窓から射し込む光。
目覚まし時計はまだ鳴ってないけど何時だろう?

よく寝た気もするし、あんまり寝られなかった感じもする。昨日は何だか色々大変だったな…何があったんだっけ?


近くで私を呼ぶ声がする。

…男の子の声。


寝惚け頭が一気に吹き飛ぶ。
そう言えば、アイツが隣に寝てるんだった!


パッと目を開けると、カーテンの向こうで私を呼んでいると思っていた声は予想よりも近く、というか目の前にいた。


「ナミー。起きろよー。俺、腹減って死にそうだー。」

「きっ、きゃあああああ!!!」














小さなキッキンで、トーストとサラダ、簡単な朝食を用意してカーテンの向こう側に運ぶ。
一つしかないローテーブルがルフィの方にあるから、私もそこで朝食をとることにして、私にはお気に入りの紅茶、ルフィには牛乳を。牛乳な何となくコイツが好きそうなイメージだから。


もくもくと食べるルフィの頬には、私の手形の痕が赤々と残っている。


「アンタね、こっち側に入ってくるなって昨日言ったばっかでしょ!」
 
私もテーブルについて、頬張るルフィを睨みつける。
 
「俺は腹が減って死にそうだったんだ!キンキュー時だぞ。」
「それぐらいで死なないわよ。バカね。」
「それにしても、あのカラカラのおっさん血相変えて飛んできて面白かったなぁ〜。」
「何っにも面白くないっ!あの後、ゲンさん説得するの大変だったんだからね。アンタ、ゲンさんに追い出されたら本当に野宿よ。」
 
自分の置かれている立場をわかっていないのか呑気過ぎて、こっちが心配になる。
パジャマが無いからという理由で上半身は裸だし、頭に血が上ったゲンさんを宥めるのは本当に大変だった。
何とか落ち着かせて、ゲンさんの洋服とパジャマを貸してもらえたけど。
 
「大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃないわよ。」
「だって、ナミがまたかばってくれんだろ?」
「…え?」
「さっきも、俺を追い出さないでくれってお願いしてくれたもんなー。」
「そっ、それはたまたま!次はかばってあげないからね!」
「えー!」
「えーじゃないわよ。食べたらとっとと働くっ!」
 
 
空っぽになった食器を片付けて、自分の方のスペースに戻る。何だか顔が熱い。
 
 
「私、着替えるからカーテン開けないでね。アンタもさっさと出掛ける準備して。ゲンさんの服、そこに置いてあるから。」
「おう!」
 
何がそんなに楽しいのか、変な鼻歌が聞こえてくる。
朝がこんなに騒がしいのは、本当に久しぶり。
 
うるさいし、疲れるけど…まぁ悪くは無いかな。
 
パジャマ用のTシャツを脱ぎ捨てて、洋服ダンスを開ける。作業するだけなんだから服なんか動き易ければどうでもいいはずなのに、何故か選んでいる自分がいる。
 
 
「おい、ナミー。カラカラのおっさんの服ダセェぞ。」
「うっさい。貸してもらってる立場で文句言わな…。」
 
声の方を向くと、カーテンからひょっこり顔を出してるルフィと目と目が合った。
 
「何だ、お前まだ服着てねーのか。」
「……カーテン開けるなって言っただろっ!!!」
 
 
バシーンと気持ち良いほどの音とともに、ルフィの反対側の頬にまたひとつ私の手形が出来た。
 
 
 
 
 
 
 
「まったく、油断も隙もないんだから。」
「いってぇ〜。お前、すぐ殴るなよなー。」
「アンタが悪いっ!」
 
とりあえず身支度を終えて、配達の準備をする。
昨日、収穫しておいたみかんを今日は島に一つしかない青果店と、小学校、足の悪いおばあちゃんの家まで運ぶ予定。
みかんがたくさん詰まった段ボールを軽トラックに積むのが、また一苦労。
 
だけど、今日は男手はいるお陰で本当にスムーズ。
あまり期待はしていなかったけど、力持ちだし意外と役に立つかも。
 
「お前、運転できるのか。スゲーなぁ。」
 
助手席に座ったルフィが、窓からの景色に飽きてきた頃話しかけてきた。
 
「この島は電車もバスもないから、車がないと不便だしね。アンタは?免許持ってないの?」
「俺、まだ免許とれねーもん。」
「そういえば、何歳なの?」
「17だ。」
「ふーん、私と一つしか変わらないのね。」
 
免許持ってないの?と聞いておきながら中学生ぐらいだと思っていたのは言わないでおいた。
 
 
 
最後の配達先は、おばあちゃんの家。
本当のおばあちゃんじゃないけど、私を本当の孫みたいに可愛がってくれている。
 
 
片道30分の道のりでルフィと色んなことを話した。
 
高校最後の夏休みを利用して一人旅に出たこと。
 
あまりにもサラッと言うから驚いたけど、物心ついた時には両親はおらず施設で育ったこと。
今は高校の寮で暮らしていること。
 
高校には仲の良い友達がたくさんいること。
 
血は繋がっていないけど、大好きなお兄ちゃんが二人いること。
 
 
どんなことでも面白おかしく話すから、つい惹きこまれて、私もその思い出の中にいる気分を味わえた。
この島には中学校までしかないから、高校がどんなところかは知らない。
 
きっと大きな街は中学校も、この島とは全然違うんだろうな。
 
 
「…学校、楽しい?」
「スゲー楽しい!勉強はつまんないけどなぁ〜。」
「そっか…いいなぁ。」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何でもない。」
 
時折、この島を出たらどんな世界が待っているんだろうと想像することがある。
それは想像だけで終わるのだけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おばーちゃーん!みかん持って来たわよー!」
「あら、ナッちゃん。待ってたよ。暑いのにご苦労様。」
 
 
おばあちゃんは、いつも手作りのおやつを用意してくれていて、それが格別に美味しい。
ついつい話も弾んじゃって長居してしまう。
 
縁側に座って、こうやってのんびりするのが週に一回の私の楽しみ。
 
なのに、ルフィときたら、さっきから話もせずにガツガツ食べてるだけ。
 
「アンタねぇ、少しは遠慮しなさいよ。」
「いいのよ。食べてもらうために作ったんだから。もっと食べる?」
「食う!スゲーなぁ。ばーちゃん、これスゲーうまいぞ!」
「だから遠慮しろっつーの!」
「イテッ。」
 
ルフィの頭を軽くはたく。
その様子をおばあちゃんは楽しそうに見ていて、何だろう…何だかすごく、くすぐったい。
 
 
 
「あ、そうそう。さっきね、野菜も届けてもらったんだけど、ナッちゃん少し持って行って。」
「えっ!そんないいわよ。おばあちゃん、買い物大変でしょう?」
「私一人じゃ食べきれないから持って行ってくれた方が助かるのよ。それに、ナッちゃんの旦那さんはたくさん食べるみたいだからねぇ。」
「おっ!いいのか。ばーちゃん、サンキューな!」
「なっ、ばっ、ち、違うわよ!おばあちゃん、コイツはただの居候!私、結婚してないから!アンタも否定しろっ!」
 
 
慌ててるのは何故か私一人で、ルフィはずっと食べ物に夢中。本当に何考えてるんだか。
 
 
「あら、違うの?お似合いだから私はてっきり…。」
「全っ然、お似合いじゃないわよ!」
「そうなの?私は、ナッちゃんがこの島でお婿さん見つけてくれたらそんな幸せなことはないと思っていたのよ。」
 
 
おばあちゃんには娘がいたけど、随分昔にこの島を出てお嫁に行ってしまったらしい。
もう何年も会っていないとか。
 
いつも明るく振舞っているけど、寂しいんだろうな。
 
 
「…大丈夫よ。私はこの島にずっといるから。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気が付けば、いつもより随分長居をしていた。
結局、野菜を少し分けてもらって帰ることにした。
 
 
 
「なあ。お前、ずっとこの島にいるのか?」
 
 
走り出して五分ぐらい経った時、ルフィがふいにそんなことを口にした。
 
「そうよ。この島を出るつもりはないわ。」
「…そっか。」
 
 
帰りの車の中は、行きと違ってとても静かだ。
 
 
 
あっち側とこっち側。
ルフィと私の間には見えない境界線がある。
 
 
そんな気がした。









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