012


 空腹が満たされたので、気持ちが落ち着いたのだろう。
 全員が食べ終えると、彼らは各々で砂浜を満喫しだした。寝転ぶ人あり、椅子に座る人あり。様々である。


 そんななかで、ルークは海を見つめていた。

「不安か? ルーク」

 ライアーが、膝を抱えて座るルークの隣に立った。視線の先には海が見える。
この水平線のずっと先には、ロンドンの街があるのだろうか。

「そんなことは、ないです……」

 否定する内容とは裏腹に、ルークの返事は心細そうな響きを持って消えた。
ライアーは「失礼するよ」と声をかけ、並ぶようにして腰かけた。後ろ手に体重を預けて、足を投げ出す。

「綺麗な海だな。なかなかの体験だ」
「ライアーさんも先生も、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか……」

 ルークは小さな声で、うつむくように言った。
 ライアーはふっと息をつくと、体を起こし、手についた砂を払った。その手を伸ばす。

「ルーク」

 そしてキャスケット帽の上から、彼の頭をぐりぐりと撫でた。

「な、」

 なにするんですか! と非難の声を上げようとしたルークの目と、ライアーの優しい眼差しがかち合う。

「俺が落ち着いているように見えるなら、君達がいてくれるからだよ」
「…え?」
「あの高名なレイトン教授殿がついておられるのなら、なにも心配することはないと思わないかい?」

 覗き込むように目線を合わせて、ライアーが聞いた。

「それは、あの……と、当然です!」
「うん。そうだよな」

 乗り出すように肯定するルークに、ライアーは満足そうに頷く。
 そしてにっこりと笑って言葉を続けた。

「それとな。そこに彼の一番弟子もいるというのなら、恐れるものなど何もないさ」

 ルークは、驚いて目を見はった。丸く大きな瞳に、微笑んだライアーの顔が映る。

「勇気を持てよルーク。あのレイトンの弟子になれたんだ。この先、君にできないことはない。それよりも今は、この状況を楽しもうじゃないか」

 君の師ならば、“しっかり休むことも必要だよ、英国紳士としてはね”とでも言うのではないかな?

 ライアーは言って、優しく二回、彼の頭を叩いた。帽子がずれ、ルークの目線が隠れる。
 ルークはしばしそのままで、やがて勢いよく顔を上げた。帽子のつばをつかみ、彼の師がするように被り直して言う。

「当然です! ボクは、先生の一番弟子ですからね!」

 その目は輝き、声は大きく。堂々と胸を張り。
 ライアーは目を細めて、「そうさ。男はそうこなくっちゃな」と笑った。

「ルーク、知ってるか? 巻貝からは、波の音が聞こえるらしいんだ」
「知ってますよ。ボク、探してきます!」
「おう」

 ライアーは、元気よく駆けていく後姿を見送った。その付近ではレイトンが、椅子に座るジェニスと談笑している。
 二人へ寄っていこうとして、ライアーはあるものを見つけた。

「ん?」

 それは花だった。あまりお目にかかれない、珍しい種類のものだ。
 ライアーはさらに先に、その花が群生しているのを見つけた。そのまま森の奥へ進もうとする。
 レイトンが気付いて、声をかけた。

「ライアー?」
「気にするな。すぐ戻る」

 ライアーは片手を振ると、森の中へ進んでいった。




「なんだこれ。めずらしいな……なんていう名前だろう」

 もともと自然が好きで、このような未開の地は心躍る。揺れない地面は快適だし、空気はおいしい。
 ライアーは陽気になって、どんどん奥へ入っていった。
海が見えなくなり、かわりに川の水が流れる音が聞こえる。生える植物も種類が変わり、色鮮やかなものも見受けられた。

 大きな木の太い幹を観察していると、不自然な傷があるのを見つけた。

「なんだ?」

 周囲の木を熟視する。傷がついていない木もある。しかしその斜め前方の木には傷がついている。
 ライアーは傷がある木を重点的に調べて行き、またさらに奥へ進んでいったのだった。




→NEXT『一主催者と准教授』





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