出会った時から、こうなることはきっと予感していたんだと思う。


彼に出会って、
当たり前のように急速に惹かれていった。



それでも自分の気持ちに気付かないふりをしてきた。

好きになっちゃいけない。
そう言い聞かせて。



私の、この気持ちはきっと重荷になる。
夢の邪魔をしちゃいけない。

私は「仲間」でいい。
そばにいられれば、それだけで充分。それだけで幸せ。




そんなのは、ただの臆病者の言い訳。



言わないんじゃない。
言えないだけ。



こんな風に誰かを好きになるのは生まれて初めてで、誰にも言えなくて、苦しかった。




このまま気付かないふりをしていればそのうちに想いは風化して、いつか消えてなくなる感情だと思っていたのに。


時間が経てば経つほど、傷口から化膿していくみたいに、私の中の感情は肥大していく一方だ。




こんな状態をいつまでも続けていられるわけがなくて。


ヒビの入ったグラスみたいに、ポツリポツリと流れ出る。

そして、そのグラスが割れた時、溢れ出した感情は二度と元には戻らない。

















その日は、月が本当に綺麗で。
それだけで何故かちょっとだけ、そう、ちょっとだけ気分が良かったから、お風呂上がりにキッチンを漁っているルフィを見つけても大目に見てあげることにした。

「サンジくんには黙ってあげてても良いわよ。その代わり、付き合ってよ。ね?」

夜中の晩酌に付き合ってもらうのを条件に。









ダイニングのテーブルに並んで座る。
出来るだけ光が部屋の外に漏れないように、手元のランプだけを小さく灯して。


お気に入りのワインを開けて、この前島に寄った時に買っておいたちょっと高価なチーズも出して。

生ハムにクラッカー、塩漬けのオリーブ。目の前には私の好物の品々が並ぶ。

質より量のルフィは、少し不満そうではあったけど、深夜のつまみ食いを見逃してもらったという自分の立場を弁えているようで文句を言うことはなかった。
それに、チーズを一口、口に運んであげたら相当気に入ったらしく、すぐご機嫌になった。


「たまには、こういうのも悪くないでしょ?」
「んん、悪くねェ。」


私に比べて、あまりお酒に強くないルフィは顔色は変わらないまでも少しほろ酔いみたいで、眠そうに目を細めている。


「ふふ、眠たそうね。」

ルフィの少し長めの、目にかかった前髪を指で鋤きながら、顔を除き込む。

「んー、眠くねェ。」

顔をふるふると横に振って前髪を振り払う仕草が子供みたいで本当に可愛くて、心臓が痛いくらいにキュンと音を立てて鳴る。


「嘘ばっかり。今にも眠っちゃいそうよ?…私も少し眠たくなってきちゃった。」


ちょうどいい高さにあったルフィの肩に頭を乗せて体重を預ける。
ルフィは肩にかかった重みを気にすることもなく、自分の前髪を引っ張って「ちょっと邪魔になってきたなぁ。」と呟く。


「私が切ってあげてもいいわよ。髪。」
「おう!切ってくれ。」
「その代わり高いわよ?」
「げー、金取るのかよ。」
「当たり前でしょ。」
「宝払いで頼む!」
「約束よ。」


他愛のない会話。
まるで恋人同士みたいな触れ合い。



多分、私達は恋人同士よりも近い距離にいる。


なのに、

こんなに近くにいるのに、
私を隣に置いてくれるのに、
絶対にあんたの一番にはなれない。




ルフィには、数えきれないほどのたくさんのものを貰ってきたのに、

これ以上何を欲しがるというのだろう。



ふいに顔を上げると、思っていたよりも近い距離でルフィと見つめあった。



ルフィの黒い瞳の端に、ランプの火が小さく揺れている。






ああ、ダメだ。
やっぱり好きだ。


どんなに嘘で塗り固めても、私は、どうしようもなく彼のことが好きなんだ。





「…ルフィ。」
「ん?」
「好き……好きなのよ、すごく。」


声は震えなかった。


いつもみたいに「好き」の意味を勘違いして「俺のナミのことが好きだぞ!」って笑い飛ばしてくれたら、それでいいと思った。


でもルフィは黙ったままで何も言わない。


困らせてる。
私、ルフィのことを困らせてる。


「ねぇ…何か、言ってよ…。」


冗談っぽく言おうと思った。
笑って言うつもりだった。


「…ナミ、俺…。」


視界は歪んで、ルフィの困った顔ももう見えない。



溢れ出した感情は堰を切ったように止まらない。


「…好きなの!ルフィのことが…っ、好きなの!」



ルフィのベストにしがみついて声を上げて泣く私は、欲しいものが手に入らなくて駄々をこねる子供とおんなじ。



好きなの、好きなの、好きなの。



ボロボロと涙が溢れて、赤いベストに次々に新しい染みを作る。


ルフィは、私の背中を優しく撫でてくれるけど、決して抱き締めてはくれない。

受け入れられないなら、優しくなんかして欲しくないのに、この手を振り切ることもできない弱い私。


嫌われてもいいから、そばにいたい。
どんなにみっともなくても、ルフィの隣だけは誰にも譲ることができないの。





どうして、私は、

こんなに大切な人を、もっとちゃんと、もっと上手に好きになることができないんだろう。


自分の感情を押し付けるだけの私は、醜い。



ごめんね、離れられなくて。



明日になったら、

この涙が全部乾いたら、


またいつも通りに戻るから。



今だけは、この優しい腕に甘えていたいんだ。






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