「……今、なんて言った?」
ぶるぶると震えている臨也の声をBGMのように聞きながら、静雄は満面の笑みを浮かべてみせた。
「俺はてめえに惚れてるから、選ばせてやる」
「違う、その前」
「てめえのかーわいい泣き声は全部録音した。これをずっと俺が持ってるか、生涯俺の傍にいるって誓って返してもらうか、どっちがいい?」
そう言って手の平の上でレコーダーを弄ぶと、臨也が床を蹴って飛びついてきた。当然ながら、簡単に渡す静雄ではない。ひょい、と手を高く上げて、必死で伸ばされる手から小さな物体を死守する。
同時に、自分から飛び込んできた細い体をこれ幸いと弄ると、臨也の口から細い悲鳴が上がった。鼓膜を滑らかに刺激するその声は、昨夜の激しすぎた情事を物語るように掠れている。それだけで再び臨戦状態になってしまいそうな己をとりあえず叱咤して、静雄はくちびるを釣り上げた。
「シズちゃん……君、そんなキャラじゃなかっただろ!?むしろそれって俺の十八番!!君はそんな卑怯なことはしないはずだよ、シズちゃん!目を覚ませ!幽くんが泣いてるよ!?」
実力行使が通じないとなると、臨也はお得意の口に頼ることにしたようだった。が、そんなことは静雄にはこれっぽっちも関係ない。卑怯?上等だ。なんとでも言えばいい。ずっとずっと、永遠に臨也を手中に収めていられるならば、静雄はどんな罵りも甘んじて受けるつもりだった。二度と、手離してなどやるものか。
「幽はきっと喜ぶぜ?おめでとう兄さん、長年の恋が実ってよかったねってな。いい弟を持ったもんだ……」
「……ほんっっっと、君ら兄弟気持ち悪いよ……いいから!返せって!この!!」
「なんだよ、なんでそんな必死になるんだよ……俺の傍にいるの、そんなに嫌かよ」
静雄にしてみれば、これは名案だと思ったのだが、臨也はそうではないらしい。二度と消えたりしないと言ってくれはしたものの、臨也のことだ、言質だけでは心もとないのも事実。それに、なんだかんだと臨也の気持ちを聞いてみて、とんでもなく素直じゃないことに改めて気づいたのだ。理由がなければ傍にいられないと臨也は言った。それならば、これ以上ないくらいの逃げられない理由をつくってやろうと思ったのに、と静雄はくちびるを尖らせる。
そんな静雄を見て、臨也は深く溜め息をついた。困っているような、呆れているような、怒っているような、そんな音だった。赤い目が、こちらを見つめている。
「俺はただ……ずっと傍にいてほしいだけなのによ……」
悪戯を咎められた子供のような気持ちになりながらそう言うと、臨也はまた一つ溜め息をつく。居心地悪そうに竦める肩に齧りつきたい衝動を抑えていると、臨也が焦ったように口を開いた。話を逸らしたいのが丸わかりな態度にイラッとしたものの、ここで根負けしてはいけないことくらい静雄にもわかる。
「あ、っと……そういえば、さ、全然気にしてなかったけど……ここってどこ?新羅の家に、こんなしみったれた部屋あったっけ?」
「おいさすがに殴るぞ。人の家にケチつけんじゃねえ」
「……は?ここ、シズちゃんち?」
「ああ」
それがどうした、と思いながら頷くと、臨也がぽかんと口を開いた。なにをそんなに驚くことがあるのだろう、と静雄は思う。僕の家で喧嘩もセックスもしないこと、という新羅からの失礼極まりない条件を守るために、新羅が出て行ってしばらくしたあと自宅まで臨也をかついで帰っただけだ。もしや新羅の家で貪られたかったのだろうか、などと考えながら臨也を見ていると、その整った顔がだんだんと朱を帯びてきて、今度は静雄がぽかんと口を開く番だった。
「臨也?てめえ、なに照れてんだよおい」
「照れてなんかない……初めて入ったから、ちょっとびっくりしただけだ」
「……照れてんじゃねえかよ」
臨也の照れるポイントがさっぱりわからなかったが、性的な刺激以外で顔を赤くする臨也は悪くなかった。気をよくした静雄は臨也に触れる手に力を込め直す。苦しい、痛い、離せ、死ね、を繰り返し繰り返し呟かれたが、内容はともかく今臨也が手の中にいるという事実が静雄をどうしようもなく昂ぶらせた。
「選べよ、臨也」
「……っ」
「なあ」
耳殻に息を吹き込むようにして、愛に塗れた脅迫を囁く。臨也は情事のせいで敏感にさせられた体をびくりと震わせ、悔しそうに赤い瞳を揺らめかせた。その光彩が、まったくもってたまらない。
「……馬鹿、だろ……なんで俺にそこまで執着するんだよ。言っただろ、君は選び放題なんだ」
「知るか。てめえじゃなきゃ、腰立たなくなるまでヤりたいとか思わねえよ」
晒された首筋にくちびるを落として囁くと、臨也は甘い息を漏らした。袖を頼りなく握られて、支配欲と庇護欲が同時に湧き起こる。静雄にそんな複雑な感情を教えたのは、他でもない臨也だ。逃がさない、絶対に。
「なあ、臨也……言えよ」
右手をとってそのてのひらにキスをする。皮膚をたどって指先に移動し、ぱくりと咥えたときには、臨也は羞恥で頬をさらに赤くする。ああたまんねえ、と思った瞬間、目の前が突然暗くなった。そして、額にやわらかな感触と、さらに強くなった臨也の匂い。
「……臨也?」
明るくなった視界には、ばつの悪そうな臨也の顔があった。額にキスされたのだと理解した瞬間、静雄の頬にも朱が走る。臨也がそんなことをするとは思っていなかった。大の男二人が寄り添いあって頬を赤らめているなんて、とんだ茶番。けれど、死ぬほど離れがたかった。
「今さら、そんなわけのわからない脅迫しないでくれない?馬鹿にするなよ、シズちゃん」
ぐいっと襟ぐりを掴まれて、そのまま引き寄せられる。キスの衝撃で若干呆けている静雄はうまく反応できなかった。吐息が触れるほどの距離で、臨也が笑う。
「……俺から離れるのは許さない……ってのは、俺のセリフだ。悔しいけど、あんまり認めたくないけど……好きだよ、シズちゃん。愛はまだ保留だけど、俺の恋は全部君にあげる」
そう言って、臨也は静雄のくちびるに触れるだけのキスをした。臨也に恋をした日から、ずっとずっと望んでいたこの瞬間を噛み締めるために、静雄は臨也の後頭部に手を回す。手から滑り落ちたレコーダーが、申し訳なさそうにコツンと鳴いた。それは、二人の新しい関係の始まりを告げる音だ。


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10/12/12

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