本を読みましょう01


「ナーゾーミさーん」
重そうな木の机の両端に本を積み上げて、ナゾミさんは分厚い本を開いていた。俺が呼びかけるとタメイキをひとつついて、めんどくさいヤツが来たとばかりにゆっくりとした動作で顔を上げる。ずり落ちたメガネを指であげて、ナゾミさんは俺の顔を見た。レンズの奥からでもわかる大きなヒトミが俺とかちあう。
「またいらしたのですか」
「そりゃ来ますよ。大図書館は町の住人みんなに開かれた知識の泉じゃないっすかー」
「その通りではありますが、それは規約を守る方に対してですわ。アナタのような騒がしい方は、わたくしとしてはお断りしたいのです」
「今日こそ静かにしてますよ。あ、ブックいますか?」
「ええ、アチラにおりますよ」
「おお! ブック!!」
「え、アンサー!?」
「おッつかれー!!!」
「お静かに!!!!」
親友であるブックの姿を階段に発見し、大きく手を振った。大声も出した。驚いたブックは本を崩した。
俺は、ナゾミさんに怒られた。



「ナゾミさーん!」
今日もまた、俺は大図書館にやってきた。
ブックに会いに来たというのも本当だけど、本そのものも好きなのだ。羊飼いというシゴトはふだんから自然の真っ只中にいるためか、本や壁にカコまれた大図書館という空間、カツカツと鳴る床や柱が、俺は大好きだった。
「図書館ではお静かに」
「ナゾミさん、たまには体動かさないと! ゴルドラりますよ」
「言葉は正しくお使いなさいな。…もう覚えたのですか?」
「毎日通ってたら覚えますって。今日も見ていいですか?」
「ええ、構いません。アナタもモノズキですね。検察士でもないのに魔法の研究をしたいなんて」
「真理を追究する者としてトーゼンっすよ」
「‥‥ベルデューク博士のようなことをおっしゃるのですね」
「ナゾミさん風に言うと“解明の手段を探るのはとーぜんですワ。ナゾを集める者として”」
「わたくしはそんなこと申しません」
「冷たいなー。じゃ、いってきまーす」
「‥‥‥‥‥」
ナゾミさんの挑戦が解けたのは、いわばカンだったけど。ちらっと見た“マホウタイゼン”って本の中身は、すごくおもしろかった。魔法に法則があったなんて知らなかったから、それを覚えるのはパズルみたいで楽しかった。
ナゾミさんは呆れているようだった。



「ナゾミさん、なに読んでるんすか?」
今日もまた大図書館に入る。
中ではナゾミさんが本を読んでいた。ブックは書架の整理をしている。客はいないみたいだった。
「ナゾミさん?」
「‥‥‥‥」
「ナゾミさん」
「‥‥‥‥」
「ナーゾーミーさーん」
「‥‥‥‥」
「ナゾミさん‥‥」
「‥‥‥‥」
無視された。ショック。



「ナゾミさんナゾミさん」
今日もまた、俺は大図書館で本を読む。
俺が覗きこむと、ナゾミさんのくるくるした髪の毛が見えた。フタツに結んだ分け目のつむじも見えた。やわらかそうなピンクの髪は、ロウソクの炎を受けてツヤツヤと光っていた。きれいだった。
「はいなんですか」
「本から顔上げてくださいよ。顔見れないじゃないっすか」
「わたくしは今、目が離せないのです」
「‥‥おもしろいんですか、ソレ?」
「ええ」
「とっても?」
「とっても」
「‥‥これもおもしろいですよ?」
「もう読みました」
「‥‥‥。次はなにを読む予定なんですか?」
「続きものですので、次の巻を」
文字しか追わない目を見て、俺はタメイキをついた。


ふと気がついて、わたくしは顔を上げました。
さんざん聞こえていたシツコイ声が、いつのまにか聞こえなくなっていたのです。
「‥‥‥?」
静かでした。
彼の姿は見えなくて、わたくしは左右を見渡しました。高く積み上がった本を運ぶ、ブックの姿が見えました。
「‥‥どこに行ったのでしょう」
無意識のつぶやきでした。本来であれば‥‥読書を終えた様子でしたし、彼は帰宅したと思うのが普通でしょう。しかしわたくしは、その可能性を思いつきませんでした。あり得ないこととして、一番に排除していました。彼はいつも、「ナゾミさんまた明日!」とケタタマしく大きな声で騒いでから扉を開けていたからです。
「‥‥‥‥」
わたくしは立ち上がりました。上階の書架を見に行くためでした。
いま見渡せる範囲にいないのならば、そちらへいるに決まっています。一度気になると無視できなくなってしまって、続きを読むにはいたりませんでした。わたくしは本を閉じました。
「――ありゃ? ナゾミさんどこへ?」
「あ!」
フシギそうな顔をして戻ってきたのは彼でした。一冊の本を大事そうに両手で持って、彼はソコへ立っていました。本は両手で持つように、と教えたのはわたくしでした。
「い、いえ。続きを持ってこようかと」
「それなら持ってきましたよ。はい。ごゆっくりドーゾ」
「え? あ、ありがとうございます‥‥」
「いえいえ」
彼は笑いました。そっと差し出された本を受け取ったわたくしは、手にずっしりとした重みを感じました。いま読んでいる本の続巻でした。
「俺読み終わったんで、ブック手伝ってきますね。次ソレ読みたいんで、終わったら置いといてください」
「わかりました」
わたくしは頷きました。彼はひらひらと手を振って、「やっぱつむじよりコッチですね」とわけのわからないことを言いながら遠ざかりました。さがったメガネを上げると、ブックと話す彼の姿が見えました。



今日も大図書館に彼がやってきました。
しかし、
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥今日は、お静かなのですね」
彼は読書に夢中でした。
いつも騒がしい方が静かだと、なんだか調子が狂ってしまいます。彼が現れるまでは、大図書館は静かで荘厳なところだったような気がするのですが‥‥。わたくしは、ナゼだかそれを思い出せませんでした。
「‥‥‥ん‥スイマセン、聞いてませんでした。なんですか?」
「なんでもありません」
「? そうですか? ‥‥‥‥‥」
彼は読書に戻りました。シトシトと降る雨が窓を打ち、無音が静かに響きます。わたくしはひとり取り残されたようなカンカクを覚えました。
そして、この間の彼も似た感情を覚えたのだろうか、と‥‥。その日のわたくしは、彼の横顔を見ながら考えを巡らせたのでした。



「ナゾミさんナゾミさん!」
「今日も騒がしい方ですね」
俺が思わす飛びかかりそうなイキオイで机に駆け寄ると、ナゾミさんは本を閉じて顔をあげた。あ、まばたきした‥‥なんて頭の隅で認識しながら、俺は身振り手振りでナゾミさんに訴えた。
「アレすっごいおもしろかったです! 続きください!」
「え? アナタにわかるのですか? あのおもしろさが」
「たしかに目が離せなかったです。あの時ジャマしてスミマセンでした」
「‥‥いえ、反省しているのならそれでよろしいのです」
「もう夢中で! おかげで羊が逃げました」
「な‥‥! そんな方には貸せませんッ!」
「冗談ですよ! ちゃんと捕まえましたよ!」
「禁止令を出しますよッ!」
「それだけはカンベンしてください!」
必死こいて手を合わせた姿がよっぽどマヌケだったらしく、ナゾミさんは笑った。
チンプな表現だけど、ナゾミさんの笑顔は“女神”ってカンジだった。



今日も、俺は大図書館にやってきた。
重そうな木の机の両端に本を積み上げて、分厚い本を開いていたナゾミさんにアイサツをする。
「おはようございますナゾミさん!」
「おはようございます」
「今日はコレを読みたいと思います!」
「‥‥でしたら、コチラを先に読んだ方がよろしいですわ」
「え? そーなんですか?」
「ええ」
「わかりました。じゃ、こっちを!」
「お静かにお読みくださいね」
「はい!!!」
「‥‥‥‥」
元気よく返事をすると、ナゾミさんに睨まれた。



今日も、彼は大図書館にやってきました。
盛大なアイサツが聞こえたので、わたくしは文字から目を離して、顔とメガネを上げました。
「おはようございますナゾミさん!」
「おはようございます」
「今日のオススメありますか?」
「そうですね‥‥今日はコチラがよろしいかと」
「おお。ふむ、おもしろそうっすね! ナゾミさんなに読みます?」
「そこの一番上の、緑色の‥‥」
「コレですか?」
「ええ、ありがとうございます」
「じゃ、読みましょうか」
「そうですね」
わたくしはいつもの席に。彼はナナメ向かいに座りました。休憩用のそのイスは、いつのまにか彼の指定席でした。


「そろそろ休憩しますか? ナゾミさん」
「あら? もうそんな時間ですか?」
「お茶淹れてきましたよ」
「あ、本の‥‥」
「“本は開きっぱなしで置かない、汚れた手で触らない、水の近くに寄せない”――ですよね!」
「ええ、その通りです」
「じゃ、いただきましょーか」
「はい」
本を並べ終わって階下をノゾくと、ナゾミさまとアンサーが和やかにお茶を飲んでいるのが見えた。
ボクも休憩したいけど、ナゾミさまに怒られそうだ。なにより、あの空気をジャマできないなと思った。ニブいボクでもわかる‥‥イイ雰囲気なんだ。
最初は邪険にしていたナゾミさまも今ではスナオに頼みごとなんかをするし、オススメの本を用意していたりする。アンサーだって、本のルールやナゾミさまの難しい話をドンドン吸収して、ニコニコ話を聞いている。
マッタク、はやくくっついちゃえばいいのにね。


*|


[list/book top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -