【並ぶ国】
-The darkest place is under the candlestick.-





無音の電気自動車が走る車道の横を、キノがエルメスを押して歩いていた。
足元には花壇がつらなり、街路樹も植えられている。新緑の緑が、待ち望んだ春を謳歌している。
風がふくと、枝がさわさわと音をたてて鳴った。

キノはふう、と息をついた。そして、

「やっと解放された。まいった」

つかれた声でぼやいた。

「ごくろうさま、キノ」

エルメスが下から同意する。

「手分けしたのはやっぱり正解だったね。早くレイ達のところへ戻ろう」
「ボクもそう思う。もう列には並びたくないな」

キノは先ほどの出来事を思い出し、やれやれといった表情になった。


 *


今よりすこし前。
キノとエルメスは、長い長い列に並んでいた。

この国では、店に行列ができていることが多かった。
食事、買い物はもちろん、バスやトイレ、果ては階段まで、長い列を作って並ぶ。
逆に言えば、列のない店には入らないし、列のない道は通らないらしい。

キノの前に並んでいた住人によると、それらを評価して競争させることで、質の上昇をはかっているとのことだった。

待つのはつらくありませんか? とキノが聞くと、

「待つ間にもやることはたくさんあるからな。短いくらいだよ」

と、携帯式の娯楽機械を両手で操作しながら答えた。
そのさらに前に並ぶ男性の耳からは白いコードが伸びていて、やはり携帯機器をいじっている。
隣に立つ女性は、小さな画面を食い入るように見つめていた。

誰もかれも無言で、大勢の人間がいるというのに、とても静かだった。


 *


「あれ、レイじゃない?」

エルメスが声を上げて、キノは思考を止めた。
かなりの幅がある車道を挟んで、反対側にある歩道。斜め先の一角に、レイがいた。
住民らしき、若い男と並んでいる。隣にセシルの姿はなかった。

不審に思って周囲に目をやると、そこからさらに30メートルほど離れたベンチの横に、セシルがスタンドで立っているのが目に入った。
はじめはベンチで待っていたようだ。


レイに視線を戻す。
男の横に車が止まっていて、どうやら二人はそれについて話しているらしかった。
時おり、指がその車をさす。

「……なにをしているんだ?」
「おしゃべりじゃない?」
「それはわかるよ。エルメス」

エルメスのハンドルを握ったまま、キノが眉をひそめる。

「ボクが言っているのは、どうしてレイがあの人と話しているのかってこと」

そして、前を見て表情を険しくした。
男が何か言ったのか、レイが首をかしげるのが見えた。

「話したかったからじゃないの?」
「うかつすぎる」
「でも、国の中だよ」
「それは、そうだけど……」

すこし考えて、キノは、

「だって、危ないじゃないか」

理由にもならない返事を返した。

「見たところ武器もないし、ただの住民だよ。レイだって、一応パースエイダーの段持ちじゃん。心配ないよ」
「…………」
「キノ?」

キノが神妙な顔つきで黙りこむ。
いつのまにか足も止まっており、キノとエルメスは、そこで数秒沈黙した。

「ちょいとキノ? どうしたのさ?」

エルメスが声をかける。
キノはまた数秒黙ってから、

「いや……よくわからないんだけれど……」

すこし困ったように話し出した。

「ボクにはね、エルメス。あの男性が、悪事を働こうとしているように見えるんだ。そうとしか思えないんだよ」
「あの人が?」

エルメスが、意外だという調子で言う。

「レイにも怒りのような……悲しみのような、そんな感情を感じるんだ。なんだか落ち着かない」

おかしいな、とキノはつぶやいた。
不思議がっているような、ぼやいているような。そんな感じだった。




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