失恋女とNIGHTさん


 最悪な気分だ。恋人と雑誌の抽選で当たった豪華客船の旅を楽しんでいた、はずだった。しかし今、私の隣にその恋人はいない。

 もぶ山もぶ子、恋人と別れました。



 色々詳細は省く。思い出したくもない。とにかくあいつは私に最低なことを言って、最低なことをして、このツインの部屋から出ていった。馬鹿なヤツ、ここの鍵持ってんの、私だけなのよ。いや、馬鹿でもないか。鍵なんて乗務員に一声かければ済むものだろう。持っていたこの船のパンフレットを落ち込む気持ちごと丸めてゴミ箱に投げ入れた私は、独りになった部屋を後にした。

 向かう先は決めていなかったけれど、足は勝手に動く。気づけば私は、最初にこの船に乗った時にあの男と来た場所、海が見える展望フロアの外にいて。甲板にでると、夕暮れ時の涼しい海風が吹いていた。
 彼の頬をひっぱたいた右手が痛い。じんじんする。船は沈む夕陽に照らされて、眩しいほどにキラキラと輝いていた。備え付けのベンチの1つに腰を下ろして、自身の右手薬指に填めていた指輪を夕陽にかざせば、それは光を反射してキラリと光った。

「…なんでこうなっちゃったんだろ……」

 思わずそんな言葉が口をついた時だ、カツン、と靴の音がして思わず振り返る。微かに期待していた気持ちが、しぼむ。
 そこに居たのは、スーツ姿の女性だった。紺色に灰色のカラーとラベルがアクセントになったスーツに、鮮やかな水色のシャツ。中のベストは黒と灰色で、モノトーンと寒色が良く似合う人だった。

「すみません、ここ座るのでしたら私退きますんで」

 ベンチから立ち上がってその場を去ろうとすると、その女性が私を引き止めた。

「指輪を夕陽にかざして、どうしたのかしら?…何か悩み事があるような顔をしているけれど……あたしでよければ聞くわ」

 その笑みにつられて、私は立ち去ろうとした足を止めた。



「……好きだったことは確かです。でももう、何もあの男に対して感情も、湧かなくて」
「そう」

 ベンチに揃って腰を下ろして話したのは、私の話。……浮気だったのだ、彼の。私と彼の部屋に私だけが戻ってみたらあら不思議、知らない女がいた。互いに自分が彼女だと主張し、そして…あとは分かるだろう。どこにでもある話のひとつだ。

「あなたのヒールの音がした時に振り返ったのは……多分まだ心のどこかで、あいつが私を連れ戻しに来てくれたのかもって思ったからなんです」
「そうだったのね。……その指輪は?」
「これ?……これは彼がくれたもので……でももう、要らなくなりましたね」
「……それ、貸してくれる?」
「え?ああ、どうぞ」

 彼女にーー…NIGHTさんに指輪を手渡すと、つかつかと甲板の端まで歩いていったかと思えば。

「……えいっ」
「あっ」

 指輪は。
 夕陽に煌めき、綺麗な孤を描いて海へと消えていった。呆然とする私を振り返ったNIGHTさんは、こちらに手を差し伸べる。

「あたしのいるお店に来なさいな。たくさん話して、沢山泣いて、それで……思い出にして、笑い飛ばせるようになりましょう、もぶ子ちゃん」

 その差し出された手に、私は手を伸ばした。



18,07,19



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