目が覚めて、次に来た感覚はひどい頭痛。
あの後、そのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。
ルフィがベッドまで運んでくれたのかと思うと、胸の奥がチクチク痛んだ。
突き放されたら辛いのに、
優しくされても苦しいだなんて。
私は彼に一体どうして欲しいんだろう。
寝不足が続いていたのもあるけど、あの状況で眠れるなんて、自分の神経を疑ってしまう。
ルフィに甘えきっている証拠だ。
アイツには、みっともない所たくさん見せてきたな…。
好きな人ができたら、その人の前では格好良く振る舞うものだと思っていたのに。
アイツの前では格好悪いことばっかりしている気がする。
矛盾だらけの自分が間抜けで、少し笑えてくる。
布団を頭まで被ったまま寝返りを打つ。
今、何時なんだろう?
そんなことを考えていたら、ちょうどよくロビンの声がした。
「もう朝食の時間よ。ナミがお寝坊さんなんて珍しいわね。」
「あ…う、うん…今は、ちょっと、…要らない。」
「具合でも悪いの?」
「全然!大したことはないんだけど…寝てれば治ると思う。サンジくんには、後でちゃんと食べるからって伝えといて。」
「わかったわ。辛くなったら、すぐ言うのよ?」
「うん、ありがとう…。」
ロビンの、こういう気が利くところはすごく有り難い。仮病ってことぐらい見抜かれているのだろうけど、深く追及してこないところに彼女らしい優しさを感じる。
「…ロビン。」
「何かしら?」
布団から目だけ出して呼び止めた。
「ロビン、ごめんね。」
「どうして私に謝るのかしら?変な子ね。」
ロビンが出ていったドアが閉じるのを見届けてから、また布団を被り直した。
朝食の席に私がいなかったら、ルフィはどう思うんだろう?
きっと、アイツはバカみたいに単純なヤツだから、ロビンの言葉を鵜呑みにして私の体調を心配してくれるんだろうな。
アイツの心配そうな顔を思い浮かべて、抜けない棘みたいにまた心臓がチクリとした。
気が付つくと、また眠りに落ちていたみたいで、机の上の時計を確認したら既にお昼の2時を過ぎていた。
流石に、みんなも心配するかもしれない。
布団から這い出て伸びをする。鏡に映った私は目の下を腫らしてかなりひどい顔だ。
泣いたことが明白な、この顔をみんなにどう説明しようか言い訳を考えながら部屋を出たから、すぐには気付かなかった。
「具合、もう大丈夫なのか?」
「ル、ルフィ!」
ドアのすぐ隣にルフィがしゃがみこんでいた。
いつから、そうしてたんだろう?
朝からずっと私を待っていたの…?
「ルフィ、どうして…」
「髪。」
「え?」
「切ってくれるって約束したろ。」
「した、けど…。」
「行くぞ。」
どこに、と聞き返す前に、ルフィは立ち上がるなり私の腕を掴んで歩き出した。
ルフィの歩幅でズンズン先を急ぐものだから、私はほとんど小走りで、引っ張られるように後を付いていく。
ルフィは振り返りもしない。
掴まれた手首が、熱い。
着いた先は大浴場の更衣室だった。
手は離されたものの、ルフィは私に背中を向けたまま。
どんな顔をしてるのかも見れない。
「ルフィ、何を…?」
「切ってくれるんだろ、髪。」
昨日の今日で、どういうつもりなんだろう。
わかんない。
ルフィの考えてることが全然わかんない。
こっちは顔を合わせるのも気まずいのに。
昨日のことは、ルフィの中では無かったことになっているんだろうか。
その方がいいはずなのに。
何も無かったみたいに、いつも通りに振る舞えたら、それが一番いいはずなのに。
何でこんなに傷付いているんだろう、私は。
ダメだ。
また涙が出そうだ。
「悪いけど、またにして。」
そう言って、その場から離れようとしたら強い力で引き戻された。
壁に肩を押し付けられて、今日初めてルフィと向かい合った。
「ナミに話があるんだ。」
「私は、ない。…離して。」
ルフィの力が緩むことはない。
泣きたいのは私の方なのに、どうしてルフィがそんな傷付いたみたいな顔をするの?
「昨日のことなら気にしないで。酔っ払ってたのよ。」
「嘘つくな。」
「…。」
「お前は俺のことが好きなんだろ。」
「違…っ」
「違わない。ずっとナミのこと見てきたんだ。ナミの考えてることなんか、バレバレだ。」
「あ、あんたに…っ何が、」
「黙って聞けよ。」
「……っ!」
何よ、ルフィのくせに。
いつもヘラヘラしてるだけのくせに。
そんな怖い顔しないでよ。
ルフィに凄まれて私は何も言えなくなる。
でも、目だけは逸らしてしまったら、私を今ギリギリのところで支えている何かが崩れそうで。
逸らしたら負けの気がして、私を見据える黒い瞳を睨み返した。
ルフィが何を言うつもりなのか、一文字たりとも聞き逃さないように、身体中の全神経を耳に集中させた。
「…俺、ずっと考えてたんだ。頭良くねェから、考えんのは、苦手だけど。
ナミのこと好きになったら、どうなるんだろうって。
ずっと考えてた。
でも、きっと何も変わんねェんだ。今と。
昨日…ナミが泣いてんの見て、思ったんだ。
ナミが俺のせいで泣いてんのに、俺が知らないとこで泣いてんのはスゲェ嫌だし、
ナミが泣く時は、俺のそばにいて欲しいし、
いや、そうじゃなくて、
泣いてても、笑ってても、
ナミに、俺のそばにいて欲しいんだ。」
ルフィがポツリ、ポツリと短い言葉を落としていく。
それは私の耳に確かに届いているのに、何故だか、頭の中で何回反芻しても、飲み込めなくて。
グルグルグルグル、してる。
「…そんな回りくどい言い方、あんたらしくない。」
膝が震えてる。
頭の芯から熱くて、瞬きしたら今にも涙が溢れそうだ。
「…もっとハッキリ言って。」
「ナミのことが、
□好きなんだ。」
今、この瞬間、
私の一生分の幸せを使いきったんじゃないかって、
本気で、そう思った。
「お、おい!ナミ、大丈夫か!?」
私は張り詰めていた緊張の糸が突然切れて、その場で崩れ落ちるように座り込んでしまっていた。
「…ばかぁっ…。あんた気付くの遅いのよ!私なんて、ずーっと前から好きだったのよ!」
「お、俺だって!」
昨日が世界の終わりみたいに泣いていたことが、嘘みたいだ。
今、こうして彼と笑い合って、口ゲンカしている。
「でもな、ナミ。」
和らいでいたルフィの表情が、固いものに戻った。
「な、何?」
私もつられて緊張する。
この幸せの絶頂から、どんでん返しがあったら、私は本当に死んでしまうかもしれない。恐る恐る聞き返す。
ルフィの唇が少し不安げに震えてから、でも力強く、言った。
「俺は、やっぱり夢のためにしか命は懸けらんねェ。」
「…なんだ、そんなことか。」
「なんだとは何だ!これは大事なことだぞ!」
「そんなの、この船に乗った時から覚悟してるわよ。私は、たかが一人の女のために夢を諦めるような小さい男に惚れたわけじゃないわ。」
「たかが女じゃねェ。ナミだ。」
まるで極上の口説き文句。
幸せ過ぎる展開に頭が追い付かない。
でも、もう泣くのを我慢しなくて良いんだ。
それだけは、わかった。
「ナミィ〜、そんな泣くなよ。俺、ナミから笑顔を奪わないって、カラカラのおっさんと約束したのに、破ってばっかだ。殺されちまう。」
「…あんた、ゲンさんとそんな約束したの?」
「おう!俺、まだ死にたくない。」
「ばーか!これは、嬉し涙だから、いいの!」
「そうか。ナミ、嬉しいのか。」
ルフィが心底安心したようにため息を洩らして、私の頭をよしよしと撫でる。
「こういう時、男はギュッと抱き締めるのよ!」
「こ、こうか?」
ルフィの腕が、ぎこちなく私の背中に回される。
彼の腕の中は、思ってた以上に居心地が良くて、くすぐったい。
私も、同じように彼の背中に腕を回して力を込めると、それを合図にルフィが更にギュウっと締め付ける。馬鹿力のせいで窒息しそうだ。
でも、窒息死する前に、私は彼に、もう一度ちゃんと伝えなきゃいけない言葉があったと思い出す。
「ねぇ、ルフィ。
□大好きよ!」
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結局ただの両想い。
そして私が書くロビンはお母さんキャラになる罠。