君の隣にいたい。偽らない自分のままで君に愛されたいと思うようになっていたことにすら、気づけなかった俺だけど。 キスされて抱きしめられて、それ以上は特になにもされなかったけど、まだ心臓が変な動きをしてる。結局、俺が思ってた以上にシズちゃんは我慢強くて演技派だったようだ。まさか、まさかそんな最初から気づかれていたなんて。 「匂いでわかるんだよ、ノミ蟲くん」 「……最初は普通に騙されてたくせに」 「おお。美人だったぜ?」 睨んだ視線の先でシズちゃんが得意げに笑うのが気に入らなくて、思いきり右足を踏んでやった。まあ当然びくともしないよね。ちくしょう。 「なんだよ、それ。腹立つ。俺がどんな気持ちで……シズちゃんのくせに」 「それさっきも言ってやがったけどよ、どんな気持ちになったんだ?」 「え」 「どんな気持ちになったんだって聞いてんだよ」 嫌がらせや悪態なんかではなく、純粋に疑問をぶつける瞳だった。穴が開くかと思うほどにまじまじと見つめられ、思わず逸らしてしまった。それはシズちゃんのお気に召さなかったらしい。 「俺には言いたくねえってか?」 「誰もそんなこと言ってないだろ……って、お、い!」 シズちゃんの顔がぐっと近づいてきた。かと思えば、するっと驚くくらいに自然な手つきでスカートめくられた。一生経験するはずがなかったであろう、スカートをたくしあげられて太ももを撫でられる感触に、俺の頭はけっこう簡単にショートした。 「あん?……スパッツだと……手前、男のロマンをよくも」 「俺も男だからね!?手、やめてよ」 「うるせえ、言え。ちゃんと言ったら、やめる……かも」 「なんで曖昧なんだ!」 暴れても叩いても蹴っても、シズちゃんはびくともしない。これだから馬鹿力は。心底うんざりした。同時に、女装してた俺にどれだけ慎重に接してたかがよくわかった。ガラス細工を扱うみたいな真剣な顔で手を引かれたことを思い出し、ぼっと頬に熱が集まる。 「あ?臨也、顔が」 「別になんでもない。いいから早く離してよ、変態島エロ雄」 「……臨也ぁ……手前、俺が親からもらった名前をよくも……」 「ぎゃっ」 指が、シズちゃんの指がきわどいところに触れた。おっしゃるとおり、スカートの下にスパッツをはいてるものの、こんな薄い布一枚でなにを隔てられるというのか。 「、やだ」 「……やべえな、変な気分になってきた」 「変なのは頭だろっ……痴漢の気持ちになってるだけじゃないの?」 「減らず口だなあ、臨也くんよー……破いちまうぞコラ」 そう言って、シズちゃんがぐっと指に力を込める。慌ててスカートの上から手を掴むと、ヒールのせいでいつもより低い位置にある目が不満を訴えてきた。 「言えって。俺、なにが悪かった?自分では優しくしてたつもりだったんだけどよ」 「え……なにが、って……」 若干ふてくされたような顔に、ぽかんと口を開いてしまった。そこを狙ってましたと言わんばかりにキスされて、舌入れられて、頭がぼんやりする。シズちゃんのくせに生意気だ。 ふざけんな、と思って全力で噛んでやったら、いてっと小さな呟きが落ちた。普通の人間だったら千切れてるレベルだよ。 シズちゃんはスカートにつっこんでた手を抜いて、口元を拭った。少し血が出たらしい。ざまあみろだ。 「なにすんだよ、ノミ蟲ぃ……」 「こっちのセリフだよね?男にキスなんかして、楽しい?」 「男にしてんじゃねえ。手前にしてんだよ。馬鹿か?」 馬鹿にしたようにそう言ってから、シズちゃんは表情を引き締めた。そっと優しい手つきで頬を撫でられて、鳥肌が立った。認めたくないけど、心臓が馬鹿みたいに鳴り響いている。 あのときと一緒だ。初めてデート、のようなものをしたとき。愛の告白、その5秒前。 「好きだ。たぶん、高校のときから」 だから言えよ、なにがだめだった?そう畳みかけてくるシズちゃんの真剣な顔といったら。馬鹿みたいだ、ほんとに。 「……たぶんって、なんだよ」 「わかんねーんだからしょうがねえだろ。気づく前から好きだったってことでいいじゃねえか。こんなことでもなきゃ、多分一生気づかなかったんだろうな……皮肉なもんだ」 「皮肉、って。気づきたくなかったってこと?」 縋るような声を出してしまったことを恥じながらも、シズちゃんの答えが気になってしょうがなかった。シズちゃんは目を丸くして、それから、盛大に吹き出した。え、失礼じゃない? 「……手前もよ、けっこう俺のこと好きだよな?」 「は?自惚れるなよ」 「はいはいはいはい。ノミ蟲くんは素直じゃねーな。いいよ、手前はそのまんまで俺に愛されてりゃいいんだ。あーあ、マジで皮肉だよな。素の手前が一番可愛いのに、変わらなきゃ気づけなかったとかよ」 ひどく優しい目をしたシズちゃんは、そのまま俺をぎゅっと抱きしめた。甘楽にはしなかった抱きしめ方。こわごわ確かめるように包み込むんじゃなくて、全部逃がさないとでも言いたげな捕え方だ。 「……馬鹿、だろ」 胸の奥の奥、俺の一番やわらかい場所が甘い痛みを訴えている。俺だって、こんなことにならなきゃきっと一生気づかなかった。俺以外に優しく微笑む君なんて見たくないと思うくらいの執着に。その手に愛されたいと願う幼いばかりの恋心に。 「高い所が大好きな手前にだけは言われたくねーよ。スカイなんとか行こうな」 そう言っていたずらっぽく笑ったシズちゃんの顔を見てられなくて、ベストを掴んで胸に顔を埋めた。シズちゃんの匂いがする。かつらの上からじゃなく頭を撫でられるのは、なんて気持ちがいいんだろう。 「好きだ、臨也。お前は?」 聞かなくてもわかってるくせに。でも、しょうがないから言ってあげる。その代わり――俺が甘楽に嫉妬したことだけは一生秘密にしておくね、シズちゃん。 ←|戻る 110416 |