左手には水がたっぷりの手桶に柄杓(ひしゃく)、右手には淡いピンクとクリーム色の洋花に霞草が添えられた小さな花束が二つ。
右腕にかけた手提げバッグの中には、線香と風防ライター、磨き道具一式が入っていた。

うっそうと生い茂る緑の木々のアーチ…入り口をくぐると、亜樹(あき)は木々に囲まれた墓地の隅っこの、小さな墓を目指す。
季節は夏、八月半ばのうだるような暑さは容赦なく亜樹に襲いかかったけれど、亜樹は静かに微笑んでいた。

中学校時代に一度だけ伸ばして、ばっさり切ってからは二度と伸ばすことのなかったショートカットの髪は、少し明るめの茶色に染めてある。
物心ついた時には既にかけていた眼鏡の縁が、木漏れ日に照らされ少しだけきらりと光った。

「…あーあ、また泥だらけ」

晴海(はるみ)家と彫られた小さな墓には一月の間の雨風にさらされた痕跡がありありと残っていた。
昼前の人気のない墓地で誰にともなくあっけらかんに呟くと、せっせと磨きに取り掛かる。

花筒を取り出し苔を削ぎ、置いてある湯呑みの苔も同じように落とす。
墓石の彫りの部分に溜まった汚れは小さなブラシで磨き、香炉を花筒用のものと同様のブラシで磨くと、最後に墓全体を水に濡らした柔らかな雑巾で何度か拭って土埃を落とした後、乾いた雑巾で仕上げをした。

額に汗をかきながら一連の作業を終えると、ようやく脇に置いておいた花束を一つずつ花筒に入れて水を目一杯注ぎ、持ってきた冷たいお茶を湯呑みになみなみと注ぐ。
手に取った線香に手早く火を点けると、何度か振ってから香炉にそっと横たえ、ゆっくりと両の手のひらを合わせた。



prev next

bkm back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -