「大丈夫みんな!?寒かったでしょ…!」

コンテナに閉じ込められた子ども達に触れると、彼らの体はすっかり冷え切っていた。
寒さと恐怖と戦い、乗り切った皆一人ひとりを抱きしめて安心させるようにその背をポンポンと撫でる。Tシャツ一枚だった光彦には自らの上着を着せ、もう一度ギュッと抱きしめた。
最後にコンテナから出てきた哀にも同様に。優しく抱きしめ――不自然にならないように哀の顔を隠したまま、安室の目を盗むようにして他の子ども達のところまで連れて行った。

「でもまさか渚さんまで助けに来てくれるとは思わなかったよ!」
「(私も思わなかったよ…)」

手際のいいことに、既に警察に連絡したらしいコナンが携帯電話を切って、いつの間にか渚に向き直っている。
たしかにバーボンである安室に暗号を託しはしたが、何故渚まで一緒にいるのか。彼とどういう関係なのか。コナンが向ける目はまるでこちらを探っているようだが、心外である。本当に偶然が重なっただけなのだ。

「でもスゲーな、お前…」
「あのレシートの暗号を見て来てくれたんですよね?」
「いや、ここに辿りついたのは渚さんのおかげだよ」
「へっ?」

そして無事に犯人の拘束を終えたらしい安室が、いつもの読めない笑顔で予想外の言葉を紡いでいく。

「実は猫の首輪についてたあのレシート、風に飛ばされてしまったんだけど…渚さんが見つけてくれたんだ。最終的に車がここにいるって分かったのも、渚さんの助言のおかげだしね…」

そうですよね、渚さん?と問いかけてくる安室の言葉に顔を引きつらせることしかできない。
純粋な子ども達はそれを真に受けて、賞賛の言葉と共にきらきらした眼差しでこちらを見つめてくるが、用心深い子どもの方はそうはいかない。一層鋭くなった眼差しは肌に突き刺さるようだ。
まるで渚の手柄であるかのような言い方は、その実共犯者にされているような気分である。
大体、ここは本来なら「レシートは風に飛ばされ、ここを通りかかったのはたまたまだ」と誤魔化すシーンではなかったか…と思ったが、渚がいるためそう嘘をつくわけにもいかなかったのだろう。
やはり自分はこの場に来ないほうが良かったのではないか。今更後悔しても遅いけれど。

「渚さん。すみませんが、このまま留まって代わりに警察の事情聴取を受けてもらってもいいですか?」
「え!?」
「僕はこれから用があって、すぐに行かないといけなくて…」

申し訳なさそうに眉を下げながら言う安室に、渚は焦ったように声を荒げる。
わ、私だって大事な用があるのに…。そう訴えたいところはあったが、けれど彼女の大事な用事とは所詮CDとグッズを購入しに行くというもの。流石に事件と同列に考えられるはずもなく、溜息をつきたいのを堪えて渋々頷いた。
それに縛られているとはいえ犯人と子ども達を警察が来るまで放置しているわけにもいかないし、仕方あるまい。

「分かりました。後は任せてください。…といっても、私じゃ大した事情も話せないでしょうけど…」
「すみません、助かります。…そうだ、渚さん。これ、着てください」

そう言って差し出されたのは安室の上着。
訝しげに首を傾げれば、「渚さんはあの子に上着貸してしまったでしょう?だから僕のを代わりにどうぞ」と言われる。慌てて首を振ってそれを断った。

「だっ、大丈夫ですよ!阿笠さんの家すぐそこみたいですし、気にしないでください!」
「でもいつ警察が来るか分からないし、事情聴取が始まってすぐに建物内には入れないかもしれませんよ?遠慮しないでください」
「(安室さんの上着とか!いい匂いしそう!いや何考えてるんだ私!恥ずかしいから無理!絶対顔にやけるし!)いえいえ!本当に!遠慮とかじゃなくて!気にしないでください!」
「…じゃあ渚さんは光彦から上着返してもらって、代わりに光彦が安室さんの上着借りればいいんじゃないの?」

いつまで続くかと思われる無駄な応酬を、コナンの冷めた声が遮る。
その提案に渚は全力で頷く。あからさまな渚の態度に安室は苦笑して、けれどこのままでは埒が明かないと思ったらしく、結局コナンの提案通りに脱いだ上着を光彦に貸し、代わりに渚の上着を受け取った。

「お兄さん、ありがとうございます!」
「どういたしまして。ああ、僕の上着は渚さんに渡しておいてくれればいいよ」
「あれ?コナン君を通して返した方が早いかと思いましたけど…」
「急いでないから大丈夫さ。それに、そうすれば渚さんに会う口実もできるし、ね…」

口に人差し指をあてて、まるで内緒だよというように。だが普通に聞こえている。そもそも内緒話の声のトーンではなかった。もちろんわざとだろうけど。
それを聞いた歩美は分かりやすく頬を染めている。小さくても流石は女の子、そういう話には興味津々なようだ。
安室さん、お願いだから純真無垢な子ども達を巻き込むのはやめてください。

「じゃあ渚さんにはこちらを」
「…わざわざすみません。ありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ、僕はお先に失礼しますね」

安室の車が角を曲がって消えていくのを見届けてから、渚は重く溜息を吐いた。
子ども達からの分かりやすい視線が痛い。蘭や園子たちに続き、この子らからも根堀り葉堀り聞かれたりするんだろうか。なんだか頭まで痛くなりそうだ。
安室の気まぐれで振り回されるこちらの身にもなってほしい。とは言え、彼と対等な人間でさえなんだかんだ振り回されているようだから、自分がそれを防ぐのも無理な話だろうが――

(ん?)

ある人物を思い出したところで、ふと先ほど拾った髪の毛のことが頭を過ぎる。
長い金の髪。助手席に座るような人物。探偵業の依頼人のものとも考えられなくはないが、それよりもっと思い当たる人物が――そこまで考えたところで、あ、と小さく声を上げた。
目ざとくそれを聞きつけ、不思議そうに見上げてくるコナンには笑って誤魔化しておく。

(もしかしてさっきの髪の毛、ベルモットのなんじゃ…!?)

もしそうなら、なんというか、すごいものを拾ってしまった。
この漫画のファンとしてはちょっとした嬉しいハプニング。しかも世界的大女優のものである。たかが髪の毛とはいえ、ちょっとくらいテンションが上がってもいいだろう。
だが同時に、黒の組織の一員であるベルモットの髪の毛がこの手にあるというのは、ひどく恐ろしいことなのではないかとも思った。車に落ちてたくらいだからそこまで大事ではないだろうけど、もし持ってるのがバレたら命を狙われそうだ――そうとさえ考えてしまうほど、恐ろしい組織なのだろうから。

(…す、捨てよう)

道にポイ捨てするようで気が引けるが、たかが髪の毛一本。きっとすぐに風に飛ばされてしまうから大丈夫だろう――そう思って、上着の右ポケットに手を突っ込む。
けれど目当てのものに触れる感触はない。ポケットをひっくり返すようにして中を探ったが、それでも見つからなかった。

「…もしかして、ポケットに入れ損ねてもう落としてたのかな」
「渚さん、何か探してるの?」
「ううん、何でもないの」

とりあえず、もうこの手にないのなら問題はない――そう安堵していたので、拾った髪の毛の行方なんてそれ以上気にすることもなかった。


「…………」


光彦から渚へ上着を渡すときに、素早くポケットから回収した一本の髪の毛を見て、安室が何か思案していることなど――渚は知る由もなかった。

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