「あー、マライアかーわーいーいー」


 めろめろ、とでも言えばいいのだろうか。メアリはマライアというメアリいわく“けしからん乳”の持ち主を見て実に楽しそうにしている。それだけでも十分周りの男たちの目を集めるというのに、うっとりとして「はあん……」などと吐息まじりの声を出すものだからおれは口からお茶を噴き出し掛けた。十五の女の子に思うことじゃあないけど、今のは、えろい。色っぽいと言ってもいい。普段からメアリの行動に慣れているおれは平気だが、周りは顔を真っ赤にさせたり前かがみになったり。あららら、可哀想に……ここにいるのがサカズキだったら周りの連中は今頃大変な目にあっていることだろう。メアリには当然自覚もなければ、周りに気を向けることもなく、ただただマライアという娘を見つめている。
 おれも軽く目線を向けてみる。マライアという娘はまあ、標準よりいくらも可愛いだろう。ただ可愛らしいというよりは肉感のある、色っぽいお嬢さんであるが……どう見てもメアリの方が整った顔をしている。柔らかくさらさらと流れる艶のある髪とそれと同色の長い睫毛、顔に配置されたパーツはバランスがよく美しいが年齢も相まって愛らしい。きめの細かい白い肌、抱きしめたら折れそうなほど華奢な肢体──こう言ったらメアリにはなんだが、男が好く身体をしている。だからおそらくおれがマライアという娘に特別何か思うことがないのは、マライアが悪いのではなく、メアリが良すぎるせいだった。……もしかしておれの中の女に対するハードル上がりまくってねェか。


「あー、ほんといいなあ……縛りたい」

「ブッ!?」


 ぼそりと恍惚とした表情でつぶやかれては、おれも噴き出さないわけにはいかなかった。前に座っていたメアリはおれの行動に驚いて、マライアから意識を戻したらしい。身を乗り出して懐から出したハンカチでおれの口を拭いてくる。顔が近づくとやはり美しく、ずっと見ていたくなる──が、見ようと思えばおれはいつだってメアリの顔を見られるのだ。


「メアリ、今、なんて言った?」

「……? ほんといいなあ、縛りたい」

「うん、それ、ダメだわ」


 聞き返したってことは言うなって意味だろうが普通。そう思うのに、メアリの方はエンジンがかかっているようで、「実は緊縛フェチなんです」とか言い出した。聞いてねェよ、やめろ。周りからの目線がヤバい。食堂でメイドのメアリと大将青雉が猥談してるとか噂になったらどうしてくれるんだ。「きゃー、言っちゃった」じゃねェよマジで。軽く赤らめた頬を隠すように顔を手で覆ったメアリは身をよじっている。普段の素行から考えて恥ずかしがっているわけではなく、ただのポーズというかノリだろう。わかっているのに……可愛いと思ってしまった自分が悔しい。項垂れるおれが諦めたと思ったのか、メアリはぺらぺらと性的嗜好について語り出す。


「いやあ、ほんといいですよね、緊縛。マライアってば胸も大きいし、肌も白いんで絶対縄映えると思うんですよ。すこし荒めだと擦過傷がついて赤くなってより良いですよねえ」


 なんでそんなこと知ってんだとかそんな話をするなとか、言いたい文句は山のようにあるはずなのに言葉が出てこなかった。白い肌に赤いものが映えるのは世の通り。メアリの妄想を聞いていたら、つい、想像してしまった。──目の前のメアリが、縛られているところを。しかもメアリが「ついでに嫌がって泣いてくれるといいんですけど」などと追加してくるものだから、頭の中で縛られているメアリも嫌がり怯え、ついには震えながら泣き出した。
 ……サイテーだわ、おれ。考えてしまっただけでも十分アレなのに……正直興奮してしまった自分がいて、余計に項垂れたくなる。恋愛的にはないなどと考えている癖に、そういった欲としては向かっていくのだからテンションは下がるところまで下がるだろう。しかも可愛がっている妹分……いくら見た目が好みだからって、それはない。罪悪感が凄まじくてため息を吐き出して落ち込んでいると、メアリもぽつりと言葉を吐き出した。


「──縛らせくんねェかな、マジで」


 声のトーンがマジだったのと普段聞きなれない口調だったため、おれが驚いて顔を上げると、メアリは両肘をテーブルの上について指を顔の前で組んでいた。その顔は至極真剣、真面目なもので、発せられた言葉とはまるでかみ合っていなかった。そのシリアスともギャグともなんとも形容しがたい馬鹿な様を見せられて、おれはすぐに頭が冷める。馬鹿だ、こいつ。マジな顔をしているメアリの脳天にチョップを噛ます。勿論かなり加減をして、だ。


「いっで! ……暴力反対です〜」

「あのなァ、いい加減にしろよ? ここどこだと思ってんの、食堂だぞ。大体、年頃の子がそんな話していいわけないでしょ」

「食堂で猥談したのは悪かったと思います。でも逆に考えてください。思春期なら仕方ない、と」

「そんなことで許可降りるわけないでしょうが。マジでやめて。……お前がそういうこと言うとおれが怒られるんだからね?」


 どやっと効果音でも出しそうだった顔をしていたメアリはおれの発言にすこし面を食らって、「そうなんですか?」と言った。どうしておれが怒られるのかまったくわからないと言った顔をしていた。メアリは基本的には大人っぽい考え方というか、自己がしっかりと確立しているから、自分の失態は自分が負うべきだと考えてるのかもしれない。先日サカズキとボルサリーノにしこたま追いかけられた話をしようかとも思ったが、それでサカズキたちの印象が下がったら余計に面倒だ。軽く頷けば、メアリはまるで仕事中のような真面目な顔をしてまっすぐにおれを見た。


「わかりました。クザンさんにご迷惑をかけないように気を付けます」

「……うん、まあ、そうしてくれると助かるかな」

「今までご迷惑をかけたようで申し訳ありませんでした」


 そう言ってメアリが綺麗に頭をさげる。なんか、こうも素直に謝られてしまうとおれが悪者みたいだ。これも美少女だからだろうか。おれは苦笑いで逃げるように「仕事戻るか」と呟いた。


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