いつからだろう?
ナミのことがすげー大切で、俺にとって「守りたいやつ」になったのは。
物心ついた頃から一緒にいて、隣にいることが当たり前だった。
ナミはずっと俺のそばにいるものだと思ってた。
なのに、1コ年上ってだけでどんどん俺の先を行って、俺から離れて行こうとする。
アイツが中学校入る前に、俺に新しい制服を見せにきたことがあった。
俺はすげー焦った。
何か知らないけど、ナミが知らないヤツみたいに大人に見えて、すげー焦った。
ナミを誰にも取られたくなくて、独り占めしたくて、ガキの思い付きで衝動に任せてキスをした。
キスなんて呼べたもんじゃない。力任せに唇をぶつけただけだったけど。
ナミとキスする度に、腹の中から体中がポカポカするみたいな暖かい気持ちと、もし他にもナミにキスする奴がいたらと想像するだけで、そいつをぶん殴ってやりたくなるような苛立ちがごちゃ混ぜになってわき上がってくる。
ナミを独り占めする方法をずっと考えてた。
もし俺が「好きだ」って言ったらどうなるんだろう?
もし俺たちが付き合ったらどうなるんだろう?
高校生になってクラスの奴らが付き合ったり別れたりしてるの見て思ったんだ。
付き合ったら、いつか終わりがくるって。
だったら、俺は今のままでいいと思った。
俺の幼なじみはナミだけ。
ナミの幼なじみは俺だけ。
付き合うよりも、そっちの方がよっぽど特別な気がした。
でも、それは俺の傲慢な思い込みに過ぎなかった。
先週の金曜日。
バイトも無いし、学校が終わったらナミんちに行こうかななんて考えてたら彼女からメールが来た。
気が乗らないけど取り敢えず予定も無いし会うことにした。テキトーに街をブラブラしながら、どっか食べに行こうと信号待ちしながら話してたら、後ろの方でナミの声が聞こえた気がした。
まさかなと思いつつも振り返ると、ナミが隣にいる男に何か言って走り去ってくのだけが見えた。
目の前の一瞬の出来事が理解できなかった。
何だよ、ナミの奴…彼氏なんかいないって言ってたのに。その男は誰なんだよ?
何でお前が泣きそうな顔して走って行ったのに、その男は追いかけねぇんだよ?
対象のわからない怒りがこみ上げてきた、信号が変わったのにも気づかないて立ち尽くしていた。
彼女が「行こう」と俺の腕を引っ張る。
まん丸くてデッカい目が俺を見つめる。
その時初めて、俺は今までの全部が間違っていたことに気づいたんだ。
「ごめん、俺、お前と別れる。」
俺の言ったことがまるで聞こえなかったみたいにキョトンとしている彼女を置き去りにして俺はナミの後を追った。
涙声で俺を呼ぶ声が聞こえたけど。
ごめんな、悪いことしたとも可哀想だとも、何とも思わないんだ。
ナミんちに着くと、あいつは部屋を真っ暗にしてベッドに潜り込んでいた。
「ナミ、起きてんだろ?」
あの男に腹が立ってんのか、何も言おうとしないナミに腹が立ってんのか自分でもよくわからない。
無理矢理、布団をひっぺがすと、さっきの泣きそうなナミはいなくて、怪訝そうに俺をじっと見る。
得体の知れない焦りと、不安を打ち消したくて、いつものようにナミにキスをしようとした。
ナミはあからさまにビクッと体を震わせて顔を背けた。
何でだよ。
何で、そんな怯えたみたいな態度とるんだよ。
俺はそれに気づかないふりをして押さえつけて力任せにキスをした。
あの頃と何一つ変わってない。
俺はガキの頃のまんまだ。
キスして俺のものになるわけでもないのに、それしか思いつかないんだ。
それ以来、ナミに会ってない。会わせる顔がねぇ。
一週間もナミに会わないなんていつ振りだろう?
考えても思い出せないぐらいだ。
ナミの顔を見てないでけで毎日が全然面白くない。
今日も学校の奴らと飲みに行ってたけど、いつもみたいに騒げない自分がいて途中で抜けてきた。
酒に強いわけでもないのに、悪酔いしただけだ。カッコ悪ィ。
ナミに会いてぇな。
そんなこと考えてたら勝手に足はナミの家に向かってた。
足はフラフラするし、頭はフラフラするけど、今ならナミと普通に話せる気がした。
ケータイの時計は22:56。
まだ起きてるだろう。
いつも通り、勝手に玄関の鍵を開けて入る。
いつも通り「ナミー!」って呼びながら部屋のドアを開けた。
部屋には風呂上がりの、Tシャツに短パンの薄着のナミがいた。
ナミは一瞬だけ、すごく驚いたみたいな困ったみたいな顔に見えたけど、それはすぐに消えて無表情になった。
部屋の中に流れる嫌な空気に俺は気付かないフリをする。
ナミはソファに座って雑誌を読んだまま、俺に目もくれずに「何しに来たの?」と聞く。
俺はその隣に座って「別に。」と答える。
改めてナミの横顔を見つめる。
こいつって可愛い顔してるんだな…。
そんな風に思って、吸い込まれるように唇を寄せたら、予想以上に強い力ではね除けられた。
「…何すんだよ。」
「こっちのセリフよ。私はもうあんたとはキスしないの。」
「何で?」
「何でも。」
「嫌だ。」
ナミの腰に手を回して力づくで抱き寄せる。石鹸の匂いとナミの匂い、二つが混ざってたまらなく甘い匂いが鼻孔をくすぐる。我慢ができなくなって首筋に吸い付いた。
「や、やだ!アンタ、お酒臭い!酔ってんの?」
確かに俺は酔ってたんだと思う。
ナミが俺の腕の中でジタバタ暴れるけど、女の力なんて痛くもかゆくもない。
首筋からそのまま唇に移動させようとしたら、ナミがさっきよりもハッキリと「私はもうルフィとはキスしないって決めたの!」と叫んだ。
正面からナミの顔を覗き込むと今にも泣き出しそうな顔をしてた。
「私は、もうアンタとはキスしないの。」
「何で?」
同じやり取りの繰り返し。
「ナミ…。」
「彼女がいるアンタとはキスしないの。」
「彼女なんかいない。」
「えっ…。」
ナミの瞳が揺れた。
「もう別れた。」
「どうし…、」
最後まで言い切らせずに、その唇を塞いでやった。
大人しくなったナミをソファに押し倒す。
ナミは抵抗しなかった。
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