誰かの体温がこんなにも安らぐことを、ずっと忘れていた。

久しぶりに夢も見ずにぐっすり眠った。











嵐が去った翌日は、いつも気持ちが良いぐらいの快晴。
カーテンの隙間から射し込む光が朝を教えてくれる。

まだ少し重たい瞼を、何度か瞬きを繰り返してゆっくり開ける。








鼻先10センチの距離にはすやすやと眠るルフィ。




そういえば、私…。




「…ん?もう朝か?」



思考回路が停止したみたいに体が動かなくて固まっていたら、ルフィが突然目を覚ました。
うーんと伸びをしてから、ゴロリと体ごとこちらを向く。

「ナミ、おはよ。」
「お、おはよう…。」


ルフィはニコニコと朝からご機嫌な様子。
私も目を逸らすタイミングを失ってしまって、至近距離で見つめ合う。


何これ?
何か…すごく、変じゃない?

同じ布団で寝て一緒に朝を迎えるなんて順番がおかしいというか、いや順番も何も無いのだけど。

もしかして私、ものすごく、ものすごぉーく恥ずかしいことをしたんじゃ…?



「そういや、船って何時に来るんだ?」
「あ、えーと…12時頃。…いつも時間ピッタリには来ないけど。」
「そっか。」


いきなりムクッと起き上がったルフィが布団から出て、窓の外を見に行く。

「スッゲー良い天気だなぁ。」
「そ、そうね。」

私もゆっくり起き上がって、手櫛で軽く寝癖を整えてから窓に近付く。

「残念だなー。天気悪くて船が来なかったら、また一週間ここに住めるって思ってたんだけどなぁ〜。」

振り向いた笑顔が眩しくて、真っ直ぐ見れない。

「何バカなこと言ってんのよ!アンタみたいに騒がしいヤツに住み着かれたらたまったもんじゃないわっ!」
「ええー。昨日は雷こえーって泣いてたくせによー。」
「なっ、泣いてないわよ!変なこと言わないでよ!!」
「イテッ、すぐ殴るなよなー。」

ルフィの背中をポカポカと叩く。力なんて入れてないんだから痛くないはずなのに、ルフィは大袈裟に騒ぐ。


こんな風にじゃれ合うのも、無くなる。



「じゃ、朝ごはん支度するわね。」
「あ!ナミ、アレ食べたい!甘くて黄色いパン。」
「黄色…ああ、フレンチトーストのこと?卵、あったかな…?」


言いながら冷蔵庫を開ける。
二人分の食事を用意するのもこれで最後なんて…うっかり感傷的になりそうになる。


でも、私もルフィも特別なことは何も言わない。
いつも通りの朝食を、いつも通りにとりとめのない話をしながら、いつも通りに過ごした。


時間は刻々と過ぎていく。















太陽がちょうど真上に昇る頃、二人で波止場に立って船を待っていた。


「他のみんなは?」
「みんなは仕事があるんだって。だから、見送りは私一人だけど我慢して。」
「別に良いよ。お前がいれば。」
「そ、そう…?」

何も考えずに喋っているんだろうけど、ルフィはたまに意味深な言い回しをする。
それに一喜一憂するのも無意味なのに。




遠くに船が見えてきた。



「あ、これ一週間分のお給料。少ないけど。」

ポケットから、封筒に入れておいたお金を取り出す。
ルフィは怪訝な顔をして、それを押し返してきた。

「いらねーよ。家に泊めてもらってメシも食わせてもらったのに。」
「でも、アンタ荷物無くして一文無しでしょ?船だってタダじゃないのよ。ま、交通費で全部消えるだろうけど。」
「じゃあ、もらっとく。悪ぃな。」
「色々と助けてもらったしね。お互い様よ。」


船が近付いてくる。
本当にお別れの時間。


「今度は船から落ちないように気を付けなさいよ。」
「そうだなー。アレはホントに死んだかと思ったなー。でも、お陰でこの島に来れたし結果オーライだ!」
「全くもう…本当に軽いんだから…。ま、私もルフィに会えて良かったわ。中々楽しかった。」
「おう!俺もスゲー楽しかった!」
「変なヤツだけど、アンタのこと嫌いじゃないし。」
「俺も、お前のこと結構好きだぞ。」
「キスの一つぐらいしとけば良かったわね。」
「…あ?」

目を丸くして、予想通りの間抜けな反応に思わず吹き出す。

「ばーか。冗談よ!」
「そうか、ジョーダンか。」
「そうよ。何、本気にして…」
「でも、まあ…しとくか。」
「えっ…!?」


グイっと腕を引き寄せられて、鼻先が触れ合う寸前で咄嗟に目を閉じる。


けれど何も起こらず、恐る恐る目を開けるといたずらっ子の顔をしたルフィと目と目が合った。

「んん、ジョーダンだ。」
「ばっばか!」

距離を取ろうとしたものの、ルフィは腕を離してくれない。


「またな。」


耳元で告げられた言葉は、あまりにも曖昧過ぎる約束。

そんな簡単に会える距離じゃないことはわかってる。

守れない約束なら、最初からしない方が良い。


「…じゃあね。」


ゆっくり離れて、顔を上げる。
向き合ったルフィを見て、初めて顔をちゃんと見たような気がした。


印象的な笑顔を、きっと忘れることはないだろう。



「じゃあな!」


軽やかに身を翻して、船のステップを駆け上がっていく。

デッキから顔を出すと、身を乗り出してこちらに手を振ってきた。

「もうっ、危ないってば!」
「色々ありがとな!元気でなー!」
「わかったから!落ちるわよ!!」



ルフィは見えなくなるまでずっと手を振っていた。

最後まで騒がしくて、最後まで心配で目が離せないやつ。




「…バイバイ。」





船がほとんど見えなくなってから、その場を後にした。












「で、みんなはそこで何をしているの?」

波止場の入り口の岩影に隠れているみんなに声をかける。

「あ、や、これは覗き見してたわけじゃなくて…。」
「やだなぁ。ナッちゃん、気付いてた?」
「それで…それでルフィとは何話したの!?」


みんながアタフタしている中、投げ掛けられた質問で一斉に視線が集まる。


「何って…気を付けて帰えるように言っただけだけど。」
「ルフィは?ルフィは何か言わなかった!?」
「え?元気でなーって言ってたけど。」
「えー!それだけ!?」
「何だよアイツ、それでも男かよー!」

みんなが口々に不満をぶつけてくるけど、何を期待していたんだか。



「ほらほら、みんな仕事の途中でしょ?」

まだ納得いかないような顔をしてるみんなを通り越して、家に向かった。


アイツは元の場所に帰って行った。
私も自分の場所に帰ろう。



でも、その前に少しだけ寄り道をして、診療所に向かう。


中を覗くと、待合室に何人か待っているのが見える。
この島で唯一の診療所だから、ゲンさんはいつも忙しそう。


小さい頃は、こうしてゲンさんが働いてるのを見るのが好きだったな。

中庭のベンチに腰掛けて、ぼんやりと時間を過ごす。

働くのは明日からで良いか。
今日はちょっぴり、感傷に浸りたい。








「何だ…ナミ、来てたのか?」
「あ、ゲンさん。お疲れ様。」


診療を終えたらしいゲンさんが首を回しながらベンチに近付いてきた。

「だいぶ凝ってるみたいね。久しぶりに肩たたきしてあげよっか?」
「おお、お願いしようかな。」


腰掛けたゲンさんの後ろに立って、リズミカルに叩き始める。

トントントントン、会話は無いけど穏やかな時間が心地好い。




「ナミ、この島を出たいか?」
「………え…?」



突然、思いがけない言葉に手が止まる。


「お前は賢い子だ。それにまだ若い。やりたいことだって沢山あるだろう。お前が望めば…」
「や、やめてよ。ゲンさんに追い出されたら…私、住むところ無くなっちゃう…。」

 




いつも、いつも考えていた。
この島の外の世界を。


でも、私のことを大切にしてくれるみんながいるのに、この島を捨てることなんて出来ない。

まだ、恩返しも出来ていないのに。

 

「私はな、お前が悲しい顔をしてそばにいるより、遠く離れていても笑っていてくれる方がいい。みんなもきっと同じ気持ちだ。」
「でも…。」
「今すぐという訳にはいかんだろうし準備もある。時間は無限にある訳じゃない。後悔しない方を選べ。」
「…うん…。」
「なに、島を出てみてやっぱり嫌になったら帰ってくればいい。ただそれだけのことだ。」
「…ありがとう。」

喉の奥がツンと痛い。
鼻をすすると、ゲンさんが笑って肩を震わす。


「泣くことあるか。」
「な、泣いてないわ!」
「そうか、そうか。」
「もー!本当に泣いてないってば!!」



島のみんなを言い訳にしてここから動こうとしない私を、ゲンさんはお見通しだった。

誰かに選択肢を決めてもらえば楽だけど、それは私の人生じゃない。



もっと自由に生きてみよう。

アイツみたいに。




















今日も、風は穏やか。
平和な島にゆったりとした空気が流れる。

浜辺に座って海を眺めて、この島での色々なことを思い出していた。



あれから、1年半が経った。
時間はかかってしまったけど、お金も貯めて準備も整った。


島のみんなに引っ越すことを伝えたら寂しがってくれたけど、それ以上に応援してくれた。
おばあちゃんも、すごく嬉しそうに「ナッちゃんのお手紙待っているよ。」と言ってくれた。


不安はあるけど、離れていてもみんなが応援してくれているから大丈夫。





本島に行ったら、アイツにどこかでバッタリ会ったりするのかな?

なんて、連絡先も知らないし、この1年間半お互いが何をしてるか全く知らない。


思い出は美化されるというし、会わない方が良いこともある。





ふいに波止場の方が騒がしくなる。
定期船が来るだけじゃ、いつもあんなに騒ぐことはないのに珍しく観光客でも来たのだろうか。


立ち上がって手についた砂を払う。
さくさくと砂浜を踏み締めて、波止場に向かった。


そういえば、アイツがこの島に来たときも大騒ぎだったな。
つい思い出し笑いしそうになるのを堪える。



不思議な共同生活。
今でも全部覚えてる。


たったの一週間だったけど、思い出す度に眩しくて、キラキラしてた。



大切な夏の思い出。

今ならわかる。



多分、きっと、恋してた。











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