【告げたときの話】
-change-
それを告げられたのは、私たちがある国に入国し、ホテルで休んでいた時だった。
私たちの間で重要なことは、たいていホテルの中で起こる。
運転中に会話を交わすことはまず無いし、国の外では危険も多い。当然だ。
だから、あの時もセシルとエルメスが室内にいたし、おそらく、のんびりとおしゃべりでもしていたのだろうと思う。
前後の話はおぼえていない。
観光したその国についてだったような気もするし、翌日以降の予定についてだったような気もする。
ともかく、なんの流れか、キノは口を開いたのだった。
「好きなんだ」
キノはひとこと、まっすぐに私を見つめて言った。
キノは自分のベッドに腰かけていて、そのななめ前にはエルメスがいた。
向かいが私のベッドだった。セシルはどこに止まっていただろうか。
私は自分のベッドをならしていた手を止めて、数秒、キノの言葉を待った。
キノがなかなか話し出さないので、
「……なにが?」
首をかしげて聞いた。
実際、なにを言いたいのか全くわかっていなかった。
キノは「ええと……」と言葉をにごして、
「ボクは、レイが好きだ」
主語を入れて言いなおした。
実にわかりやすい文章だったと思う。
しかし、それに対して私は、なんともおとぼけな返事を返した。
「うん。私も好き」
「……ありがとう。でも、たぶん違うと思うよ」
「?」
キノはすこし困った顔をしていた。
今思い返すと、キノが言っているのはそういうことじゃないぞ、と注意しいてやりたいような、まあ仕方ないよねとなぐさめてやりたいような、そんな複雑な気分になる。
我ながら、なんて無知なのだろうと呆れる。
「愛しているんだ。男女の意味で」
「うん。……うん?」
「あの、ちょっと言いにくいんだけど。……抱きしめて、キスをしたりしたいってことだよ」
「……え?」
キノは非常に明確に、かつ具体的に説明した。そして、
「え? な?」
「だから、近くにいないと恋しくて、レイが幸せそうだとこっちまで嬉しくて、つまり愛しいって意味だよ」
混乱する私に対して、内面までつけくわえた。
これ以上無い、というくらいの、愛の告白だった。
エルメスがからかうように、
「言うねえ、キノ」
と声に出し、キノはタンクを叩いた。
「ひどいよキノ」
「ボクだって恥ずかしいんだ。からかわないでよ」
キノがエルメスにむかって言った。
なんとなく、すこし感情の見える声に聞こえた。
私はそのまま黙っていた。
固まっていた、という表現の方が正しいと思う。
キノの言葉を反芻して、理解するのに数十秒かかった。
理解したら理解したで、言い様のない感情がこみ上がってきたので、それを落ち着かせるために、またさらに時間が必要だった。
返事のことなど、頭から吹き飛んでいた。
「どうする? キノ」
というのは、エルメスの台詞だ。
「レイ、固まっちゃったよ」
「ボクとしては、言いきったから満足かな」
「断られたら残念じゃないの?」
「そりゃあ残念だけど、決めるのはレイだから」
「さいで」
私の時間が止まっている間、キノとエルメスはこんな会話をしていたらしい。
さらに、
「それに……なんとなく、大丈夫な気がする」
「うわー、キノ。悪女だね! この場合は色男のほうがいいのかな?」
「なんだよそれ」
といった会話もしていたらしい。
私はさっぱり覚えていないのだが。
「き、キノ!」
しばらくして、私は思いきりキノの名を呼んだ。
キノのかわりにエルメスが「お!」と反応して、
「あの、セシルと話したいんだけど……」
「ありゃ?」
拍子抜けしたような声をもらした。
たぶん、返事が返ってくると期待していたのだろう。
キノは静かにうなずいて、
「わかった。……行くよ、エルメス」
「ちえー」
エルメスを押して部屋を出ていった。
いつもどおりの後ろ姿だった。
そこには私とセシルだけが取り残され、部屋はしんとしていた。
セシルはなにも言わずに黙っていて、私もなにも言えずに黙っていた。言葉がのどに張りついていた。
空気だけが、私の動揺をセシルに伝えていたのだった。
←|
→