「ナミー!」
ノックも無しに部屋のドアを開けて入って来る失礼なこの男はルフィ。
お隣に住む1つ年下の幼馴染み。
「今日は何の用?」
「別に用は無いぞ。」
「そ。」
いつものことだから驚きもしない。
お風呂上がりの、ベッドで雑誌を眺めながらくつろいでいるこの時間にルフィはやってくる。
本人の言う通り何の目的も用もない暇つぶしなんだろう。
私の眺めている雑誌を覗き込んできたり、CDを漁って見たり、意味もわかるはずないのに小説を読んでみたりと、一頻りお年頃の女の子の部屋を物色してから、その日あった出来事を面白可笑しく話す。
私は、そんな時間が嫌いじゃない。
でもそんな時間はいつもルフィの携帯電話の着信音で終わる。
交友関係の広いルフィの電話はいつも鳴っている。朝でも、昼でも、夜でも。
そして大体この時間にかかってくる相手は想像がつく。
「おー。んー、明日ー?別にいいけどよ。んー、わかった。じゃあなー。」
「彼女?」
ルフィが電話を切ると同時に、答えがわかっている質問を投げかける。
「うん。」
「この前言ってたバイト先の先輩?」
「あー、アイツはもう別れた。今は大学の後輩。」
「へー、そう。」
いつも「ナミ、ナミ」と私の後を付いてきた幼馴染みは高校に入ったころからいきなりグングンと背が伸びていつの間にか男らしくなっていた。
モテ始めた途端に彼女を取っ替え引っ替えだなんて、良いご身分だこと。
「何で別れたの?」
「俺って『アイノナイ男』なんだって。あっちから別れたいって言ってきたのに、また会いたいとか言うから面倒臭ぇよな。」
「そうねー。」
「お前、ヒトゴトだと思って笑ってるだろー?」
「だって他人事だもの。」
むくれているルフィが可笑しくて、つい吹き出してしまう。中身は子供のままなのよね。
「そんなヤツにはこうだー!」
「やだ!ちょっと、やめてよ。くすぐった…っアハハ、やめてって…!」
ルフィの脇腹くすぐり攻撃に私は降参の声を上げる。長年の付き合いだけあって弱点はバレている。
「もうっ、折角お風呂入ったの汗かいちゃうでしょ!」
「何だよ、ナミのバーカ!」
「うっさい!こんなことしてないで早く寝なきゃ。私、明日学校あるの。アンタも1限からあるんでしょ?」
「いいよー、サボるし。」
「それはダメ。サボりなんて許さないわよ。」
「ちぇー、つまんねぇの。」
「わかったら大人しく自分の部屋に帰りなさい。」
しっしっと手で追い払ってからドアを指差す。
「ハイ、ワカリマシタ。」
ルフィがトボトボと部屋の出口に向かう。その後ろ姿が叱られた子犬みたいで少し可愛い。一緒にいる時間が長過ぎて、幼馴染みというよりは弟という感覚だ。
「あ。」
「え?」
ドアノブに手をかけたルフィは何かを思い出したように戻ってきた。
「おやすみ、ナミ。」
それは、軽く音を立てて唇に落とされたキス。
「おやすみ、ルフィ。」
私もそう言っておでこにキスをしてあげると、ルフィは満足そうにニッコリ笑って部屋から出て行った。
私達の間ではいつも当たり前のように交わされる日常のキス。
私達はただ、何となくキスをする。今みたいにおやすみ前や、さっきみたいにじゃれている時だってあるし、一緒に部屋でテレビを見てる時に、ふいに目が合ってすることもある。
一度だけ聞いたことがある。
「彼女いるくせに、他の女の子とキスなんかしていいの?」
ルフィは、平然と言ってのけた。
「ナミだからいいだろ。」
幼馴染みとのキスは浮気にカウントされないなんて、随分と身勝手で都合の良いルールね。
恋愛感情がないからできるキス。
恋愛感情がないから許されるキス。
だから、言えない。
私の、この気持ちは、絶対に、ひみつ。
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