同級生とRENくん


 それは私の父が出資をしている店舗がいくつか入っていたからこそ乗ることのできた豪華客船だった。
 父は事業を起こして一代で大きく成長させたいわゆる『成金』というやつだ。成功を収めた父だったが、私には普通の生き方をしてほしいからとお嬢様学校ではなく共学の天照学院に通っていた。…え?今の話最初の豪華客船の件と関係あるのかって?……大アリだ。

「……山田くん?」
「えっ、うわ、もぶ山?!」

 学生時代の同級生がホストなんてやってたら、そら驚くでしょう。



 山田太郎くんは高校時代の同級生で、同じクラスだった。チーム「マルチーズ」として(ここら辺はあやふやですまない)でほか何人かの学生達と暮らしていた。
 高校三年間同じクラスであった私は、そこそこ仲の良い方だったのではないか、と思う。よく席が隣になっていたので、一緒に日誌を書いたり教科書を見せあったり、頻繁に寝落ちしていた私を山田くんが小突いて起こしてくれることがよくあった。
 最後に私と山田君が会ったのは、卒業式が終わって、クラスのみんなで近くの河原まで歩いていった時だ。夕焼けの沈む中、何となく山田くんと一緒に歩いていた私は、山田くんに話しかけた。

『山田くん』
『ん?なんだもぶ山』
『…………ボタン、ちょうだい』

 手を差し出した私の手に、彼のボタンは。



「驚いたな……」
「いやそれ、私のセリフだから。山田くん…じゃなかった、RENくん」
「お前なんでホストクラブなんて来てるんだ?そんなキャラじゃないだろ?」
「あ〜……それね…」

 この船には家族で乗り込んだのだが、家族、というのが問題だ。
 私の家が成金だという話をしたのを覚えているだろうか。うちの家は一代で父が築き上げた会社で…という話だ。昨今、成金という概念は薄れ始めているものの、それでもやはり地位が上がれば上がるほど伝統や血筋というものが重要視されるのは仕方の無い話で。

「はぁ?!許嫁……?」
「ね。びっくりだよね…私も知ったの、この船に乗ってからなんだ」

 家族旅行だ〜と大学生活最後の夏をいいスタートで切れると思ったのに、乗り込んだ先にいたのは知らない男とその家族。
 許嫁家族との顔合わせと親交を兼ねての旅行だと知ってブチ切れた私は、ありとあらゆる方法で許嫁から逃げ回り続けた。このホストクラブに入ったのもその逃走のひとつというわけだ。

「ここに来るのはもう3回目かな……あ、安心してね。ちゃんと自分の金で逃げ込んでるから」
「逃げ込む場所にここを選ぶのがもぶ山らしいっつーか…なんつーか……」

 ふと、山田くんと視線が合う。しばらく黙って互いに見つめ合っていると、山田くんが口を開いた。

「……お前、卒業式の後のこと、覚えてる?」
「当たり前でしょ。絶対に忘れないよ」


 あの時。

 私の手に、山田くんのボタンは握られることは無かった。
 山田くんは「後輩の1人にやるって約束しちまったんだ、ごめんな」と言って私の隣から河原の方に駆けていった。夕日に飲み込まれていくような彼の背中を、私は一生忘れない。


「それがどうしたの?」
「……あのさ、もぶ山」
「ん?」

 山田くんの手が、私の手にそっと触れる。ぴくり、と動く私の手を、彼の乾いた手がゆっくりと握った。

「あの時のボタンやるから、俺と一緒に居てくれ、って言ったら、怒るか?」
「……………………ずるいな、山田くん」

 そんなの、怒るわけないじゃん。私は返事をするように、彼の手を握り返した。



18,07,16



  
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