ベルツリー急行は定刻を迎え、東京駅を出発した。 目的地は不明なのがミステリートレインの特徴だが、世良によると、運行状況の変更について調べればおおよその見当はつくらしい。 今回の終点は名古屋。流石だねと感心したように渚が褒めれば、世良は満更でもなさそうにその特徴的な八重歯を見せて笑っていた。 「それより渚さん、折角だから蘭君と園子君のところに遊びに行かないか?」 提案、といった言いぶりの割には、有無を言わさず渚の手を引いているわけだが。 とは言え渚に異論はない。手を引かれるまま二人のいる8号車へ向かおうとしたが、その途中の7号車で、探してた二人が小太りの男性と話しているところに遭遇した。 なにやら楽しそうに話し込み、そして男性は部屋を出て行く。代わりにその部屋へ入っていく蘭と園子を見て、渚と世良は不思議そうに顔を見合わせていた。 「おーい、蘭君!園子君!」 「あ、世良さん、それに渚さんも!」 部屋に入っていく声を掛ければ、二人も笑顔を浮かべて渚たちを招き入れてくれた。だがここは二人の客室ではないはず。一体どういうことなのか事情を尋ねてみれば、部屋の前に置いてあったというカードを見せてくれた。 「『おめでとう!あなたは共犯者に選ばれました』…何これ?」 「なるほど…この7号車B室で事件が発生、犯人を追う探偵が後でこの部屋に戻ってきても、ここは8号車と証言する共犯者がいれば、まるで7号車は魔法のように消え失せてしまったように錯覚させられる――ってわけか!」 カードを見ただけで瞬時に事情を把握したのは流石といったところか。世良の推理に、渚はまたも感心したような声を上げている。 蘭が人数分のお茶を淹れてくれて、ありがたくそれを貰っていると、突然ノックもなしに部屋のドアが開けられた。 ドアの向こうから顔を除かせたのはコナンで、その険しい顔色は中の様子を見て一瞬のうちに霧散していく。 「え?蘭姉ちゃん達…?」 「あら、コナン君…」 「レディの部屋に入る時はノックぐらいしなさいよ!」 「こ、ここって7号車だよね…?」 「ここは8号車!たった今ボク達が遊びに来たところさ!」 そう言うと、コナンは不思議そうな表情を浮かべたまま部屋を後にした。完全に閉められたのを確認後、たっぷり10秒は待ってからそれぞれ顔を見合わせ、にんまりと頬を緩める。 「――うまいことあのガキんちょを騙せたわね!」 「なんか本当に共犯者になった気分!」 「ホント!私、思わず顔に出ちゃうんじゃないかって無駄に力入っちゃったよ…!」 「渚さんは考えてることがすぐ顔に出るからな…」 それどういう意味、と思わず世良を睨んだが、彼女はどこ吹く風といった風に笑うだけ。それに合わせて蘭や園子も笑い出すものだから、ついつられて渚まで噴出してしまった。 「――でも良かった。渚さんが元気になって」 急に蘭の声色が変わったものだから、おかしく震わせていた肩は動きが止まり、きゅっと僅かに眉を寄せた。はたしてうまく笑えているだろうか。鏡でも見ないことには判断できない。 同じように園子もほっとしたように息をついている。いつも人のことをからかうような言動が目立つが、彼女は本当は心優しい子だ。自分のいたところとは違う、見知らぬ世界。渚よりずっと年下ではあるけれど、本当にいい友人に恵まれたものだと、改めて彼女達には感謝の念を禁じえない。 「…うん。もう大丈夫。ありがとう、二人とも」 「二人って…ボクは数に入ってないのか?」 「…ふふ、ごめんね真純ちゃん。もちろん真純ちゃんにも感謝してるよ?」 改めて、言葉にするというのは照れくさいものである。 まっすぐに自分を見つめてくる世良の視線が気恥ずかしくなり、仄かに赤くなった顔を誤魔化すようにティーカップに口をつけた。じんわりと熱が喉の奥に染み渡っていく。 その後もしばらく他愛無い話を続けていれば、再びコナンが部屋にやってきた。楽しい女子会を中断されたことが不愉快だったのか、不機嫌そうな声色で園子が文句を言おうとしたようだが、先程とは違い自信に満ちた表情のコナンが7号車消失のカラクリを解いてしまい、ぐうの音も出なくなってしまったようだ。 何にせよ、死体消失のトリックは無事解き明かせた。このことを車掌に伝えに行こうとしたところで、ドアの外に目を向けた世良が、緊迫した面持ちでそこを睨みつけていた。 「どうしたの?」 「――今、扉越しに誰かが覗いてた…」 ドアを開けて部屋の周りを見渡した世良だったが、そこには誰にもいなかったようだ。「気のせいか…」と呟いてはいるが、その表情は警戒を緩めてはいない。 もしかして覗いていたというのは、その犯人役の人か何かだろうか。別の人物だとしたら、それはそれで問題な気もするが…。 まるで喉に骨が引っかかったような妙な感覚が胸の中で燻っている。無意識の内に世良の腕をぎゅっと掴めば、彼女は笑って「ごめん、ボクの勘違いだったみたいだ」と苦く笑った。 「それより、早く車掌さんのところに行こうよ!」 「う、うん…」 とりあえずは言われるがままに、蘭達やコナン達と一緒に車掌の下へと向かう。 だが死体消失トリックを解いたと話せば、今回の推理クイズはまだ出題されていないと返されたものだから、思わず首を傾げていた。貰ったカードを見せたが、それでも納得してもらえず、仕方なく被害者役の客に話を聞いてみようと揃って赴くことにした。 園子達の本当の部屋だという8号車にある部屋の前までやって来て、ノックと共に園子が中に声を掛ける。 「ちょっとおじさん!もうトリックバレちゃったわよ!出てきて説明してよ!」 だがどんなに声を掛けても中から返答はなく、仕方なくドアを開けて確認すれば、中では被害者役の男性がソファーで転寝をしてしまっているらしい。 けれどこめかみから血を流し、まるで死んでるみたいと続けられた言葉に、コナンと世良の顔色が変わった。そして同じように、渚も。 どうにも嫌な予感がするのだ。 「ちょっとどいて!」 園子を押しのけて中を確認した二人の表情が強張っている。それは渚の予想が的中してしまったと証明するようなもの。 ドアにはチェーンロックがかかっていたらしく、開けることができない。仕方なく力ずくでチェーンロックを破った二人は、そのまま部屋の中へ駆け込んでいった。 また推理クイズかとはしゃぐ子ども達とは逆に、男性の様子を確認した世良が首を振りながらそれを否定する。 「いや、本当に死んでるよ…」 死、という言葉にひゅうと喉の奥で空気が唸り声を上げた気がした。 どうして見てしまったのか。中を確認しようなんて思わなければ良かった。渚の視界に飛び込んできたのはこめかみを撃ち抜かれて血を流し、目を見開いたまま息絶えている男の姿。 何故かそれが、死んだとだけ聞かされた赤井の死と重なったような気がして。 ようやく立ち直ったと思ったのに、一瞬にしてがらがらと崩れ去るような音がした。 |