1月28日某温泉地にて | ナノ

・○月○日○○にて 設定なので指輪視点です。





 今日の折原臨也は妙にそわそわしている。ようやく目覚めたというのに起き上がる様子もなく、裸のままベッドの上で落ち着きなく携帯電話をいじっているようだ。隣で折原臨也を抱き込んでいる男は、まだまだ目覚めそうにない。
 思えば昨日の折原臨也もこんな調子だったような気がする。いつものように恋人である平和島静雄の腕に抱かれながら眠りにつく前も、こんな風にそわそわと落ち着きない様子だった。後ろから痩身を抱き込む平和島静雄は気づいていなかっただろうが、チェストの上からはその様子が丸見えだ。折原臨也と一緒に眠れなくなった当初はあの男を恨みもしたが、今となってはこれも役得かもしれないと割り切っている。
 相変わらず整っているその顔に穏やかさが加わったせいなのか、最近の折原臨也は以前にも増して美しい。知っているのだろうか、もともと独占欲がバーテン服を着て歩いているようだった男が、最近またさらに折原臨也の言動に目を光らせていることを。信用していないわけではないのだろうが、それにしたってあれは異常だ。折原臨也以上に美しい指を持つ人間を知らないこちらとしては、どうか五体満足で生かしておいてやってほしいと思っているくらいなのだから。
「!」
 折原臨也の手の中で、携帯電話がブルルと震えた。息を飲み、その美しい指で自らの耳に端末を押し当てる。
「はい……はい、奈倉です。はい、そうです、ご無理を申し上げて……はい」
 潜めた声で紡がれたのはいつもの偽名で、また何かよからぬことを企んでいるのだろうかと思ったが、それにしては喜色に満ちた顔をしている。
「そうですか、ありがとうございます。はい、じゃあ今日伺いますので……」
 そう言って通話を終了させるまで、やはり折原臨也はうれしそうだった。楽しそうでもある。その顔がどれほどの人間を夢中にさせるかをいまいちわかっていないことに、彼の恋人がどれほどやきもきしているのかも知らないで。
「……よおノミ蟲くんよォ……随分と楽しそうだったじゃねえか」
 噂をすれば、である。
「おはよう、シズちゃん」
いつから聞いていたのかははっきりしないが、平和島静雄が先ほどの折原臨也の電話を盗み聞きしていたのは確かだ。なにせ折原臨也の細い腰を引き寄せる腕には血管が浮いており、傍目から見ればちょっとした暴行現場にも見えかねない。なぜ折原臨也は普通に挨拶を返せるのかと思わず首を傾げたくなるくらい、殺気に満ち満ちている。
「おはよう、臨也くん。で? さっきの電話は」
「そうそう、そうだよシズちゃん。早く着替えて! 羽田に行くよ!」
「……はねだ……」
 起き抜けの頭では「羽田」すら漢字変換できない平和島静雄の頬に羽のようなキスをして、折原臨也はモナリザの微笑みを浮かべる。
「温泉へ行こう!」
「おんせん……?」
 起き抜けの頭では以下同文な平和島静雄が愛しくて仕方ないらしい。美しいカーブを描く折原臨也の頬には桜の色が散っていた。



        ★



 目の前に広がる大海原に息を飲む平和島静雄の隣で、折原臨也は愛想のいい笑みを浮かべている。ぽっと頬を染める若い仲居は、男二人で露天風呂付きのスイートルームに泊まる客に好奇の目を向けたりしない程度には教育が行き届いているらしい。
「おおーすげえぞ臨也! 風呂からも海見えるぞ!」
「そうだねえ」
「後で一緒に入ろうな」
「……そうだねえ」
 仲居にチップを渡すために掲げられていた指がぴくっと跳ねたことに気づいたのは、私と折原臨也だけだった。

 そもそもなぜいきなり温泉なのか。それについては飛行機の中で、折原臨也が語ってくれた。ブランケットの下、平和島静雄のごつごつとした男らしい手を握りながら、熱っぽい口調で「君、昨日テレビ見ながら行きたいって言ってただろ? 俺頑張ってスイートとっちゃった……」と。さすがの平和島静雄もこれにはあんぐりと口を開けていた。「なんでまた……?」と困惑しきった表情で問われた男は、にこりと笑いながらこう言い放ったのである。
「だってシズちゃん明日誕生日だろ」
 その一言でいつも以上に突飛すぎる折原臨也の行動の意味をようやく理解した平和島静雄は、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい真っ赤になって俯いた。まったくいつまで経っても妙なところで初々しさが抜けない二人だ。けれど、そんなところが微笑ましいのかもしれない。
 装飾品にそんなことを思われているとは露知らず、ブランケットの下で握り合う手は離れることを知らなかった。飛行機が目的地に降り立つその時まで。

 愛は奪うものではなく、与えるものなのだ。折原臨也を見ているとそう思う。
 人間の愛は人間の数だけあるものだと、それだからこそ街は楽しいのだと、折原臨也はそう言う。折原臨也の愛もまたその中の一つでしかないのだろうけれど、こうして間近で二人を見ている私には、折原臨也の愛し方が最も美しいものに思えるのだ。もちろん、長年大事にしてもらっている贔屓目も少しはあるだろうけれど。
 もしも錆びたりしたら嫌だから、と指から外され、湯がかからないところへ避難させられたことに文句はない。それにここからだと夕陽を受けて輝く海がよく見える。二人もその美しさに見とれているようで、他に誰もいない露天風呂で存分にいちゃつきながらも視線は海へと向けられている。
「でけえなあ」
「うん」
「すげえなあ」
「うん」
「……俺、ここ来たかったんだ」
「うん」
 知ってるよ、と猫なで声を出しながら平和島静雄の首にその細い腕を回す。いまだに命をかけた喧嘩を繰り広げることも多い二人だが、こうして世界から切り離された時間を共に過ごすとき、決まって幸せそうに表情を綻ばせる折原臨也を見るのが好きだった。きっと平和島静雄もそうなのだろう。折原臨也の頬を撫でる指の動きが、いつにも増して繊細で穏やかだった。
 どちらからともなくくちびるを寄せ、目を閉じ、キスを交わす。世界で一番美しい風景を切り取りたいならば、まさしくこの瞬間を選ぶべきだろうと真剣に思った。
「シズちゃん……シズちゃん、好きだよ……」
 キスの合間に酸素を取り込むように、実に自然な流れで愛を紡ぐ。それに応えるように離れたくちびるを追って啄みながら、平和島静雄は「俺も」と息を吐いた。
「俺も好きだ……すげえ、好きだ」
「シズちゃん」
 綻ぶ花もかくや、と息を飲むほどに美しい微笑みだ。平和島静雄がごくりと喉を鳴らすのも無理はない。その手が不埒な動きを見せ始めるのも、致し方のないことだろう。
「ちょ……おい、ダメだって。もうすぐ夕食の時間だから」
「後でいいじゃねえか。手前を食いたい」
「はいはいお約束なセリフはあとでたっぷり聞かせてよ。部屋に持ってきてもらうんだから、俺は先に出るね」
「あっ」
 いそいそと湯から出ていく折原臨也に恨めし気な視線を向け、平和島静雄はぶすっとくちびるを尖らせる。顎の下まで湯に沈め、不機嫌そうだ。昨夜もあれだけしたくせにまだ……と呆れ気味な私の思考など知るはずもないだろうが、なぜか平和島静雄の視線はじっとこちらに向けられている。
「……」
 にゅっと手が伸びてきた。そのまま折原臨也とは違うやり方でぐっと掴まれ、少し慌てる。まさか海に放り投げたりはしないだろうけど、この男の行動はよくわからない。あの物知りな折原臨也をして「シズちゃんのことだけは一生わからないんだろうなあ」と言わしめるくらいなのだから。
「……はあ」
 びくびくしているこちらをよそに、平和島静雄は溜め息をついた。どこか切なさを含むそれをもう一度吐いて、平和島静雄が手を丸める。あたたかいてのひらの皮膚の感触は思いのほか優しくて、ああ折原臨也に触れるときもこんな風にしているのだろうなあと容易に悟らせる誠実さがあった。
「手前はいつも臨也と一緒にいられていいよなあ」
 子供か!



        ★



 美味しい料理で腹を満たしたあと、折原臨也と平和島静雄はまたしても露天風呂にいた。もうすぐ日付が変わるから、風呂入りながらおめでとうって言ってくれという平和島静雄の懇願に応えてのものだった。
「明日は下の大浴場も行ってみようか」
「あー……人が少ねえ時間帯なら、いいぞ」
「どうして? 温泉を楽しむ人間もラブなのに」
「……他のやつに見せたくねえし」
「はあ? まーたそんな子供みたいなこと言って」
 だめだよ、と続ける声がまったく咎めていないどころか嬉しそうだ。平和島静雄の独占欲の強さも大概だが、折原臨也も甘やかしすぎだろう。テレビを見ながらの「ここ行ってみたい」という一言でスイートをとってしまうような男だ。もしかしたら平和島静雄よりも性質が悪いかもしれない。
 ぎゅうぎゅうと愛する恋人の体にしがみつく平和島静雄の背を撫で、折原臨也が空を指さした。今日は月が明るいけれど、東京の空よりもずっとたくさんの星が見える。
「ほらほらシズちゃん。ごらんよ、綺麗だね。シズちゃんのことお祝いしてるみたいだねえ」
 平和島静雄の後頭部に手を回し、濡れた金髪を梳く仕草はこれ以上ないくらい慈愛に満ちている。紆余曲折を経てようやく手に入れた愛する男に触れる折原臨也の指は、とても美しい。
「いざやぁ……」
 ねだるように名前を呼んだ平和島静雄に応えるように、折原臨也がその頤に指をかけた。ここからだと月を挟んで二人が見つめ合っているように見える。美しい。もしも私に口があったなら、感嘆の声を漏らしていたことだろう。
「シズちゃん、誕生日おめでとう。また祝えてうれしいよ。来年も……一緒だと、うれしいな」
 折原臨也が弱気になるのは、平和島静雄が絡んだときだけだ。そんな折原臨也を平和島静雄がどれほど歯痒く、愛しく、可愛く思っているか。まだまだ底が読めない。
「アホか。離れたら殺すって、いつも言ってんだろ……」
 素早く折原臨也のくちびるにキスをしながらそう囁く平和島静雄の髪が月明かりに照らされている。煌めきに目を細めた折原臨也が小さく頷いたのを合図に、平和島静雄がまたくちびるを寄せた。
 冬のダイヤモンドが輝く夜空の下、恋人たちの夜はまだ始まったばかりである。


20130128


おまけの温泉プレイ(R18)
※ただし温泉活用できていない。

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