「結婚おめでとー!!」

今日で何回目になるかわからない掛け声でグラスが高々とかわされる。

私の婚約祝いと言って、会社の同期の女の子達と3人で飲みに来ている。
金曜日ということもあって、場所を二件目に移して、朝まで飲むつもりだろうか。帰る気配もない。


「結婚って、まだ婚約しただけで何も決まってないって言ってるでしょ?」
「でも、もうその内でしょ?」
「ねえねえ、婚約指輪見せて!」
「すっご!こんな大きいダイヤ、高そう…。」
「いいなぁ。あんな条件のいい男、滅多にいないよ。」


口々にお祝いと羨望の言葉が投げ掛けられる。

羨望の対象は私の婚約者。
そう、条件が良い。


大学卒業後に今の会社に入って5年経つ。
2つ上の先輩と付き合って3年目に婚約をした。

成績優秀で人望も厚く営業部のエース。
真面目と誠実さだけが取り柄のような人で、浮気の心配もまず無い。
すらりと背が高く、整った顔立ちで、女子社員にも人気があった。

別に見た目はそれほど重要じゃないけれど、良いに越したことはない。

実家もかなりの資産家で会社を経営している。
ゆくゆくは今の会社を辞めて、そちらを継ぐことになるだろう所謂御曹司。


母親に婚約を伝えた時は、まさかアンタが玉の輿に乗るなんてとえらく驚かれたけど、これで安心できると心から喜んでくれた。


私は、母子家庭で育った。父親の顔は知らない。
小さい頃から贅沢なんて出来る環境でなくて、色々と子供ながらに我慢することも多かった。

勿論、女手一つで大学まで行かせてくれた母には感謝しているし、尊敬もしている。

でも、母の苦労を見てきたからこそ、貧乏にだけはなりたくない。

それは小さい頃から決めていた。
将来なりたいものなんて特に無かったけど、それだけを原動力に今までやってきた。


だから、この決断は間違っていないと思うし、満足もしている。





「結婚したら遊べなくなるから今のうちに遊んでおかないとね!」


そんな、悪友とも言える同期達の誘いで連れて来られた二件目は最近人気のクラブ。


広めの店内、中二階のテーブル席からは全体が見渡せた。


会話を聞き流しながら目線を泳がせていると、特に目立っていたわけでは無いけれど、カウンターで話しているカップルに目が止まる。
一階のカウンターの会話は勿論こちらまで聞こえない。


彼女の方が詰めよって何か言っている。
彼氏の方が何か二言三言答えると、突然泣き出してお店から飛び出して行ってしまった。


残された男は特に慌てる素振りもなく、飲み直して追い掛けようともしない。


うわっ、最低…。



じっと見すぎていたせいで、その男がこちらを見上げた瞬間にばっちり目と目が合ってしまった。

私と目が合って、一瞬キョトンとしたものの何故か笑顔で手を振ってきた。

後ろを振り返ってみたけどそれに応えてる人は一人もいなくて、どうやら彼は私に手を振っているのは間違いないようだ。


それには無視をして、同期達の会話に戻った。

随分と軽そうな男。





「ねえ、先輩に合コンのセッティング頼んでよ。」
「社長の息子じゃなくても良いからさー。」
「一応、言ってみるけど…期待しないでよ。」
「ナミ様、ステキ!」
「よろしくねー!」

毎回と言って良いほどのリクエストに辟易としていたけど、まあ言ってみるだけなら別に良いだろう。

「私、ちょっとトイレ行ってくる。」
「あー、トイレなら一階の奥ね。」


階段を降りる足がフワフワする。少し飲み過ぎたかもしれない。


トイレから出て、カウンターを見るともうあの男は居なかった。
まあ、一人で飲んでてもつまらないし帰ったんだろうな。

私には関係のないことだけど。



階段を昇ってテーブルに戻ろうとすると何故か人数が増えている。
躊躇ってたちすくんでいたら、同期の一人が気付いてこちらを振り向いた。

「あ、ナミー!この人達が一緒に飲みましょうだってー。」

ヒラヒラと嬉しそうに手を振って私を呼ぶ。


知らない男の人達が3人。

中には、あのカウンターの男がいた。
いや、男というよりも…子供?

遠目で見ていた時とは随分印象が違う。この場に不釣り合いな幼さ。
大学生、まさか高校生とかじゃないわよね?

そして、見た目の幼さに反してかなり物騒な左目の下の大きな傷が特徴的。


「何だお前?俺の顔に何かついてるか?」
「おい、ルフィ!初対面のレディーに向かってお前ってなんだよ。あ、ごめんね。コイツ、口は悪いんだけど悪気は無いんだ。」
「いえ、大丈夫…です。」


ルフィと、仲裁に入ってくれた金髪の愛想の良い人はサンジ君と言うらしい。
三人目はかなり無愛想に無言でお酒を飲み続けている。ゾロと呼ばれていたから、それが愛称か名前か。


「いやー、もう野郎ばっかで飲んでても退屈でさー!そしたら、こんな美人揃い見つけちゃって、今日の俺すげーラッキーって思って、ついつい声かけちゃったんだよねー。」
「美人揃いだってー。」
「調子良いよねー。」
「いやいや、ホントにそう思ってるって!」


サンジ君と同期達はすっかり意気投合して盛り上がっている。

ルフィは「まあ、人数は多い方が楽しいしな。」と単なるバカ騒ぎが好きみたいで、ゾロは「酒さえ飲めりゃ、こんなうるせぇ場所じゃなくても良いんだ。」と乗り気じゃないながらも話し掛ければ、ちゃんと答えてくれる。

悪い人達じゃないんだろうけど、変な人達…。






そんな不思議な組み合わせで飲みながらそれなりに会話も楽しんでいた。
と言っても、ほぼサンジ君が盛り上げてくれていたんだけど。


ふいに視線に気付いて横を向くと、隣に座るルフィが至近距離で私をじっと見ている。

「何?」
「何が?」
「私のことずっと見てるから。」
「見ちゃ悪いのか?」
「悪いとか悪くないとかじゃなくて…。」

「あっ、何?何?もしかしてルフィ君ってナミ狙い?」
「残念っ!この子は婚約者がいるから手を出さないでね。」
「えー!ナミさん、彼氏いるの?!」

向かいの席から同期達が茶化してくるのと同時にサンジ君が絶叫する。

「なんか問題あんのか?」

ルフィは心底不思議というように聞き返す。
同期達は一瞬呆気にとられてから

「問題?んー、無い無い!」
「バレなきゃいっか。」

と、だいぶお酒が回って酔っ払っているらしく、かなり無責任なことを言ってくれる。

そんなことよりも、ルフィの軽率さ。

彼女が泣いて帰った後に男友達と飲み直してナンパまでするぐらいなんだから、婚約者がいるかいないかも大した問題じゃないんだろう。
やっぱり第一印象通りの軽い男みたい。

関わってはいけないと私の中の危険信号が鳴る。


「お前って変なヤツだよなー。」
「はぁ?」


突然脈絡も無く失礼な発言をするルフィに思わず眉をしかめる。

「おいルフィ、何言ってんだよ。ナミさん、ごめんね。」
「だって変なヤツだろ?」

サンジ君の制止も聞かずに突っかかってくる。

「変って私のどこが変なのよ?」
「だって、お前さっきからずっと退屈そうにしてんのな。」
「なっ、」
「テキトーにしゃべって、腹の中では違うこと考えてんだろ?いつもそんな…イテッ」

ゴツンと、ゾロがルフィの正面の席からゲンコツをして黙らせた。

「飲みすぎだ、アホ。」
「いってぇなあ!いきなり殴んなよー。」
「お前が悪い。」

ルフィは口を尖らせてぶーぶー文句を言ったけど、すぐに機嫌を直して、何もなかったみたいにみんなとケラケラ笑いながら話している。

どっちが変なヤツなんだか…。

もう関わるのはよそう。

どの道、この場を楽しむだけの一夜限りの相手だ。
そんなヤツに何言われたって、いちいち腹を立てるだけ無駄だ。


今日限り、会うこともない。



そう思っていた。






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