「渚さん、ミステリートレインって興味ある?」

世良に呼び出されて近くの公園に赴けば、差し出された缶コーヒーと共に突然そんな言葉を投げかけられた。
ぱちぱちと目を瞬かせながら、ひとまずは缶コーヒーを受け取る。こうして見ると、やはり世良は兄である赤井によく似ている。また重い感情がこみ上げそうになるのを誤魔化すように、渚は缶コーヒーに口をつけた。
ミステリートレイン。世良の言葉を頭の中で反芻する。どういうものか尋ねれば、それは行き先不明の蒸気機関車で、毎回列車内で起こる事件を解決するという趣向を凝らしてあるらしい。
探偵の世良としてはその推理クイズは魅力的なのだろう。あまりミステリーは得意分野ではない渚には縁のない話だが。

「ちょうどチケットが2枚取れたんだ!それで、渚さんも一緒にどうかなと思って…ほら、秀兄のことで最近元気なかっただろ?」
「真純ちゃん…」

だが世良の目的が渚を元気付けるためと分かって、ようやく渚は肩の力を抜いた。言われてみれば最近ずっと塞ぎこんでいたように思う。安室に話をして、多少は気分も晴れたとは思っていたが。
渚よりもずっと年下で、しかも赤井の妹である世良に慰められるわけにはいかない。本来それは自分の役割のはずなのだから。

「…うん。じゃあ、折角だから一緒に行かせてもらおうかな」
「やった!じゃあ明後日な!」
「急だね!?」

思ったよりすぐの日付だったことに焦って手帳を取り出したが、ちょうど仕事は入っていないし予定もないし問題はなかった。それでも思わず眉根を下げながら「嬉しいけど、もう少し早く誘ってよ…」とぼやいたが、彼女はごめんごめんと軽く謝る程度だ。
けれどその笑顔を見てると憎めない。結局は笑って許して、チケットを受け取り2日後を楽しみに待つのだった。


   ***


そして迎えた当日。東京駅のホームで渚たちを出迎えていたのは迫力のある蒸気機関車だった。
とはいえそれは見てくれだけで、実際はディーゼル機関車らしいのだが。それでも渚は逸る気持ちを抑えきれず、機関車を指差しながら楽しそうに世良に話しかけ、世良も同じように笑顔でそれに答えていた。
ようやく見れた明るい表情に、お互いほっと胸を撫で下ろしている。

「そういえば、園子君や蘭君、コナン君達もこの列車乗るらしいよ」
「え、そうなの?」
「うん。…っと、噂をすれば!あれ、そうじゃないか?」

世良が指した方向に視線を向ければ、そこには蘭と園子、それから少年探偵団の面々や引率の阿笠博士の姿まである。
行こうよ、と世良に手を引かれ、皆の元へ向かっていく。


「――ボクはそんな泥棒よりも、毎回車内でやってるっていう推理クイズの方が気になるけどな!」


聞こえてきた会話から察するに、どうやら巷で人気の怪盗キッドの話をしていたらしい。そういえば園子が大ファンだと言っていたか。
それに続くように世良が声を挟めば、驚いたように皆の目が一斉にこちらに向けられた。

「世良さん!?」
「それに渚さんまで!」
「ボクは探偵!乗るのは当然さ。あとチケットが2枚取れたから、ついでに渚さんも誘ったんだよ」
「うん、誘われました」

渚の姿を認めて、子ども達は嬉しそうな笑顔を浮かべている。蘭と園子は驚いたような表情をした後、少し心配そうなものにその顔色を変えた。そういえば彼女達と会うのは、世良と再会したあの日以来だったか。
おそらく、幼馴染が死んだことを気に掛けてくれているのだろう。あの日どうやって帰ったかさえ覚えていないほどだ、よほど酷い顔をしていただろうし。心配をかけたことには改めて申し訳ないと思いつつ、もう大丈夫という意を篭めてぎこちなくも笑ってみせた。
それでようやく、二人も表情を和らげたようだ。そこで目敏く渚と世良の手が繋がっているのを見た園子が、場の空気を変えるように笑いながら肘で突いてくる。

「こうやって見ると、二人まるでカップルみたいね!」
「そうそう、今日は渚さんとデートのつもりで来たからな」
「あはは、真純ちゃんみたいなかっこいい子とデートなんて、女冥利に尽きるな〜」

渚もそれに乗っかれば、園子が「浮気だなんて渚さん、例の彼氏に怒られるんじゃないのー?」と揶揄するように言ってきたものだから、思わず言葉を詰まらせた。
まったく、この年頃の女の子はどうもそういう話が好きらしい。返答に困っていれば、世良が不思議そうに首を傾げてくる。

「彼氏?そんなの渚さんにいるのか?」
「真純ちゃん、その言い方地味に突き刺さる!」
「ああ、ごめん、そういう意味じゃなかったんだけど…でも悔しいな。渚さんは兄貴のお嫁さんになってくれると思ってたのに!」
「いや、もうとっくの昔にフラれてるからそこは…」

思わず苦笑を浮かべながらも、こうして世良と赤井の話を自然とできていることに自分でも驚いていた。
無論悲しみが癒えたわけではないが、安室に話したことで多少気持ちの整理がついたということはある。珍しく優しさよりも強さが目立った抱擁は、けれど渚を慰めるには十分で。
表情を緩めたところでふと視線を感じてそちらを向けば、コナンがどこか訝しげな視線でこちらを見ていたものだから、思わず首を傾げていた。

「…コナン君?」
「あ、ごめん…渚さんと世良の姉ちゃんって、知り合い…なの?」
「そうそう!なんでも、世良さんのお兄さんと渚さんが幼馴染らしくって…」

渚に尋ねたが、それに横から割って入ったのは園子だった。驚いたように目を見開いたコナンが「記憶戻ったの!?」と叫んだものだから、慌てて前に安室や蘭達に説明したのと同じ内容を告げれば、納得したのかしてないのか、眉を寄せながらそれを聞いている。
次々と嘘を重ねることには相変わらず罪悪感しか覚えないが、仕方あるまいと自分に言い聞かせることしかできない。燻る気持ちを溜息に隠し、無理やり笑みを浮かべてみせた。


(…今更だけど、秀一君がこの世界の人らしいってことは…私が子どもの頃から散々迷い込んでたあの世界は、漫画の中だったんだなぁ)


言われてみれば、赤井の声はこちらもこちらでよく知った声の持ち主によく似ていた。否、きっとそのものなのだろう。そっくりだと感じたことは確かにあったが、ただの偶然だろうと思っていたのに。
もしかしたら赤井も原作に登場したキャラだったのかもしれない、なんてことをふと考えた。そういえば名前も秀一で被ってるし、赤い彗星だし、偶然にしてはよくできている。

(なんだか、安室さんに似てる)

彼も彼でその声の持ち主に因んだ名だと感じていたことを思い出して、思わず笑い出しそうになったのを堪えようとして変な表情を浮かべてしまった。
けれど肩の力は完全に抜けていたのだろう。蘭や園子、世良がほっとしたように息をついていたことに、渚は気付きはしなかったけれど。

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