やはり何事もなくてほっとしたという感じがする。あの調子だとすぐに終わるだろう。ほかの七武海が来たという連絡があったわけでもないし、お見送りをすべく扉の前で待機しておくことにした。
 五分もしないうちに中で動く気配がした。おれは抜けていた気をもう一度張りつめて、こちらに向かってくる巨体のために扉を開いた。ドアに手をかけるより少し早く開けることができて、タイミングはばっちりだ。


「お疲れ様でした。波止場までご案内させていただきます」

「……ああ」


 すこし驚いたような雰囲気を感じたが、くまさんはそれ以上の言葉を発することもなかった。おれも特に何か言うようなこともなかったので、くまさんをそのまま波止場まで案内する。行きと変わらず会話があるわけでもない──と思っていたのだが、ぴたりとくまさんが足を止めたので、おれの足も止まった。


「どうかなさいましたか?」

「噂に聞いていた三大将付きのメイドというのは、お前か?」

「はい、そうですが……」


 だからいったいなんだと言うのだね。立ち止まって話し始めたおれたちを遠巻きに見ている海兵たちが心配そうな目線を送ってきてるぞ。ていうか噂になってるの? たしかに軍部にメイドっているのかなっておれでも思うし、変だから噂になってるんだろうなァ……。みんなが馬鹿にされたりしなきゃあ別におれは何言われたって精神的にダメージを食らうこともないし、いいんだけど。
 くまさんはおれのことをじいっと見つめてくる。そろそろ首がもげそうだと感じているんだが、お客様であるくまさんから目線を外すわけにもいくまい。メイドであるおれが目をそらすとか失礼だ。


「なるほど」


 何がや。突然関西弁になってツッコミを入れたくなるほど理解に苦しむ回答をよこされてしまった。おれが頭の上に“?”を浮かべているとくまさんは「足を止めさせて悪かったな。行こう」と声をかけてくれた。「いえ、とんでもないことでございます」と頭を下げてから歩みを再開させた。
 そのまま特に何があるわけでもなく、くまさんは普通に帰って行った。うん、あれはなんだったんだ? 疑問が残るが仕事はまだまだ続いていく。気にすることでもないだろうとそれを振り払った。


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