「何で黙って帰るんだよ。」

私が診療所から帰って15分ぐらい過ぎた頃、不機嫌そうにルフィも帰ってきた。


「何でって…一緒に帰る必要もないでしょ。」

玄関には背を向けたまま出掛ける準備をしながら答える。

「怒ってんのか?」
「別に。」
「…どっか行くのか?」
「配達。」
「じゃあ、俺も。」
「要らない。」

咄嗟に拒否した言葉が強すぎたかもしれないけれど、言い直しはしない。

キョトンと固まっているルフィを素通りして、車に向かった。



「要らないって何でだよ。手伝った方が良いだろ?」
「一人で大丈夫。」

後から付いてくる声を遮って運転席に乗る。
けれど、閉めようとしたドアはルフィに抑えられた。

「お前、やっぱり怒ってるだろ?」
「…怒ってない。」
「じゃあ、何でこっち見ないんだよ。」
「………。」
「足のケガだって治ったばっかだし、俺がいた方が…」
「一人で大丈夫なのっ!」

思わず出た大声に自分でも驚く。

「元々一人でやってたことだもん!どうせアンタはいなくなっちゃうんだし、部外者に手伝ってもらったって意味ないでしょ!!」
「…何だよ、それ。」


怒った時はそんな低い声が出るんだと冷静に考えている自分と、怖くてルフィの顔を見れない自分がいる。

言い過ぎたと後悔してももう遅い。


「じゃあ、勝手にしろ。」

バタンと扉が閉められて、サイドミラーに去っていく後姿が見えた。
 

言い方は悪かったけど間違ってはいない。

居候の間だけと手伝ってもらっている内にいつの間にか甘えて楽することに慣れてた。 
ルフィがいるのが当たり前だなんて思っちゃいけないのに。

 

 

 

 

 

その日から、狭い家の中でルフィとギクシャクしたまま過ごしている。

でもこれで良いんだと思う。別れが寂しいだとかそんな変な感情が生まれる前で良かった。

 

 

 

 


 

 

 

 

ルフィが帰る前の最後の夜、島のみんなが食堂に集まってお別れ会だと食事をふるまってくれた。
大人の人達が宴会をしたいだけにも見えたけど。

みんな、口々に「寂しくなるね。」「また遊びに来いよ。」と惜別の言葉をかける。

ルフィは相変わらず軽いノリで「おう、また来るよ!」とそれに答えていた。

 

夜遅くなっても終わりそうにない宴会にほとほと疲れてきて、一人食堂を後にして近くの海岸に夜風に当たりにいった。

岩場に腰掛けて海を眺める。生ぬるい潮風に、雲行きが少し怪しい。
この島の天気は変わりやすくて、予想もつかない大雨に見舞われることもある。

突然の嵐で週に一回の定期船も中止になることも少なくはない。
明日の天気はどうなるんだろう?



「ナミ、どうしたんだ?こんなところで。」
「…ゲンさん。」


声に振り返ると、いつもはお酒を飲まないゲンさんが珍しく少し顔を赤くしていた。


「ルフィの送別会なのに、お前がいなくて良いのか?」
「別に…私は、騒がしい居候がいなくなって清々するくらいだしっ。」
「ハハハ!そうか、清々か!」

見た目よりも酔っているのかもしれない。豪快に笑い飛ばして私の隣に腰を下ろす。
二人並んで波音を聞いていたら、ゲンさんがふいに口を開いた。


「お前がこの島に来てからもう十年以上経つのか…。」
「どうしたの?いきなり、そんな話して。」
「ナミ…お前は幼い時に母親を亡くしたせいか、周りの大人達に気を遣い我侭を言わない子だったな。泣くことも滅多になかった。寂しいなら寂しいと、悲しいなら悲しいと本音を言っても良いんだぞ。」
「本音も何も、寂しくなんて…ない。」
「…そうか。」

 

そう言うゲンさんの横顔が、何故か寂しく見えた。

 
真っ暗な海を照らしていた月が徐々に黒い雲に覆われていく。
 

 

 




その日は深夜12時を過ぎた頃にやっと宴会もお開きになった。

ルフィと並んで歩く帰り道。二人の間には距離がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、おやすみ。」
「おう。」
 

家に着いて、カーテンで仕切られたそれぞれの空間に入る。
布越しの不思議な共同生活も今日でおしまい。明日からまた部屋を広く使える。

 

「…ナミ、起きてるか?」

布団に入ってしばらくするとルフィが話しかけてきた。
いつもは寝転がると同時に寝息が聞こえてくるぐらい寝つきがいいのに珍しい。

「起きてるけど、どうしたの?」
「ん、呼んだだけだ。」
「そう…。」
 
短い会話の後、また沈黙が訪れる。
窓の外の音に耳を澄ましていると、雨音が聞こえてきた。さっき海岸で見た怪しい雲行きは、やはり大雨を連れてきたらしい。

ザーザーと振り続けている中に、突然辺りが真っ白に光って雷鳴が轟く。
 

「…ひっ!」

思わず出かかった悲鳴を何とか押し殺して布団を頭まで被る。早く鳴り止んでくれないと、隣のルフィに悲鳴を聞かれてしまいそう。
なのに、その努力も虚しく隣から楽しそうな声が聞こえてきた。

「お前、もしかして雷怖いのか?」
「こ、怖いわけないでしょ!バカ言わないでよ!」

布団を被ったまま言い返す。気付いて欲しくないことにはやけに察しが良いのが頭にくる。

「でも、すげービビッてんじゃん。」

その言葉にそろりと布団から顔を覗かせると、カーテンを捲ったルフィがこちらを見ていた。

「ちょっと!カーテン開けないでっていつも言って…」
「一緒に寝てやろうか?」
「はっ!?」
「隣に誰かいた方が怖くねぇだろ?」
「え、ちょ…何言って…」
「俺もガキの頃は寝れねぇ時、そうしてもらってたし。」
「アンタの子供の頃と比べないでよ…って、え、え…え!?」

私の言葉も聞かずに、ルフィが同じ布団に入ってきた。

「ほら、こうしてると怖くねぇだろ?」

そう言って、ぽんぽんと私の背中を優しく叩く。それはまるで子供を寝かしつけるような仕草で。

「…う、うん。怖くない…。」
「だろ?」

確かに怖くはない。でも、怖いとか怖くないとかじゃなくて、心臓がうるさくてそれどころじゃないと言った方が正解。
今が夜で良かった。明るかったら顔が真っ赤になっているのがきっとバレてる。
 

「でも、お前変わってるなー。島育ちなのに雷怖いなんてよ。」
「島育ちは関係ないでしょ!怖いものは怖いのっ!」
「変なやつだなー。」
「私に言わせればアンタの方がよっぽど変だけどね。」
「そうかぁ?」



 不思議と、険悪だった雰囲気(と言っても私が一方的に怒っていただけなのだけど。)は消えていて、気が付けばいつも通りに会話していた。






いつまでも雷が鳴り止む気配はない。

けれど、恐怖心はすっかり何処かへいなくなっていた。


こんな風に誰かの温もりを感じながら眠るのは何年振りだろう。
心臓はまだ少しうるさいけど、私より高めの体温と耳元に聞こえるいつもより落ち着いたトーンの声が心地好い。


ゆったりと波のように誘われる眠気に委ねて、瞳を閉じた。









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