「単刀直入に言うと、…朱籐奈都は俺の異母妹なんだ」

…唐突すぎる。その発言を咄嗟には理解できず、数拍置いてから「……は?」と渚は素っ頓狂な声を上げていた。

「信じられないのも無理ないとは思うが」
「いや、その、信じる信じない以前の話で、理解が追いつかない…え?」

異母妹、とは、つまり彼女と黒岩は父親は同じであるというわけで、つまり落ちたシャンデリアの下敷きになって大怪我を負った男は彼の父親というわけで――

「…だ、だってさっき、その父親に奈都、さんの死体を見せてやるって」

仮にも自分の妹を殺し、それを己の父親に見せようだなんて、狂ってる。それだけの怨恨があるということなのだろうか。
昔話をしようか、と呟いた彼の瞳は静かに遠くを見据えている。

「――元々、俺の母親はあの男と婚約をしていたんだ」

だが黒岩の父親――隆司は、その婚約を突然破棄し、朱藤会長の娘と結婚してしまった。
その時には既に彼女のお腹の中には子どもがいたらしいが、おそらくそれは彼を繋ぎ止める糸にはなり得なかったのだろうと黒岩は言う。尤も、その事実を明かさなかった可能性もあるが。
話の流れからして、その子どもとは即ち、黒岩本人のことか。

「俺が十代の頃にその母も死んだんだが。…そして自分が着る予定だったそのウェディングドレスなんてもの、後生大事にしまっていてな。…馬鹿馬鹿しい」
「…それは」
「だからそのドレスを奴の娘に着せて、殺してやりたかったんだ。…かつて自分が捨てた女と共に選んだウェディングドレスを纏った愛娘の死体を前にしたら、あの男はどんな感情を抱いただろうな」

――同情をするつもりはない。事情がどうであれ、それは許されざる行為だ。けれど複雑な想いに囚われるのも否めない。
かと言って、話したことさえないとは言え仮にも妹を自らので手にかけるのも心が痛む。そこで奈都と心中したがっていたというあの犯人の男と手を組んだのだと彼は言う。

「ウェディングドレスを貸してやるって言ったらあの男、死ぬ前に彼女と結婚式をあげるんだと喜んでいた」
「…身勝手ですね」
「まあ、否定はしないよ。俺の父親も、朱藤の娘に付きまとっていたあの男も、そして仮にも妹である彼女を自分の手に掛けるのは躊躇われたからって計画に乗っかった俺もな」

けれどその計画に狂いが生じたのは、まさにあのシャンデリアの一件のせいだ。
予定としては小型の爆弾によりシャンデリアを落とし、客を混乱に陥れ、その騒ぎに乗じて奈都を誘拐するつもりだったらしい。ドアマンであった犯人なら会場から逃げ出す人の顔もよく見えるから、まさに適任だったのだろう。ここまでは安室の推理通りである。
――そのシャンデリアに、人を巻き込むつもりはなかった。悲痛な声が渚の耳に届く。しかもまさか、黒岩にとってはまさに標的であった朱藤隆司本人だったなんて。
なるほど、それで「意味がなくなった」ということなのだろう。奈都を害する意味を見失ったことで、黒岩の良心が彼女を逃がしたのか。
そして着る主を失ったウェディングドレスは、代わりにこうして渚が着せられているというわけである。

(だからって勝手に人のこと、巻き込まないでほしい…!)

全てはあの時奈都と一緒にいた運の悪さが原因か。
とはいえこのままでは奈都の身代わりにさせられそうな気さえしてならない。犯人の男は奈都に執着しているというのでそんな事態にはならないと思うが、少なくとも黒岩にはそんな思惑が少しでもあったからこそ、渚にこのウェディングドレスを着せたのだろう。あわよくば、というやつだ。渚としては堪ったものではない。
叫びたい思いを堪え、代わりにふぅー…と長く息を吐き出した。ぐっと足に力を入れ、立ち上がる。一歩を踏み出せば、いきなりドレスの裾を踏んづけて前につんのめった。
ウェディングドレスとは、こんなにも重いものなのか。

「どこに行くんだ?」
「逃げるに決まってるでしょう…!」
「…あの男がビル内をうろついてる。鉢合わせても知らないぞ?」
「ここでじっとしてるよりは安全ですから!」

ドレスの裾をいくらかまとめて持ち上げ、少しでも歩きやすいようにした。それでもやはり動きにくいことに変わりはない。
一歩、二歩と足を進める度にかつ、かつとヒールの音が廃ビルの中に反響した。安室が選んでくれた靴はとてもぴったりと合っていたはずなのに、今は妙に歩きにくいのは単純にウェディングドレスのせいか、それともまさか靴まで変えられてしまっているのか。確認したくとも辺りは暗く、またドレスの層に隠れて足元を見ることさえ叶わない。
渚が歩行にさえ苦戦している間に、黒岩は肩を竦めながら後をついてくる。

「ついて来ないで…!」
「心配するなよ、ただもし奴と出くわしたら大事だろうと思って。これでも君を巻き込んだ責任感じてるんだぜ?」

事情を教えてもらったからといって、黒岩を信用できないことに変わりはない。
後をついてくる黒岩を振り切るように、渚はできる限りの速さで足を動かす。しかしどう足掻いたって彼より早く動けるはずがなかった。
いっそ走ろうかとさえ思ったところで、しかし不意に訪れた揺れに体はバランスを崩しかけた。地震ではない。直前にどこか離れたところで爆破音のようなものが聞こえた。ホテルでの出来事を思い出し、さっと渚の顔が青くなる。

「今の、って…」

渚の不安を裏付けるように、黒岩もまた神妙な表情を浮かべていた。「爆破はしないと言ってたのに…!」とぼやいてるのがその証拠である。

「まさか、爆弾…!?」
「朱藤の娘の死体を残さなきゃ俺にとっては意味がなかったから、手を貸す条件としてそれは却下したんだが、あの野郎…!」

冗談ではない。そんなものに大人しく巻き込まれてやるほどこちとらお人好しではない。再びドレスの裾をまとめて抱え直し、走り出す。
少し慣れてきたのか先ほどよりは大分走りやすくなった。とはいえ地面にはあちこち瓦礫が落ちていて、時々躓きそうになってはなんとか踏ん張ることが続く。
――足元ばかり気にしていたから、気付くのが遅れた。「危ない!」と後ろで黒岩が叫ぶ声につられて顔を上げれば――まとめていた紐でも切れたのか、壁に立て掛けられていた鉄材がこちらに向かって倒れてくるのが視界の端に映った。


「……っ!!」


咄嗟に目を固く閉じて衝撃に備える。
しかしいつまで経っても痛みは訪れず、代わりに力強い腕が渚の腕を引き、その体に包み込まれた。
呻くような低い声が僅かに聞こえたが、ほとんど鉄材が床に叩きつけられる轟音にかき消された。音の反響が止んだ後、ようやく「…大丈夫ですか?」と馴染んだ声が耳に触れる。
は、と目を見開いて腕の中、なんとか身を捩らせて顔を上げれば、薄暗い中でもはっきり分かるほどの至近距離にその顔を見つけた。
――渚を見つめる深い蒼。安堵に思わず視界が滲みそうになった。

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