早朝、ギンッギンと表現してもいいくらいに目が覚めてしまい、二度寝できなかった。割りと寝起きはいい方だとは思うがここまではっきりと目が覚めてしまうのは珍しく、何を思ったか散歩をしてみたら、商店街でたまにお話しするおじさんやおばさんが「あらメアリちゃんこんな時間に珍しい! あ、そうだ! 活きのいい魚入ってるのよ、持っていきな!」という感じであっちこっちから色々ともらってしまった。なので、時間もあるしお弁当なんぞ作ってみた。
 やだー、おれってば女子力高いーと普段は見かけ以外微塵もない女子力を披露してやろうと思いながらも出勤したら、執務室にはクザンさんがいなかった。今日は特に遠征とかの話も聞いてないし、おサボりか? ……おれは別にクザンさんの専属ってわけじゃないけどいつもクザンさん優先で付きっきりだから、予定なくこういうことされると毎回のことながら一瞬何していいかわからなくなるよね。
 とりあえずクザンさんがいないことをセンゴクさんに報告して、それからなんか仕事もーらお。サカズキさんもボルサリーノさんもいるって聞いたし、なんかしらやることあるだろ。そう思い、おれはクザンさんの部屋を出た。

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 センゴクさんが割り当ててくれたおれの仕事は、ボルサリーノさんの補佐だった。サカズキさんはちょっと出ているようで、おれにはボルサリーノさんしかいなかったのである。……やだ、なんかこの言い方、ヤンデレの恋人かあるいは身寄りのない異世界トリップした人みたい。実際おれは身寄りのない異世界トリップした人間なのだが、まあそういう依存はないしな……長年こっちで生活したから慣れたってのもあるし、自立もしてるし。依存とかおれのキャラじゃない。
 ボルサリーノさんはクザンさんより幾分も真面目にお仕事してくれるので、作業がとても早い。こんなに早く大将の仕事って片付くんだなァ。慣れてるから作業効率が違うのかもしれない。そんなふうに過ごしていたら、お昼休みが近付いていた。クザンさんの部屋なら時計が十二時を回って時点で勝手に仕事放棄するが、さすがにボルサリーノさんの前だとそんなわけにもいかないだろう。ソファに飛び込むとか本当に行儀悪いですしー、誰ですかね、そんなことやってんのは! おれです。
 脳内でそんな小芝居をしていたおれだったが、十二時になってボルサリーノさんが「お昼にしようかァ」と声をかけてくれたので、意識が現実に戻ってきた。


「そうですね! あ、ボルサリーノさん、もしよければお昼一緒にどうですか?」

「ん? 勿論いいよォ〜。食堂に行くかい?」

「いえ、ちょっとここで待っていてもらえませんか?」


 そう提案すればボルサリーノさんは不思議そうな顔をしながらも頷いた。おれはにっこり笑って「じゃあ待っててくださいね!」と告げてから執務室を走って出ていく。勿論壁抜け。おれにドアなど必要ない! いつも荷物を置いている部屋に駆け込んで、お弁当を持ち上げる。地味に重い。大量の食糧と大いに時間が余っていたので、お弁当はなんと重箱に詰めてきたのである。うっほー豪華! 家に弁当箱がこれしかなかったとかそんな理由じゃないんだからねっ。
 三段重ねの重箱なのであるいは二人で食べきれないかもしれないが、そのときは家に帰って夜ご飯にすればいいだけのことだ。でもまだ家にいろいろ食材残っちゃってるんだよなァ……刺身はそのままでいいから面倒がないけど、肉とかはそのままで食べれないからちょっと面倒くさい。基本的に家事なんて仕事でもなければやりたくないし……。
 ネガティブなことを考えながら来た道を戻っていると、サカズキさんの背中が見えた。どうやらサカズキさんがちょうどお帰りのようだ。ぱたぱたと足音を立てて駆け寄っていく。


「サカズキさーん」

「メアリか、どうし……どうしたんじゃあ、それは」


 言い直したよ、この人。そんなにおれが重箱を抱えて歩いているさまはおかしいかね。これでも一応ハウスメイド時代に厨房のおっちゃんにいろいろ指南も受けてたんだけどなァ。まあ普通のハウスメイドは厨房に入らないし、料理ができないと思われても仕方がな……いのか? 胡乱げに視線を送り続けてくるサカズキさんにニコリと笑顔を向ける。


「お弁当です! よかったらサカズキさんもいかがですか?」


 三人なら間違いなくはけるだろうという魂胆だったのだが、サカズキさんはじいっとおれの手の中の重箱を見て「……メアリが作ったんか」と聞いてくる。そんなに不安か、おれの料理が。そんなふうに思われていることはそれなりにショックなのだが、先日休みのときは菓子を食って過ごしているということがバレてしまったので、サカズキさんの反応はもっともだと言えることだろう。


「だ、大丈夫ですよ、ちゃんと食べれますから!」


 慌ててそう言えば、サカズキさんも自分の言ったことが失礼なことだと気が付いたらしく、「そういう意味じゃのうて、ただ驚いただけじゃけえ」と言い訳をしてくれる。おお、優しい優しい。それからサカズキさんも食べると言ってくれたので、サカズキさんと一緒にボルサリーノさんの執務室に戻ることにした。扉から入ってきたおれにボルサリーノさんはすこし首を傾げたが、サカズキさんの姿を認めるとすぐに納得したようだった。


「サカズキも連れてきたのかァい?」

「はい、重箱なので!」

「へェ、じゃあメアリが作ったんだねェ〜」


 ボルサリーノさんはおれが休日に菓子生活を送っていると知らないせいか、素直におれが作ったものだとして受け入れてくれた。テーブルの上に重箱を広げれば、「おォ〜美味しそうだねェ、サカズキもそう思うだろォ〜?」とボルサリーノさんが大げさに褒めてくれた。ボルサリーノさんは大人というか口がうまいというか、どちらかというと常識人の部類に入ると思うので、お世辞で言ってんのかなァとか失礼ながらに思ってしまう。けれどサカズキさんがボルサリーノさんの言葉に同調するようにうなずいていたので、おそらくは本当においしそうに見えているのだろう。つい嬉しくなって割りばしと取り皿を配りながらへらへらと笑ってしまう。


「どうぞどうぞ、召し上がってください、へへ」

「それじゃあいただくことにしようかなァ〜」

「うむ」


 おれのレパートリーは爺様の専属シェフから教えてもらったものなので、ほとんどが和食なのだが口に合うだろうか。弁当箱に入れるとちょっと汁が出て危険なものの代表格──煮物を食べてボルサリーノさんとサカズキさんが笑ってくれた。あの! サカズキさんが! やで! レア!


「……ほォ、美味いのう」

「いやァ、想像以上に美味しくてびっくりしたよォ〜!」

「へへへ、ありがとうございます! じゃあお茶入れてきますね!」


 二人とも褒めてくれたのが嬉しくて、ついついだらしない顔になりながらも給湯室に入っていった。男であるおれが料理作れてもとか思ってたけど、褒められるのは普通に嬉しいわー。なんでもやってみるもんだな、……料理とかおそろしく面倒だからおそらくもう作らないけど。
 茶を入れてから部屋に戻ると、おれが戻ってきたことに気が付いた二人は箸を止めた。ということはそれまで食べていてくれたということで、やはりだらしない顔になってしまう。うんうん、作ってきてよかったなァ。へへへ。お茶を差し出して、おれも自分の弁当に手を伸ばす。自分で作ったとは思えないほど美味しい。そんなことを考えながら箸を進めていたら、ボルサリーノさんが笑いながら冗談を言い始めた。


「これならお嫁に行っても安心だねェ〜」

「嫁……じゃと……?」

「あはは、むしろ家事上手な嫁がほしいですけどね〜」


 そう言えばボルサリーノさんが不思議そうな顔をした。……あ、そうか、おれのこと女だと勘違いしてんのか。それがわかっていても、相手が口にしない限りは自分からばらしたりしないのがこのおれである。わかってないならないで面白いし、おれが。「仕事以外では家事とかあまりしたくないですよー、面倒ですし」と本心に相違ないことを言えば、どこか納得したようだった。おれ、仕事とプライベートの落差激しいしな〜。自覚はあるよ。


「あ、そういえば、クザンさんのこと怒ったのお二人ですか?」


 仕事とプライベートの落差でふと思い出したのだが、おれがセクハラ発言することをクザンさんのせいだと決めつけて怒った人に一言申さねばと考えていたのだ。おれはそこまで子供じゃないし、クザンさんのせいじゃないし。おれの問いに、サカズキさんもボルサリーノさんもよくわからないという顔をして見せた。おそらく思い当たる節が多すぎるのだろう。クザンさん仕事サボるしね……今日もそうだし、明日あたり出勤したらまた怒られるはずだ。
 おれに余計なことを吹き込んだとか言って怒ったんじゃないかと質問を変えてみると、なんとなくそれっぽい反応が見られた。二人がはっきりと断言したわけじゃあないのだが、おそらく怒ったのはこの二人だろうと思った。サカズキさんはもう一度聞けばおそらくそうだと言うと思うが、ボルサリーノさんははぐらかしそうな雰囲気である。ならばしっかりと釘を刺しておく必要があるだろう。


「私の性的嗜好やら問題発言はクザンさんと会う前からです。ですから、怒るときは私を怒ってください!」


 はっきりとそう告げる。二人は目を点にさせていたかと思うと、間を置いてボルサリーノさんは大爆笑。サングラスの奥の目が涙をあふれさせていたので、相当面白かったのだろう。反対にサカズキさんは頭痛でもするのか頭を押さえて呻いている。おそらく理解しがたいのだろう──年頃の娘なのに、とか絶対考えてるよなァ。サカズキさんには早々におれが男だとバラした方がいい気がしてきたが、バレたら確実にしばかれる気がしたのでやめることにした。一から鍛えられたらマジで死んじゃう。


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