ルフィがこの島に来て、一日二日と経つうちにすっかり島のみんなに馴染んでいた。
あんなに警戒心があったなんて嘘みたいに。

順応性が高いというか、人の懐に飛び込んで行くのが得意というか。
私も三日前に初めて会ったとは思えないぐらい不思議な感じ。


いつも通り、みかん畑の手入れをしているとあちらこちらからルフィにお呼びがかかる。
多少雑なところはあるけれど、力仕事はルフィに頼もうといったところ。

今日も壊れた屋根の修復で、うちの近くに住むおじさんに木材運びを頼まれていた。


「ナッちゃん、ルフィのことちょっと借りても良いか?」
「あ、うん。ここに居ても役に立たないからどうぞ。」
「お前なー、役に立たないとはなんだ。失礼だぞ!」

私の言葉尻を捉えたルフィが不満そうな顔をする。

「だって、アンタって力仕事は役に立つけど、繊細な作業には向いてないじゃない?適材適所ってやつよ。」
「そうか!テキザイテキショか!何かカッコ良いな!」
「べつに誉めてないわよ。」
「ナミ、行ってくるな!」
「はいはい、いってらっしゃい。」

いちいち、騒がしいやつ。
おじさんも苦笑してる。


「いやー、こうして見てるとナッちゃん達は新婚さんみたいだな。」
「え…へっ変なこと言わないでよ!」

おじさんが突拍子もないことを言うから、一気に顔が熱くなる。

「シンコンさん?シンコンさんって何だ?」
「おい、ルフィ…お前腕っぷしは良いのに本当頭弱いな。夫婦のことだよ。」
「そうか、夫婦か!オッチャン、面白ぇこと言うな。」
「だろ?」
「も、もう!バカなこと言ってないで、さっさと行ってきて!!」

二人に背を向けて作業に取り掛かった振りをする。
まるで夫婦みたいだと茶化されるのは、これで何回目になるのか。数えていないけど、本当にやめて欲しい。

「何だ?怒ったのか?ナミのやつ、すぐ怒るんだよなー。」
「ケンカするほど仲が良いってやつだよ。しかし、ルフィは尻に敷かれるタイプだなぁ。」
「尻に敷かれるってどういう意味だ?」
「お前…そろそろ面倒臭いぞ…。」

くだらないやり取りをしながら遠くなっていく声を背中で聞いていた。

二人がいなくなると、突然静かになる。

変なの。今まで一人が当たり前だったのに。


寂しいだとか、そんなのとは違う。
でも、一人の時間はとても静か。




久しぶりの一人きり。
誰にも邪魔されることなく作業に没頭していたから、時間が経つのは意外とあっという間だった。


気がつけば夕方。
空を見上げると、朝は全く気配の無かった暗い雲が広がっていた。
間一髪、洗濯物を取り込んだと同時に雨が降り始めた。

ぽつりぽつりと地面に染みを作るだけの雨は勢いを増してバケツをひっくり返したような豪雨に変わる。


アイツ、傘持って行ってないわよね…。
でも子供じゃあるまいし、迎えに行くなんて。それに、傘ならおじさんが貸してくれるだろうし。
すぐ近くの歩いて10分のところだし。
















けれど、手には傘を持って家を出ていた。

いくら何でも遅すぎる。
もしかしたら、頭悪いから迷子になったのかもしれないし。


いつもなら何てことない道のりも、足元の泥濘と視界の悪さで中々進めない。
転ばないように足元だけを見て慎重に歩く。


傘の意味がないぐらい濡れてきた頃、向こうから歩いてくる足が見えた。



「ナミ!お前、何してんだ?」
「ルフィ…。」


顔を上げると、大きな傘を差したルフィがこちらに近付く。


「何って…アンタが遅いから。」
「あ?ああ、手伝ってる時に転んで泥だらけになっちまって、オッチャンちで風呂入ってけって言われてよ。でも、こーんな雨だから意味無かったなぁ。」
「そう、なんだ。」
「もしかして迎えに来てくれたのか?」
「…そ、そんなわけないでしょ!たまたまこっちの方向に用があったの。」
「何の?」
「忘れた。さっさと帰るわよ。」

踵を返して今来た道をまた戻る。
心配して損した。遅くなるなら連絡ぐらいしてくれたって……なんて、家族でもないのにする必要もないか…。

「なあ、ホントは迎えに来てくれたんだろ?」

小走りで隣に来たルフィが私の顔を覗き込む。

「違うって言ってるでしょ。」
「うそだー。俺のこと心配してたのか?」
「だから違うって……きゃあっ!」


足を速めようとした途端、泥濘に足をとられて前のめりに思いっきり転んでしまった。


「イッター!もう最悪!!」


服も顔も雨と泥でグチャグチャ。

「おい、お前何やってんだよ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ。」
「すげー転び方したなー。」


しゃがんで視線を合わせたルフィが自分のTシャツの裾で私の顔を拭う。やけに楽しそうに。

「何笑ってんのよ。」
「お前って面白いな。」
「何にも面白くないわよ。」
「帰ったらすぐ風呂だな。ほら、立てるか?」
「っ痛…!」

差し出されたルフィの手をとって立ち上がろうとすると、左の足首に激痛が走る。
さっき転んだ時に捻ってしまったみたい。

「最悪…。」
「仕方ねぇなー。ほら。」

ルフィが私に背中を向ける。

「…何?」
「おぶってくから乗れよ。」
「いっ良いわよ!大丈夫!肩貸してくれれば歩けるし!!」
「そんなん面倒臭ぇだろ。」
「そ、それにアンタ折角お風呂入ったのにまた泥だらけになるわよ。」
「そんなこと言ってる場合かよ。大人しくおんぶされねぇと置いてくぞ。」
「そんな……じゃ、じゃあ…。」

ずぶ濡れのままおぶさるのは抵抗があったけど、ルフィの言う通りそんなことを気にしている場合でもなく、体重を預けた。


お風呂上がりだからか、元々の体温か、じんわりと暖かいものが背中から伝わってくる。

ルフィの代わりに私が傘を持って、二人の上に差す。

「この傘一人じゃデカいけど二人だとちょうど良いな。」
「…そうね。」

 髪からほのかに香るシャンプーの匂い。
もし、兄弟がいたらこんな感じなのかも…。

でも、兄弟だったらきっとこんなに心臓はうるさくない。















家に着くと、ルフィは私の家ではなくゲンさんの家に近付いていく。

着くと同時にドンドンドアを叩き出した。

「おーい!カラカラのおっちゃん、帰ってきてるかー!ナミがケガしたんだ。見てくれー。」
「ちょ、ちょっと…。」

止める間もなく血相を変えたゲンさんが飛び出してきた。

「ど、どうしたんだ!?」
「おー、ナミがドン臭く転んでよー。足捻ったみたいなんだ。」
「ドン臭いは余計っ!」

頭を叩くとパシッと良い音がした。

「取り敢えず、まずは風呂に入れ…。二人とも泥だらけじゃないか。」

確かにまずは体をスッキリさせたい。
ゲンさんの言う通り、先にお風呂を借りることにした。

壁伝いに片足でケンケンしながら、お風呂場に向かう。


「大丈夫か?風呂入んの手伝うか?」
「ばっ、ばか!要らないわよ!一人で大丈夫っ!」
「キサマ、抜け抜けと…!私の目が黒いうちはナミに指一本触れさせんぞ!!」
「何でそんな怒んだよー。大変そうだから聞いただけだろー?それにもうおんぶしたんだから、指一本以上触ってるぞ。」
「そ、それとこれとは話が別だ!!ナミを守るのがお前の仕事だ!」
「おう!任せとけ!」
「そうやって軽いノリで返事をするな!!」
「なんだよー。結局何しても怒るのか?」



何なの?ルフィってどういう感覚してるの?


頬が熱くなるのを感じながら、思い通りに動かない体で何とかお風呂場に急いだ。






















翌日には私がケガしたと(と言うほど大袈裟なものではないのに)島中に知れ渡っていて、朝から来客が耐えない。

大丈夫かと様子を見に来るだけではなく、大変だろうと食事を持ってきてくれたり、頼んでもないのに掃除・洗濯までしていく始末。

ゲンさん曰く軽い捻挫で一日安静にしてれば良いとのことだったのに。

夕飯時になり、やっと来客も落ち着いてくる。


「この島、みんな良いヤツばっかりだな!」

たくさんの料理を目の前にしてルフィは上機嫌だ。

「アンタにとっては、ご飯くれればみんな良い人なんでしょ?」
「それは違うぞ。」
「そうなの?」
「みーんな、ナミのことが大好きなのがスゲーわかる。良いヤツらばっかりだ。」
「…うん、みんな優しい。本当に感謝してる。」
「良い島だな!」
「うん、私もそう思う。この島が大好き。」
「そうか!」


しししと、ルフィが嬉しそうに笑う。
その笑顔が何故か寂しく感じる。


ルフィも、この島のことを好きになってくれたら…。






数日後には、迎えの船が来る。
















一夜明けて、足の痛みはすっかり引いていたけど、念のためとゲンさんに診てもらうことになっていた。

出掛けようとするとルフィが先に玄関に出て、私をおぶろうとしゃがんで準備をする。

「いいわよ。もう普通に歩けるし。」
「ダメだ。俺がカラカラのおっちゃんに怒られちまう。」


何故か、ルフィにとってゲンさんの言うことは絶対みたいで、私に関して過保護になりつつある。

どんなに揉めてもルフィが折れないことは想像つくから、大人しくおんぶされることにした。

身長はそんな変わらないくせに、意外にガッシリした背中は乗り心地がいい。
…クセになりそうで、少し困る。







ゲンさんの診察を終えて、トイレを借りてから帰ろうとするとルフィとゲンさんの姿が無い。
診療所の中に気配が無くて、中庭に向かうと二人で並んでベンチに腰掛けている後ろ姿が見えた。





「…お前、ナミのことはどう思ってるんだ?」
「どうって?ナミはナミだぞ。」


声をかける寸前に、とんでもない会話が聞こえてきて慌てて壁の後ろに隠れる。

ちょっと、ゲンさん何聞いてるのよ…。


「私はナミの幸せが一番だ。ナミのことを泣かせるヤツは誰であろうと許さん。」
「おっちゃん、ナミのこと大切なんだな。」
「当たり前だ!あの子は私の娘も同然だ。あの子を嫁に行かせるなら、私が認めたヤツ以外はダメだ。」
「ふーん。」
「お前は、私が見る限り中々骨のある男だ。この島に住んだらどうだ?」


な、な、何を言ってるの!?
嫁とか何も聞いてないし!何勝手に話を進めてるのよ!


ルフィの答えを聞きたくないような気もするのに足がその場から離れない。
息を飲んで耳を澄ます。



「…俺は、この島には住めねぇよ。」
「何故だ?」
「そりゃあ…。」



その後は聞かずに診療所を後にした。
一人で帰れるし。一緒に帰ろうなんて約束してないし。


わかってたことだったけど。


別に傷付いてなんかいない。

告白しても無いのに振られたみたいになってるのが気に食わないだけ。


何よ、アイツ…。
この島はみんな良いヤツだとか言っておきながら、ただの観光客気分じゃない。

そりゃ…本島に住んでる人にとったらこんな不便な島、住みたくないに決まってる。


ガッカリした気がするのは、ルフィがいなくなったら島のみんなが寂しくなるだろうから。



ただ、それだけ。








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