休み中に電話がかかってきて何かと思ったら、この前のお弁当を食べることのできなかったクザンさんが「なんでおれのいない間に! ずるいじゃん! おれにも!」とのことでした。マジで何かあったのかと思っただろうが! フリーホラーゲームやってたおれに謝れ! なーんてことはさすがに言えないので「めんどいです。サボったクザンさんが悪いと思います。はい、論破」と返してやった。それでもどうしてもと言うので致し方なくクソ面倒くさかったが、作っていくという約束をしたのである。上司兼恩人もどきなクザンさんの電話を切れるほど子どもじゃなかったので延々とお願いされたおれの気持ちも考えてほしい。駄々こねるってレベルじゃねーぞマジで。お前仕事中だろ、こんなことしてないで仕事しろよ。訴えたら勝てるっつーの。
 なので、おれは前と似たようなメニューを作って持っていった。違うもん作ろうもんならいずれあれもよろしくなんて言われるのが目に見えてるからだ。いくらクザンさんのお願いでも何度も作るとか絶対に嫌だね!

 そんなわけで午前中の仕事も終えて、クザンさんと飯を食いながらマライアのけしからん乳について「マライアの乳はおそらく魔乳です、ヤバいです。柔らかくも弾力に富んだあの乳はなかなかの逸材ですよ。吸引力の変わらないただひとつの乳! いや、正しく言うと二つですけど! 吸われる側ですけど!」などと一方的に語っていたら、ノックの音とともにドアが開いた。……い、今の聞かれてないよな? ないよな?
 ちらりと視線を向けるとそこにはセンゴクさんとガープさんの姿があった。おやまあ二人でいらっしゃるなんて珍しい。おれが目をぱちくりさせていると、クザンさんの背筋がぴっと伸びた。おそらくガープさんの姿を認めたからだろう、普段センゴクさんが来てもだらけきってるのに……たしかガープさんにはお世話になってたんだっけ? そんな話を聞いたような聞かなかったような……? とりあえずどっちでもいいが、先程のおれの話が聞こえてないことを祈ろう。テンションが高くなったからついどさくさに紛れて面白くもないこと言っちゃったしな……いやほんと恥ずかしい。テンション高い時って怖いネ! 聞かれていないということにして、変な反応をしないようにいつもの笑顔を振りまいておく。


「お二人ともどうしたんですか? もしかしてクザンさんの先日のおサボりに対して鉄拳制裁に?」

「余計なこと言わないの!」


 クザンさんはおっさんのくせに唇の前に指当ててしーっとかしてきた。超似合ってて一瞬ときめいてしまったおれの純情を返してください。まさかクザンさんに萌える日が来るとは思わなかった……今のしぐさめっちゃ可愛い、いっそえろい。何言ってるか自分でもよくわからないけど、かなりツボだった。悔しいぃ……!
 今までの内心の経過等々を口に出すこともなく突然悔しがるおれにセンゴクさんとクザンさんは首を傾げていたが、ガープさんはおれの様子などガン無視で弁当を食い始めていた。いやほんとすごいなこの人。いつ会っても我が道突っ走りすぎてて、いっそこの人が主人公なんじゃないかと思うくらいだ。ルヒィ? が主人公だから絶対違うんだけど、もしかしたらどっかで血が繋がってる親戚……いやちょっと待てよ、今気がついたけどおれが今生きてる時代とルヒィが出てる原作の時期ってまるっきり違う可能性もあるんだよな。ってことはご先祖様とか? あり得る……それくらいこの人奔放だもんね。
 おれが妄想じみた考えに思いを馳せていると、ガープさんはニッカリと笑みを見せて来る。ううッ、眩しい……!


「おお! 美味い! これ、メアリが作ったのか?」

「あ……そうなんです、ありがとうございます! クザンさんが作ってこいって仕事中に延々と電話かけて来てですね、本当に舐め腐ってますよねー」

「クザン貴様……!」

「セ、センゴクさん落ち着きましょうよ! ね!」


 クザンさんは怒ってるセンゴクさんをどうにかなだめようとしているが、正直自業自得過ぎておれは助けに入る気にはなれない。ていうかおれがまいた種だしね。上司兼恩人だけど、ざまあみろですよ。クザンさんはどうにかセンゴクさんをなだめたあと、おれに向かってどうして言っちゃったの! とばかりに責めるような視線を送り続けてくるのだけれど、そんなことよりもクザンさんにはしなきゃいけないことがあると思うんだ。


「ぼーっとしてるとガープさんに全部食べられちゃいますよー」

「えっ」


 そうこうしている間にもガープさんはお弁当を食べる手を休ませるようなことはないのだ。がつがつと消費されていくお弁当の中身は、あっという間になくなっていく。おれは自分で作った弁当をわざわざ食べたいとも思わないし、そこそこ腹も満たされていたので、ガープさんとセンゴクさんのお茶を取りに給湯室へ向かった。
 湯呑に緑茶を入れて戻ってくると、落ち込んでいるクザンさんと満足そうなガープさん、疲れたようなセンゴクさんの姿が見える。既に重箱は空になっていた。座っているお二人の前にアツアツの緑茶が入った湯呑を置く。


「お茶入りましたー。熱いのでお気を付けください」

「おお、ありがとう! それからご馳走さま!」

「ありがとう」


 お二人は湯呑を手に取って飲んでいく。すごい熱そうなのになー、お二人は猫舌ではないようだ。クザンさんはお二人がほっと一息ついている間に回復したようで、「それで何の用があって来たんです?」と質問していた。……ん? もしかしてこれっておれ、席を外した方がいい感じかな? お邪魔虫? 海軍のすごい大事なことについてのお話とかだったら一介のメイドであるおれが聞いてていいもんじゃあないだろう。
 一応気を使って席を外そうとしたら、センゴクさんがおれの方を見て「今日はメアリに用があって出向いたんだ、座りなさい」と言ってきた。え……? なに? これ三者面談ならぬ四者面談? すごく……怖いです……。ガープさんの隣に腰を下ろしながら何かと思って身構えてしまったおれに対し、センゴクさんは真剣な面持ちで話を始めた。


「メアリ、まずは七武海というものを知っているか?」

「しちぶ……? ……すみません、なんですかそれ?」


 しちぶかい、聞きなれない言葉だ。語感から察するに舞踏会の一種か何かだろうか? それとも武道会的な方か? 天下一決めちゃうあれなのか? おれはこの世界で暮らしてそこそこ長いが、基本的に爺様のところでメイドしてただけのヒッキーだったので知らないことも多い。しかもクザンさんが「さすがにそれくらいメアリでも……ってえ? 知らないの?」とノリツッコミのごとく驚いているところを見るに、しちぶかいってのは一般常識であるらしい。サボり魔という非常識的な行いをするクザンさんに一般常識で負けるとかつらいな……。内心でそんな失礼なことを考えていると、センゴクさんが説明を始めてくれたようだった。


「世の中には海賊で溢れている、それはメアリでも知っているな?」

「あ、はい。会ったことはないですけど」

「えっ、マジで? 海賊に会ったことないの?」

「本当か!」

「……それはいいことだな」


 えっ、みんな驚いてるってことは、まさか海賊に会うような生活がこの世界の一般的な生活なの? 警察ちゃんと仕事してんのか。ホラー映画の警察並みに無能ってんじゃあないだろうな……って、あ、ここが警察代わりだった。なら仕方ないな。サカズキさんがいて取り締まれないのならだれがやっても取り締まれないよ……。
 脳内で一人で盛り上がって一人で納得して一人で解決した頃、「やっぱり反対じゃ!」とガープさんは言い出した。何がや! と突然の関西弁でツッコミを入れたくなったおれの気持ちはきっとほかの人にも伝わると信じている。クザンさんも意味が分からないと言ったようにガープさんたちを見ながら「一体何がですか?」と聞いていた。センゴクさんは疲れたような、困ったような顔をしている。


「……年に一度ある七武海の召集があるだろう。いろいろ手続きのある、あれだ」

「ああ、もうそんな時期ですか。それがどうしたんですか?」

「それが、今年はマリージョアではなく、海軍本部で行われることになった」

「……まァおれたち海軍がぞろぞろ行くより、本部に政府の執務官が来た方が人の動きが少なくて済みますしね」

「本部となれば警備も万全、政府としてもわざわざ危険人物を招きたくはないということらしい」


 うん、はっきり言ってなんの話してるかまったくわからん。ていうかしちぶかいって結局なんなの? 召集ってことはやっぱり会であってんの? しちはおそらく七のことだよな? ていうかしちぶかいに集まる人、危ない人なんだ? ふーん……?
 おれが話に置いて行かれていることなどみんなさっぱり忘れているのか、おれは放置プレイにあっている。マゾだったら興奮したかもしれないけど、残念ながらおれにそんな性癖はない。ちんぷんかんぷんのまま話は進んでいたのだが、ガープさんがその話の流れを断ち切ってくれた──いいか悪いかは別として。
 なんとガープさんは隣に座っていたおれに突進するように抱き着いてきたのである。折れる! 身体が! 骨という骨が砕ける! そんなふうに思ってしまうようなやばい衝撃でした。しかしながらおれだって男の子、骨たちは砕けることなく、普通に存在している。痛かったけどな。ガープさんはおれがそんなダメージを受けているとは露ほども思っていないようで、ぷんぷんという効果音が似合うような怒り方をしている。怒りたいのはおれですよ、ガープさん。


「わしは反対じゃ! 可愛いメアリに何かあったらどうするんじゃ!」


 だから何がどうなってんだよ。そこらへん詳しく話してくれよ。全くついていけないおれとは脳味噌のスペックが違うのか、クザンさんはハッとして「まさか……」と言い始めた。むしろこっちがまさかだ、クザンさんはとんだ裏切り者である。今度は三人でまたごちゃごちゃ言い出したが、おれは話についていけないので半分以上聞き流していた。そろそろ昼休憩終わるんだけどいいのかなァ。


「……メアリに危ねェことはさせられませんでしょう。メアリはまったく戦えないわけですし」

「だがな、他に誰か適役がいるか? メアリ以上にできるやつがいるのか?」


 やべえ、なんかすごいおれ誉められてる? やだはずかしい。よくわかんないけど嬉しいからにこにこしとこう。そんなおれの場違いな笑顔は、周りを鎮静化させる効果があるようで、三人はなんとも言えない笑顔のようなものを浮かべている。祖父が孫に見せるような、飼い主がペットに見せるような、仕方ねーなーもうー、みたいなでれっとした顔である。センゴクさんは控えめだけど、ガープさんでれでれしすぎだろっていうレベルの顔をしていた。それでいいのか、英雄。顔が緩んでいたことに気が付いたのか、センゴクさんは咳払いをひとつして話を再開させた。


「メアリならいざというとき、逃げることもできる。幸い足は速いし、近くには護衛も配備する」

「護衛されるメイドってのも摩訶不思議なもんですけど……まあそれなら……」


 なにかよくわからないけれど、おれは危ない目に合うらしい。ひええ、マジか。マジでか。誰も詳しく説明してくれないけど、とりあえずしちぶかいが関係しているらしいことはわかる。護衛されなきゃならないメイドの仕事って何? すごいやばい予感しかしないんですけど。話がまとまる前にどういうことのなのか聞いた方がいいのだろうか。でもおれが必要な仕事だというのなら、おれがやるべきだよなァ……。上司命令には従うタイプの人間ですよ、おれは。


「ならん! よーく聞け、メアリ。七武海っていうのはじゃな!」


 おれがほぼ受け入れるつもりでいたら、ガープさんがしちぶかい──七武海について教えてくれた。どうやら海賊の中でも悪名高く、政府側についたら厄介だと思われる海賊たちのことらしい。全部で七人。有事の際、政府側につくと契約することで海賊を狩ることを許されている海賊らしい。おれ、そんなような人たちを某海賊映画で見たことある気がする。
 で、今回その七武海さんたちは契約更新の手続きがあるらしい。生存確認やら悪いことしてると思われるやつには牽制したりだとか、色々事情があるようだ。この広い世界で絶対顔を出さなきゃいけないとかクソ面倒じゃないか、七武海さんたちも大変だな……。


「ハンコックあたりは政府嫌いじゃから沖で顔を見せる程度だろうが、ほかのやつらは上がってくるじゃろ! そうしたらその接客をさせられるんじゃぞ!?」

「ああ……それで元ハウスメイドである私の出番なんですね。わかりました、お受けいたします」

「メアリ!?」


 散々危険性を説いていたはずなのに、おれがその仕事をやると言ったものだからガープさんは目玉が飛び出るんじゃあないかってくらいに驚いていた。でもセンゴクさんがおれにふさわしい仕事だと思って持ってきたんだろうし、できることならおれにやらせてもらいたいと思う。伊達にメイドとして暮らしてねーぞ、おれは。


「いくら悪い方と言えど、七武海として活動を認められているくらいですから話は通じますでしょう。さすがに敵陣のど真ん中で一介のメイドに危害を加えるような愚かな方はいらっしゃらないと思います」


 最大の理由はそれである。ぶっちゃけ爺様のメイドとして働いてた時もちょっと頭おかしい客とかいたけどさ、そいつよりは海賊の方がまだよっぽど一般常識あると思うんだよね。その常識をちゃんと守ってくれるのかは知らないけど、さすがに海軍本部で暴れるような馬鹿はいないでしょ。悪役同士ってまず手を組まないし、三大将が揃っていたら暴れるなんてことしないと思うんだよね。……普通の感性してれば、だけど。おれは海賊に会ったことないから正直そこらへんはわからない。でも、そうだって信じてるから! 勝手に!
 三人は納得いったのか、いってないのか微妙な顔で悩んでいたのだが、結局頷いた。元より選択肢は少なかったのだ、おそらく海軍本部にはおれより接客に慣れた人間はいないのだから。

 こうしてはじめての大仕事、七武海の接客が始まったのである。


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